第7話
王都の中心街。その隅っこには墓所がある。
平民向けの墓所ではない。貴族、王族、
王女殿下に会うべく、ソフィたちは墓所へやって来たが──。
「……なんだか、私が死んだみたいだな」
「す、すみません。ここしか置くところがなくて……」
勇者の銅像を墓地に置くと、まるで巨大な墓標に見えなくもなかった。
二人
老婆は
この光景だけ切り取ると、まるで一つの絵画のようだ。
「殿下」
老婆の背中に勇者が声をかけた。
振り返った老婆は声の主が誰か分かっていたのか、最初から優しい笑みを浮かべていた。
「ロイド。久しぶりですね」
王女アイリーンの金髪が、陽光に照らされる湖畔のようにキラキラと夕焼けに輝いていた。
年老いていても分かる端整な顔立ちだ。青い宝石のように美しい
「私も、二人に祈りを捧げるよ」
「そうしてください。あの二人なら余計なことをするなって怒りそうですが……」
勇者は墓石に近づき、祈り始めた。
勇者は魔王討伐のために、三人の仲間と共に旅をした。
戦士。筋骨隆々の男で、大雑把な性格だったが、その前向きな姿勢が勇者を何度も奮起させた。
魔法使い。学者肌の知的な男で、彼の慎重さがなければ勇者たちは何十回も死んでいる。
治癒師。美しい少女で、彼女の優しさがあったからこそ勇者は多くの協力者を得られた。
今も生きているのは、勇者と治癒師……ロイドとアイリーンのみ。
目の前に並ぶ二つの墓は、戦士と魔法使いのものだった。
「故郷へ帰るそうですね」
死者への祈りを終えた勇者に、殿下は告げる。
「ああ。帰るよ、あの畑しかない村に。……広場にはアメリアの花が植えてあって、小屋のような家が並んでいて、風が吹くと
故郷の景色を思い浮かべる勇者。
殿下はそんな勇者を
「それと、大きな井戸がある村でしたか」
「そうだった。……はは、殿下は私よりも、私の故郷に詳しいかもしれないな」
勇者がそう告げると――殿下はその表情を一変させた。
……何故だろう。殿下は、酷く悲しい顔をする。
表情の変化は一瞬だった。殿下はすぐに、ぐっと
「……旅の途中で、嫌というほど聞かされましたからね」
勇者は苦笑した。
殿下の変化には気づいていないようだ。
「二人をおいて、私だけ帰るのは
「そんなことはありません」
殿下は首を横に振る。
「女神の加護によって
女神の加護は、一般的には肉体の老化を抑えるという認識だが、厳密には肉体が若い時期を延長すると説明した方が適している。一生における若い時間と老いた時間の比率が変わっただけで、合計の長さ……つまり寿命は変わっていない。
「一時期はその加護のせいで、色々言い争いましたね」
「はは……そうだったな」
勇者が苦笑いする。
すると殿下は、ソフィの方を見た。
「そちらは引っ越し屋さんですね」
「私のことを知っているのですか?」
「これでも王女ですから。
知る人ぞ知る、魔法使いの引っ越し屋。
王女アイリーンもまた知る側の一人だったようだ。
「ここだけの話ですよ? ……私、勇者様と結婚したかったんです」
唐突に殿下は、過去の気持ちを打ち明けた。
仲間はずれを作らないための配慮か、ソフィを会話に交ぜるためだろう。しかしソフィはその告白を聞いてもあまり表情を動かさなかった。
「あら、驚かないのですね」
「……その、お二人の話は本などでよく知っていまして。ひょっとしたら、そういう関係だったのではないかと思っていました」
「なるほど。確かに勇者様の創作物では、私がよくヒロインとして扱われますからね」
その通り。勇者伝説でも、アイリーンという少女はヒロインとして扱われている。
仕方ないと言えば仕方ない。なにせ勇者とその仲間たちの男女比は、男が三人に女が一人だ。愛だの恋だのを混ぜようと思えば、必然とアイリーンにスポットライトが当てられる。
しかしどうやらその話に関しては、創作の中だけのものではなく現実でも同じだったらしい。
