第210話 ゆめゆめ忘れるな

「ふむ、やはりな。試しに味見してみるかえ?」

 ゼスの提案に、半分弱腰で半分興味津々で、答えてみる。

「……じゃあ、ちょっとだけ……」

 グラスに直接口をつける訳にはいかないから、手近にあったスプーンをグラスの中に入れ、少しだけすくって口に運んでみる。

 少し粘り気と生臭さはあるものの、それを補って余りある芳醇な香りと、甘さと塩気が絶妙なバランスで整っている味わい。これは美味しい。

「えっ? 血が……なんで、えっ……」

 私は驚きを隠せなかった。

 騎士になってそれなりに良い食事にありついていたはずだが、それをはるかに上回る美味だった。


「それが『吸血鬼の味覚』よ。ゆめゆめ忘れるな。衝動に従って吸血すれば、いともたやすく破滅する事を」

 私はコクコク激しくうなずいた。

 こんな麻薬のような美味しさの飲み物があるのなら、それこそ虜となって自制が利かなくなるだろう。


 吸血鬼にとっての血とは、魅惑の飲み物なのだと、改めて悟った。

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