2023/12/11
「店長きたよー」
春が元気よくセカンドダイスの扉を開けた。
「あっ。としくん……」
「いらっしゃいませ……」
俊彰を見つけて春が少しだけ戸惑いの表情を浮かべる。微妙な距離感。これまでと違うなにかがそこには存在しているように思えた。けれど、そんなものは存在していないはずなのだ。まずは謝らなければ。でも、きっかけが見つからない。
そんなことを悩んでる間に。春はいつものカウンター席に座った。でもだらりとはしていない、なぜだか背筋がピンと伸びている。なぜだろうか。
「すっかり街はクリスマスだね。ここに来るまでの商店街のイルミネーションも綺麗だったよ」
春は気恥ずかしそうに話題を振ってくれる。
「そ、そうなんですね。近くの公園も気合い入れてるみたいで、すごい数の電灯らしいですよ。あっ。な、何飲みます? いつものコーヒーでいいですか?」
でもスマートに答えられない。せっかく春がくれたチャンスを活かしきれない。店長はこちらんことを気を使ってなるべく離れていてくれる。今を逃すわけにはいかない。
「あ、うん。いつもので。としくん具合は大丈夫?」
「だ、大丈夫です。おかげさまでゆっくり休めたので」
謝らなきゃ。その覚悟はできたはずろう?
「あ、あの!」
「あのねっ!」
俊彰と春とのタイミングが一緒で、お互いに驚きのあまり顔を見合わせた。そして大声で笑い合った。あまりに笑いすぎて、店長や他のお客さんにちょっとだけ睨まれたくらいだ。
「ごめんなさい。あんなに楽しみにしてたゲームマーケットに行けなくて」
「ううん。としくんは悪くないよ。インフルエンザじゃしょうがないよ。タイミングが悪かっただけだよ。気にしない、気にしない。それでね。聞いてほしいんだけど……」
ゲームマーケットであったことを春は楽しそうに話してくれた。試遊したボードゲームのこと、なぜだか落語を聞いたこと、欲しかったボードゲームが売り切れたこと。どれだけ楽しかったかを熱心に教えてくれた。
「だからさ、今度のゲームマーケットはとしくんと一緒に行きたいなって。思ったんだよ」
その言葉にドキッとしてしまう。それってそういうことでいいんだよな?
「春さん。それって……」
「えっ。あっ……えっとね。でも、次は私も四年だし、就職活動も頑張らなきゃいけないし、それどころじゃないかも。あはははは……」
春は珍しく照れているような気がする。ってことはやっぱりそうなんだよね。自問自答を繰り返してしまう。
「あ、あの。春さん。僕は一緒に行きたいです。ゲームマーケット」
「うん。そう言ってくれて嬉しいよ。としくんありがとね」
久しぶりの春との時間。でもふたりっきりになりなりたいと思う。そう思うなら行くしか無い。今なら前に進める。だって春の笑顔をもっと見ていたいのだ。
「は、春さん。今日、お店終わったら。イルミネーションを見に行きませんか?」
春は驚いた顔をしている。それもこれまで見た中で一番。そこでふと思い当たった。
俊彰が自分から春を誘ったのはそれが初めてだったのだ。
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