第207話 吸血鬼の味覚

「ああ。食事の件じゃが、普通の食事はできないものと心得よ」

 唐突にゼスが言葉を重ねてきた。

「ん? どういう事?」

「論より証拠じゃ。ほれ、これを食ってみい」

 ポイッと放り投げられたのは、ここに来る道中で買った、柑橘類だ。ごく普通の一般的なものだ。それを受け取ってみた。

「なによ、唐突に……あれ?」

 柑橘類に鼻を近づけてみる。

 普通なら、酸味のある爽やかな香りがするはずが、まったく感じられない。


「え? ちょっと待っ……ええ?」

 皮を剥いて果肉を口に放り込む。

 じゅわっと果汁が口の中で広がるが、甘酸っぱい味がまったくしない。私はびっくりしてしまった。

「ど、どういう事? 味がぜんぜんしないなんて」

 私の問いにゼスが答える。

「それが吸血鬼の味覚じゃよ。普通の人間が食べるものは、だいたい味がせんよ」

 私は驚いて、目をまん丸くしてしまっていた。こんな違いがあるなんて。


「ん? という事は……。私と食事をしてた時、ゼスは味がぜんぜん感じてなかったって事?」

「まあそうじゃの。しかし、ある程度の予想はできる。それに食事も、良き娯楽じゃからの」

 なんだか、ゼスに無理をさせてしまっていたのかも、と思ってしまった。

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