#05 一晩中ギュッとして? 断るッ!!




講義を受けている最中、PCを立ち上げてテンドライブの中のフォルダの『レポート』を開く。すると美桜さんからのメッセージが書き込まれていていた。



“『チェリブロ』ラビットのほうは準備どう?”



チェリブロってチェリーブロッザムで桜ってバレバレだし、ラビットはそのままじゃないかって思うけど突っ込むのはやめておいた。無駄なやり取りは足元をすくわれるし、第一僕たちは作戦をやり取りするだけの関係だ。



なのに、話は逸れてチェリブロはウサギが好きということがわかった。部屋の写真を添付(って軽率すぎると思う)してきて、ウサギのマスコットがついたキーホルダーやウサギのぬいぐるみ、極め付きは白いウサギを飼っていた。



“『チェリブロ』可愛いでしょ? そういえば君もウサギだね”

“『ラビット』かわいいけど、講義ヤバくないですか?”

“『チェリブロ』そう? だってラビットは講義一回全部聞いているんでしょう?”

“『ラビット』確かにそうだけど。そっちは大丈夫なんですか?”

“『チェリブロ』問題ないけど?”



ウサギの話なんかよりも美桜さんが誰と結婚を前提に付き合ったのかきたい。気になって仕方ない。でもここはぐっとこらえた。余計な詮索をして嫌われたくないし、あくまでも僕のために時間を取らせているんだって再認識しないと。本来なら美桜さんのような人が僕と関わることすらないのだから。



”『ラビット』本日作戦どおりにクローバーへレシーブします“

“『チェリブロ』ラジャ”



そこでパソコンの画面を閉じた。今日はクローバーこと四葉莉愛に告白の回答をする日だ。莉愛は毎日連絡をくれるけど、僕は告白の返事にはお茶を濁している。これも美桜さんの作戦だ。ギリギリまで伸ばすことによって望み薄だと思わせておき、最後にオッケーを出すことによって揺さぶる。そうやって莉愛の好き好きパラメーターの初期値を増幅させるのだとか。



好き好きパラメーターってなんだよ……。



待ち合わせの場所には早めに着いておくこと。できれば三〇分前が理想だと話す。少し高級なイタリアンレストランだから、自分自身がその雰囲気に流されないように、冷静でいるように慣れておくことが大事なんだとか。そして、待ち合わせの一〇分前になったら、トイレに行き鏡を見て身だしなみをチェックすること。



ジャケットの襟や袖、それから靴が汚れていないか。うん。すべて大丈夫。美桜さんに言われたとおり清潔感もある。



席に戻って待っていると受付に莉愛の姿が見えた。いつもよりも服装がシック(いつもは地雷系ファッションが好き)でモノトーンのワンピースを着ている。さては店名を伝えた時点で下調べしてきたな。



「おまたせ。ねえ、こんなお店大丈夫なの?」

「うん。大丈夫」



本当は全然大丈夫じゃないんだけど、美桜さんが話を通してくれて、どうにかこうにか工面できそうな金額になった。ちなみに今日の莉愛との会話は美桜さんに筒抜けだ。



ジャケットの内ポケットには小型のマイクを忍ばせてある。



「それで……あたしじゃダメなのかな?」



いきなり答えを急ぐとなるとやっぱり美桜さんの言うとおり、莉愛は相当揺さぶられているようだった。料理はコースのために前菜から用意される。だが、口を付ける前に莉愛はそう言って泣き出しそうな顔をした。泣きたいのはこっちなんだけど。



「……一つ聞いていい?」

「うん」

「莉愛は浮気をしたことある?」

「え? ないよ。あるわけないじゃん」



莉愛は即答して笑った。まっすぐに僕を見ながら。



実はこの店の客はすべて美桜さんの息のかかったサクラらしく、全員がその道のプロだって美桜さんが言っていた。元警視庁の心理分析官もいるとか。お客さんみんなが静かに雑談をしているように見える。だが、実際は全員がインカムで聞き耳立てている状態だ。お客さんがスパイだなんて、僕の目からは全然そういうふうに見えない。



