第6話 急接近(1)
「よっす岬ぃ〜! 今日は元気か〜?」
「ああ。おかげさまでな」
結局昨日は部活には出れず、真っ直ぐ家に帰った。
「そのボサっとした顔は相変わらずのようだけどね」
「おっ! おはよ〜桜花〜。ま〜ま〜、病み上がりの人間にそんなこと言うなよ〜」
「安心しろ桜花、ちゃんと今日からは切り替えていくからな! 部活もちゃんと行くし」
そうだ。今日からは切り替えていかないといけない。昨日あったことは他言無用。憧れの人物が隣にいたとしても変な態度を外に出てはいけない。
自分自身にそう言い聞かせる。
「よーし、お前ら朝の連絡始めるぞー。席に着けー」
はまやんが来て俺たちは自分の席に着く。意図的に目を逸らしていたが、どの道俺の左隣は空席だったようだ。
「まー朝の連絡はないんだけどな! はっはっはー」
何しに来たのか分からないが、はまやんはそれだけ言い残して去っていった。
そしてそれと入れ替わるかのように彼女が来た。
ガラリと開く教室後ろの扉に俺は背筋が伸びてしまう。コツンコツンと軽い音を鳴らしながらこちらへ近付いてくる。
脂汗が額に浮かぶ。なぜ俺がこんなにもドキドキしているのか分からない。だが、気分はまるで昨日告白して振られた女の子を前にしている時のようだった。
しかし彼女は無言でストンと自分の席に座る。
当たり前だ。彼女は周囲の人間に自分が有名プロゲーマーであることを隠しているのだから。自分から口を開いて目立つような行動はしない。俺なんかに話しかける訳がない。
「はいっ! それじゃあ一時間目の英語の授業、始めていきますっ!」
「起立! ──」
その時俺は、いつの間にか教室に来ていた先生の号令を聞くまで、チャイムが鳴っていたのも気が付かなかった。まるで自分だけ時間が止まっているかのように、その場を動くことができなかった。
俺の二年間の心の拠り所であった夜─YORU─さんへの想いはそれほどまでだった。
「おい岬! やっぱりまだ具合悪いんじゃねぇのか!?」
「いや……」
健人が心配そうな顔で俺にそう耳打ちする。
幸い一番後ろの席であるため俺が立てていないのは健人と城崎さん、そして桜花ぐらいしか気付いていないだろう。
「はいっ! それじゃあまずはこの新しい教科書に慣れていきましょうっ! Let's Reading&Speaking! 隣の人とペアになって読み合いをしましょう!」
「え……」
端から順にペアになれば当然俺のペアは城崎さんだ。
だが彼女は極限まで声を出したくないし、要注意人物である俺とも話したくはないだろう。まあ最悪別にこのペアワークはやらなくても問題はない。
健人と、流石に今回ばかりは桜花も心配そうにこちらを見ているが、俺は先生の視界に入らぬように教科書を持ち上げ読んでいる振りをする。
その時、何者かに左手の袖を引っ張られた。
そちらを見ると城崎さんがちょいちょいと指でこっちに来いとジェスチャーしている。
俺は困惑しつつも椅子を彼女の席の方へ近付けた。
「やろ……」
「え、は、話しても大丈夫なの……?」
「うん……。皆スピーキングやってるから……、私の声は聞こえない……」
「いやそうじゃなくて、俺なんかと話しても……」
プロゲーマーと言っても、女子の場合はアイドル性が求められてしまうものだ。そうなればファンとのリアルな接触は望ましくない。
それは一ファンとして重々承知の上だった。
「ん……。逆に……、神楽くんにはもうバレてるから……どれだけ話しても大丈夫……!」
「……!」
彼女はそう言って微かに笑った。
「どうしたの……?」
「い、いや、なんでもないよ! それじゃあやろうか!」
「ん……、やろ……」
他の人には聞こえないと自分で言いつつも彼女は身を屈め、俺の方へ顔をグイッと寄せてくる。
どうしても声を聞かれたくないのだろう。しかしこの距離の詰め方は、彼女が小柄だからか、それとも人付き合いを避けてきた故の距離感のバグなのか。
「読んで……」
「おう……。Do you know anything about──」
「ん……、あ……えっと……、あ、あいのう……ざっと……」
彼女のスピーキングはそれはもう酷いものだった。
しかし頬を軽くピンク色に染めながら、たどたどしくも一生懸命に読み上げる彼女の姿は、どこか微笑ましいものだった。
きっと彼女は去年こうしてペアでやることもまともにできなかったのだろう。
そう考えると、彼女のことが不憫に思えた。半分は授業中に寝ている彼女自身のせいだが、残り半分について俺だけは彼女のためにできる限りのことをしてあげよう。それが俺が夜─YORU─さんにできる精一杯のことだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
あとがき
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次話2023/12/05 08:00過ぎ投稿予定!
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