第211話 馬刺し

「ああ。それから、ちょっと良きものがある。それも試しに食してみよ」

 血と一緒に食べるものと言うと、何だろう。それにも興味が出てきた。

 ゼスは店主に何か「例のヤツを」とか言って、用意をさせた。そして出てきたのは、

「ん? 生肉……よね?」

 そう。一口大に切り落とされ薄くスライスされた、焼いていないただの肉だ。しかしその肉の断面を見ると、脂身がほぼ無く、キメ細かな赤身の綺麗な肉だった。

「これはな、馬の肉じゃ。豚の血が無い時は、これを食うのじゃよ」


 おお。これはまた高級品だ。生の馬の肉と言えば、食用ではまず手に入らない希少品。馬は本来乗馬・農耕に使われるものなので、肉を取るために飼うのは珍しい。それを扱っている店というのも、珍しい。


 ゼスに「試しに」と言われて、切れ端を少しだけ食べてみると、これがまた引き締まった歯ごたえと深い味わいで、美味しいのだ。なるほど。これで吸血の衝動を抑えるのか。


「他にも食えるものはあるが、それはまたおいおい説明して行こう。まずは、リリカの門出を祝って食うとしよう」

 こうして、ふたりだけの奇妙な宴が始まったのだ。ただの食事だが、周りに気を使う奇妙な食事風景だった。

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