「莉愛はなんで僕を好きになったわけ? 他にもいい男はいっぱいいるだろうし、僕が莉愛と釣り合うとは思えないんだけどな」

「そんなことないよ。あたしは春兎くんのことずっと好きだったよ」

「ずっとっていつから?」

「大学に入ってから。高校のときは彼氏がいたから……ごめん。でも大学に入ってからずっと春兎くんのこと好きだったんだよ?」

「じゃあ、なんで今になって?」



好きだったなら大学一年生のときに告白をすればいいだけのこと。それを引きずって今さら告白をするとか、そんなに奥手ではないはずだ。そうだ、美桜さんの言うとおり、莉愛について冷静に考えればおかしいことに気づく。



「だって……それは……タイミングが」

「二人で遊んだことだって何度もあったよね」



それこそラブコメ展開的なことが何度もあった。手を繋いだこともあった。寒い夜に身を寄せ合ったこともあった。全部付き合う前の話だ。だからといって莉愛に恋人がいなければ特段問題となる行動ではない。僕だって、莉愛に恋人がいるって知っていたら拒絶していたと思う。むしろ、その段階で付き合わなかったのが不思議なくらいだ。



「卒業しちゃうからだよ」

「どういうこと?」

「わたし達……卒業しちゃうじゃん。そうしたらもう会えないかもしれないでしょ」



美桜さんに言われたとおり、なんでもいいから難癖をつけて質問責めにした。ここで莉愛が折れればそれまで。別の作戦を実行すると言っていた。だからねちっこく、意地悪な質問を繰り返している。これも莉愛の人格をプロファイリングするためだと美桜さんは言う。



「それに今まではずっと親友だと思っていたから。でも、今になってそれも違うかなって思って。今告白をしなきゃ、絶対に後悔するって思ったから」

「莉愛は僕を親友だと思っていた?」

「うん」

「莉愛はさ……僕の気持ちに気づいていた?」



手を繋いだり密着したりして、普通の男がなにも思わないわけがない。相手は四葉莉愛で高校では相当人気の高かった子なのだから。気持ちが揺らがないほうがおかしい。童貞には甘すぎる誘惑だった。



大学一年生のときに僕のほうから告白をすれば良かったんだろうけど、僕はこれまで告白なんてしたことなかったし、フラれたらどうしようって考えたら告白なんて絶対にできなかった。そんな臆病な僕が悪いんだろうけど、そんな僕のことを莉愛はどう見ていたのか少し気になった。



「ううん。ごめん」



客の一人フォークを落とした。これが合図だ。どうやら頃合いらしい。



「僕も莉愛のことが……ずっと好きだった」

「ほんと?」

「うん。だから付き合ってくれる?」

「よかったぁ。あたし春兎くんに嫌われているのかと思ったから。でも、なんでそんなに長い間考えたの?」

「僕は女の子と付き合ったことないから……その、僕が莉愛と付き合っていいのかなって」

「いいに決まってるじゃん。本当によかったぁ。あたしね、一週間ずっと食欲なくて、春兎くんのこと真剣に考えていたんだからね?」



その後コースをすべて食べて店を出た。しかしやたらとおしゃれで美味しいお店だったな。紹介してくれた美桜さんには感謝しないと。



「ねえ、春兎くんって今日はなんだかいつも以上におしゃれだね」

「そう?」

「うん。見直しちゃった」



それは美桜さんがトータルコーデをしてくれたおかげだと思う。ついでに美容室にも行けと半ば強引に例のワンボックスで連れて行かれたんだから当然といえば当然だ。



「莉愛、今日はありがとう。また連絡する」

「え? 付き合って一日目記念しないの?」



死に戻る前の一度目の告白では、僕は一発オッケーをして舞い上がっていた。一日目記念と称してたしか高級なレストラン(と言っても今のイタリアンに比べれば遥かに庶民的な場所だけど)に行った気がする。でも、今日はもう料理を食べてお腹いっぱいだ。



