第7話 急接近(2)
それから一週間、彼女は何かと俺に話しかけてくることが増えた。
まあその要件の大半は、授業中寝てて分からなかったところだとか、先生は連絡を言っていたかだとかいう内容だった。人前であまり喋れないというのは、去年はとんでもない不便を被っていたことだろう。
かといってここでラブコメ的に俺の生活が激変することもなかった。
毎日登校して授業を受ける。その後部活、時には更にその後バイト。そんないつも通りの日常が続いたのだった。
「ふ〜! やっと一週間終わったな〜! 今日は部活もオフだしやっとゆっくり──」
「アンタはこの後デートの約束でしょ? ほら早く行く!」
「痛い痛い! 分かってるから耳を引っ張るな! ……んじゃ、また土曜日の練習な〜岬ぃ〜」
「おう! じゃあな」
俺は部活がない日は全てバイトを入れている。
別に金に困っている訳じゃない。むしろ父さんは本庁勤務の刑事という立派な仕事で、それなりに自由な生活をさせてもらっている。
だが俺があえてバイトを詰め込んでいるのは、忙しく働いている間は嫌なことを考えずに済むからだ。
今日も無駄なことを考えて気分が沈む前に早くバイト先の喫茶店へ行こう。そう思って席を立った時、城崎さんが俺の袖を掴んだ。
「……! ど、どうしたの城崎さん?」
「ん……、私もクラスのグループに入れて欲しい……」
「ああそんなこと……」
俺はポケットからスマホを取り出す。
「確かにグル入れてないと色々と不便だからね」
特に彼女の場合、来週の時間割や持ち物など聞いてもいないだろう。だがクラスのグループなら同じく他の聞いていない人へ誰かからのそういった情報のやり取りもある。
「QRコードだしてもらえる? 俺が読み取るよ」
「ん……」
俺は彼女に差し出されたスマホのQRコードを読み取り、友達に追加する。彼女の名前はシンプルに「城崎夜宵」、アイコンはラベンダー畑の景色で、トップ画像は未設定だった。
それからクラスのグループに彼女を招待した。それから間もなく彼女はグループに参加し、トーク画面に「岬 が 城崎夜宵 を追加しました」と表示される。
「ん……、ありがと……」
彼女はマスク越しにも分かる笑顔を見せた。
「じゃあまた月曜日!」
「ん……、いや……」
「あ! ……週末の配信、楽しみにしてるよ」
俺はこっそりと彼女の耳元で囁く。それを受けて彼女もこくりと小さく頷く。
この秘密の共有とその背徳感は俺の胸を高鳴らせた。これはもう吊り橋効果なんてもんじゃない。
「またね、城崎さん!」
「ん……また……」
胸元で小さく手を振る彼女の姿は、彼女が夜─YORU─さんであるということ抜きで俺の心を奪った。
その晩、バイト終わりで疲れ切っていたにも関わらず、彼女のプロフィールを眺めるなどして夜更かししたのは言うまでもない。空白のトーク欄によろしくの挨拶だけでもしようかとも思ったが、結局できなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
毎週日曜日、九時から。決まってこの時間は夜─YORU─さんの配信だ。スマホの通知欄にも彼女の配信予定を知らせる通知が届いている。
『──ん……。あーあー……。今日も配信よろしくお願いします……!』
心なしか、夜─YORU─さんの声は少し元気そうに聞こえた。今日のエイムも冴えている。大会へ向けて仕上がってきているようだ。
「こんばんは!」
俺はいつものアカウントでコメントを送る。毎回コメントしている古参の俺がコメントをやめれば、彼女の中で「ゴッド・ファン」が神楽岬だと結びついてしまう可能性があるからだ。
というか、あの時城崎さんにアカウント名を教えなくて良かった。中二の時に作ったこの恥ずかしい名前がバレるところだった。
ちなみにここでの「ファン」はアイドルのファンという意味ではなく「楽しい」という意味の方だ。
中学生の乏しい英語力で命名したこのアカウント名。自分でこんな説明をするのも恥ずかしい、とんでもない黒歴史である。何がなんでも隠し通さなければならない。
「gg! いい試合でしたね!」
少しでも彼女に気取られないよう、今までの二年間と同じようなコメントを心掛ける。まああまりコメントを読まない夜─YORU─さんに対しては少し自意識過剰かもしれないが。
そんなことを考えてスマホを凝視していると、俺の心にふっと悪戯心が生まれた。
今、城崎さんに電話をしたらどうなるんだろう。
クラスで連絡先を知っているのは俺だけだ。関係者も配信時間に電話を掛けたりしないはず。つまり俺が唐突に電話をすれば、夜─YORU─さんの配信に映るのはほぼ確実に俺のということになる。
考えればまだ城崎さんが本当に夜─YORU─さんなのか証拠を確認した訳ではないのだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
あとがき
お読み頂きありがとうございます!
次話2023/12/06 08:00過ぎ投稿予定です!
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