「恥ずかしい話ですが、こんな老婆も昔は乙女でした。しかし私が求婚すると、勇者様に『まだ自分にはやるべきことがたくさんあるから』と言われて、フラれてしまいまして。それなら、やるべきことはいつ終わるのかと
殿下が勇者の方を見る。
その答えは、勇者が口にした。
「……終わらない、と答えたかな」
「はい。女神の加護でいつまでも戦えるから、と」
なるほど、それは言い争ってもおかしくない。
勇者も過去の自分がデリカシーのない発言をしたと自覚しているのか、気まずそうだった。
「結局いつまでも、とはいきませんでしたね」
「そうだな。身体と心は別物であると、失念していたようだ」
ソフィは以前、勇者に「私のことをどう思う?」と問いかけられた時のことを思い出した。
己のことを兵器と疑ってしまう心境がどれだけ複雑なのか、想像することすら難しい。
「勇者様は長い間、戦い続けてきました。最後くらい平穏な日々を迎えてください」
殿下は、見ている人を安心させるような、堂々とした笑みを浮かべる。
「というか、そうしてくれなければ困ります」
「困るって……」
「最近、貴方の影響で老齢の兵士たちがいつまで経っても現役を気取っているんですよ。おかげで怪我人も増えていますし、現場の迷惑です」
そこまで言わなくても……。
ソフィは勇者を
「そんな貴方に、預けたい子がいます」
殿下は足元に置いてある
被せられている布を取ると……そこには、小さな子犬が静かに眠っていた。
「この、犬は……?」
「私が個人的に飼っているペットです。名前はウィム。先日この子の親が出産したんですが、予想以上に子宝に恵まれまして。信頼できる飼い主を探していたんです」
どうやら殿下は子犬の散歩がてらこの墓所に来ていたようだ。
「この子の世話を通じて、老後の生き方というものと向き合いなさい」
そう言って殿下は子犬の入った籠を勇者に差し出す。
「……引っ越し屋。この子も頼めるか?」
「……分かりました」
籠の中の子犬は、今のやり取りで目を覚ましていた。
ソフィがミミックを召喚すると、子犬は
「あら、ウィムは警戒心が強いのですが、すんなり従いましたね」
「《
ついでにリラックス効果のある香りも出している。今頃は箱の中で二度寝しているだろう。
ソフィは
「引っ越し屋さん。勇者様のこと、よろしくお願いします」
殿下の視線を真っ直ぐ受け止めながら、ソフィは深く頷いた。
この人もまた、陛下と同じで勇者のことを大切に思っているのだろう。
「――勇者殿! ここにいると聞きましたぞ!」
その時、墓所に似つかわしくない大きな声が聞こえる。
振り返ると、
「どうか今一度、私の話を…………」
顔を上げた宰相は、そこで初めてこの場に勇者以外の人物がいると気づいたようだった。まずソフィを見て、それから王女へと視線を移した宰相は、
「……なるほど、勇者様の心変わりは
「心変わり? 勇者様は昔から変わっていませんよ。この方は、旅をしている時からいつか故郷に戻りたいと仰っていました」
「嘘をつくな!」
宰相は怒鳴る。
「故郷に戻ったところで意味はないだろう。なにせ、もう忘れていることではないか!」
宰相の叫びが、静かな墓所に響く。
勇者は沈黙し――その顔を酷く
……忘れていること?
それは、どういう意味だろうか。
「宰相ッ!!」
殿下が、老人とは思えないほどの剣幕で怒鳴る。
常人なら肩を跳ね上げるほどの迫力だ。だが宰相も肝っ玉はすわっているのか、動じることなく殿下を
「殿下……貴女はただの偽善者だ」
そう言って、宰相は立ち去った。
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本作は12/8に発売する書籍の試し読み版となります。
発売日まで毎日3~4話ずつ更新していきますので、よろしくお願いいたします。
発売日まで、あと6日です。
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