「なにしたいの?」

「うーん。お姫様になりたい」

「……えっと」



莉愛はいつもそんな感じなんだよな。少し洒落の効いたメンヘラ気質というか、悪く言えば痛い子。甘え上手だから盲目の恋に陥っていればそれも可愛く感じるけど、心の離れてしまった今では、単にウザいとしか表現しようがない。



「具体的にどうしたいの?」

「お姫様だから天蓋付きのベッドで寝て、一晩中ずっとギュってしてくれると嬉しいかな」

「一晩中?」

「うん」



莉愛が背伸びをして僕の耳元で囁く。



『でも、春兎くんがしたいようにしてもいいよっ?』



つまり莉愛は一日目記念にホテルに行って、僕と身体の関係を持ちたいということなんだろう。これは美桜さんと話し合った、『付き合う条件』に抵触してしまう。はっきりいって無理。



「ごめん。今日は帰ってレポート書かなきゃだから」

「四年なのにまだレポートあるの?」

「うん。レポートというか卒論のパーツなんだけどね」

「……でも今日一日くらいいいじゃん」

「ごめん。ゼミの子と共同で作るから、遅れると怒られちゃうよ」

「それって女の子!?」

「そうだけど?」

「……浮気じゃないよね?」

「だって莉愛と付き合う前から一緒に作業しているし、そういう仲じゃないけど?」



実際は美桜さんと仕返しの作戦を練っているだけで、卒論なんてもう提出するだけなんだけど、同じゼミ生(架空の存在だけど)と共同制作することが浮気になったら将来の仕事なんて浮気だらけだろう。今の社会はみんな男女共同で仕事に取り掛かっているって。



っていうか、莉愛と付き合う前からの付き合いのある子で、しかも大学の課題を一緒にやる程度の仲で浮気扱いっておかしくないか?



「ほんと? なら今度紹介して」

「別にいいけど。あ、それなら就活生向けのパーティーやるらしいけど来る? その子も参加すると思うよ?」

「なにそれ? 春兎くんは行くの?」

「うん。就職希望先の会社が参加しているから、僕は絶対に行くけど」

「九頭見物産が来るのか〜。ならあたしも行く」



なんとか莉愛を帰宅させて、僕も家に帰ってきた。



さっそくテンドライブの『レポート』を開くと美桜さんが書き込んでいた。



“『チェリブロ』やられたね”

“『ラビット』なにがです?”

“『チェリブロ』大学一年生のときに浮気相手にされていたのはラビット”



……手を繋いだり、身を寄せ合ってイチャイチャしたりしていたこと自体が浮気……ということは、莉愛は大学一年のときにはすでに彼氏がいたのか。つまり彼氏がいながら僕と遊び、良い感じの雰囲気を醸し出して、あわよくば僕を浮気相手にするつもりでいたと解釈していいのだろうか。



“『チェリブロ』それと浮気をしたことがないって断言したときのクローバーは笑ったけど、目尻に皺ができなかった。それと同時に頭が左右に揺れていた”

“『ラビット』それはどういうことですか?”

“『チェリブロ』嘘を見破られないために、目を泳がせないように視線をラビットに釘付けにして誤魔化して、笑ったんだと思う。でも作り笑いは口元だけのことが多い。それに頭が左右に揺れているのは嘘をついている可能性が高いの”

“『ラビット』すごい”

“『チェリブロ』証拠がないからなんとも、ね。ただ、なんとなく簡易プロファイリングができるかもしれないらしいの”



続きは明日、大学でということになった。



やっぱり今日も訊けなかったな。

美桜さんは誰と付き合っているのだろう。





ラビットの手記〈スケジュール帳より想起〉


莉愛から二度目の告白をされた日。


イタリアンレストランでは驚いた。客の全員がサクラとかどういうことなのかって思ったけど、美桜の経営する企業を知った今では驚きはないよ。


そのうち星満宮家の経営企業を超えちゃうんじゃないの?



それにしても、莉愛は世渡り上手というか、嘘がうまいというか。

女の子は本当に怖いと思ったよ。



そういえば美桜とあのイタリアンレストランに入ったこと一度もないね。

今度は普通のお客さんとして行こうな。



2025年4月※



※滲んで読めない。

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