第2話 運命に選ばれてしまった家族
「君は勇者に選ばれた」
そんなことを混乱している頭にたたきつけられた僕は
部屋にいた
神父の言葉を受けた後の事はあまりはっきりと覚えていない
気が付いたら自分の部屋にいた
神父から何か話を聞いた気もするが思い出せない
帰ってきたときに両親から何か声をかけられた気もするが覚えていない
勇者に選ばれたと告げられた後どれだけ時間がたっているのかもわからない
心の整理がずっと終わらない
いつまでも『これからどうなってしまうのか』という事が頭の中で回り続けている
・・・
またどれだけの時間がったのかもわからない
もう日は沈んでしまい部屋も灯をつけていないため真っ暗だった
でも気持ちの整理はついた
勇者に選ばれたとしても僕は僕なのだ
勇者になることはどうにもならないかもしれないが
そのあとは自分らしくしてやろうという決意をすることができた
「父さんと母さんに言うか」
そのぽつりとこぼした言葉は部屋の静寂にすぐ消えてしまったが
自分の行動を促すには十分なものだった
階段を降りるとリビングはお通夜のような状態だった
入る音が聞こえたのか父さんと母さんがこちらを見る
「・・・ユウキ」
母さんが発した声はいつもとは違いとてもか細かった
父さんは黙ってこちらを見ている
「母さん父さんさっきはごめん
自分の中で整理がついていなくて」
「いいのよ・・・・」
そう返しながら母さんの視線は細かく震えていた
少しの沈黙が生まれた
「それで、どうだったんだ」
沈黙を破ったのは父さんの一言だった
「得意なことはわからなかったよ」
その一言を聞くと母さんは口を押えてしまった
その一言を予想していたように父さんは
「それで」
と続けた
その言葉に僕は
『勇者に選ばれた』
と答え
られなかった
たった9音の言葉がのどに突っかかって出てこない
9音の言葉など普段であればいくらでも発することができるほど
少ない音数だ
だけど…今はその9音が果てしなく大きく
一度発してしまえば人生を変えてしまうことをはっきりと感じることができた
ここで言ってしまえば勇者であることを認め
その道で生きていかなければいけない
そうなってしまえばもう後戻りはできないと自身の直感が叫んでいる
さっき部屋で
『どうなっても自分は自分だ』
と思えたのが馬鹿らしくなるくらい
自分を見失っていた
「そうか、もう時間も遅いし晩飯にしよう」
「…そうしましょうか」
父さんが発した一言
その一言で母さんも動き出した
混沌と化した頭の整理がつく様子はないが
体は席についていた
「ユウキの大好きな肉がたっぷり入ったシチューですよ」
目の前に置かれたシチューは湯気が立っていて
とてもおいしそうで自然と手が伸びていた
「いただきます」
スプーンですくい一口食べる
野菜もごろっと入っていて
肉もほろほろと崩れるほど柔らかく
味付けも優しい、僕の大好きな母さんのシチューだ…
ぽたっ ぽたっ
いつからか涙が頬をつたっていた
ぽたっ ぽたっ
シチューを食べ続ける手は止まらない
ぽたっぽたっ
さっきまで頭の中で渦巻いていたものが
光るものに変わって頬をつたっていく
いろいろなものが流れ出て空っぽになった
伝えるなら今だと思った
「父さん、母さん・・・っ
俺勇者に、選ばれちゃったよ」
そう一言言えた時気持ちがすっと楽になった
もう言葉は止められない
「父さん、母さん
俺、頑張るよ
勇者に選ばれた事実はっ、変わらないし…
戸惑っているだけでは生きていけない
勇者がどういうものか、まだわからないけれど
自分なりに、頑張ってみるよっ」
そう涙交じりの言葉を一生懸命紡いだ時
父さんたちは大きく目を見開いていた
そこから美しいものを流しながら…
「・・・そう、っ・・・できることは少ないかもしれないけど。応援するわ」
「そうか、いつでも俺たちを頼るんだぞ・・・」
「うっ」
たったいま俺は親に宣言した
「ぅ・・・」
これからを全力で生きると
「・・・っ、ぅ」
だから今ぐらいは全力で胸の中で泣こう
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます