第5話 秘密(3)
「──お待たせ!」
「…………」
俺が健人たちと話している間に城崎さんは既に屋上へいたようだ。
少し傾いた日差しに照らされる、マスクを外した彼女は二割増で美しく見えた。風で揺れる髪とスカートを鬱陶しそうにしているその様子すら俺の心を惹きつける。
「……それで、話ってのは──」
「ん……。答え合わせ……しよ……」
彼女は昼とは打って変わって悲しげな表情を向けていた。
「……もし違ったらごめん。……城崎さんはあのプロゲーマー、夜─YORU─さん、だよね?」
「…………」
「誤魔化すなら今のうちだよ」
「…………」
優しさのつもりで咄嗟に出た言葉はかえって彼女を追い詰めてしまったと、口に出してから後悔した。
「だけど、俺が聞き間違えるとも思えないんだ! 俺は二年前から──って、こんなこと言ったら厄介な古参と思われるだろうけど、夜─YORU─さんが配信を始めて、最初の大会に出た時からずっと追ってるんだよ……」
「……そうだよ」
「…………!」
彼女のその一言が、俺を変えた。
その一言で、この二年間のネットでの出来事を
「まさかあの夜─YORU─さんと同じ学校、同じクラスだなんて! 夜─YORU─さんの“夜”って本名から取ってたんだね! まさか同い年だったなんて! ってことはデビューは中三から高一の間の春休みだよね!? なんで始めたの? 顔出ししない理由は? それから──」
「…………」
「あ……」
抑えきれないファンとしての気持ちから、畳み掛けるように言葉が溢れてしまった。
そんな俺を見て彼女は酷く冷たい視線を向けていた。
「名前は適当に考えたから……。公式戦に出たのはそう……、あの頃の私にはゲームしかなかったから……。顔は身バレしたくないから……。これで満足?」
淡々と俺の質問に答える城崎さんに俺は思わずたじろぐ。
俺よりもかなり小柄なはずの彼女が、今は大きく見えた。それは何も彼女の後ろにある夕日のせいではない。
「ご、ごめん……。今までクラスで喋らなかったのも、声でバレたくないからだよね。それなのに……」
「ん……。ごめん私も言い過ぎた……」
彼女も別に悪い人間ではない。
どうしても身バレしたくなかった、それなのに俺が素性を暴いた。それで彼女は怯えているのだ。
「もちろん俺は夜─YORU─さんを応援したい気持ちが一番にある。だから絶対にこのことは口外しないし、ネットに書いたりなんか絶対しない」
「ん……」
「ありがとうね、俺のためにわざわざ残ってくれて! それじゃ──」
「待って」
いたたまれない雰囲気に俺が踵を返して屋上を去ろうとしたその時、彼女の小さな手と細い指が俺の腕を掴んだ。
「ん……、こっちこそ……部活もあるのにありがとう。……それと……ずっと応援してくれて……」
「お、おう……」
今日が六時間授業で、今が夕暮れ時で良かったと思った。そうじゃないと、この真っ赤な顔が彼女にバレるところだった。
きっとこれは憧れの夜─YORU─さんに出会えたからじゃない。目の前の目を潤ませる美少女に、俺は顔を赤くしているのだ。
「あの……良かったらユーザーネーム、確認させて……」
「え、俺の!?」
「うん……」
「いやそれは──」
俺は全力で思考を巡らせる。あのアカウントで何か不味いことは言っていないだろうか?
もちろん規約に従った良識のあるコメントは心掛けている。しかし、まさかそれが目の前の同じクラスの美少女に向けた言葉になるとは一ミリも考えていなかった。
「と、とりあえず内緒で!」
「ん……私はバレてるのに……」
彼女はぷくりと頬を膨らませる。
しかし万が一ということもある。彼女には申し訳ないが俺のアカウントは秘密にさせて頂くこととした。
「それじゃあ、俺は部活にもう行こうかな! 配信頑張って! 日本代表を決める大会の予選大会がゴールデンウィークにあるよね? 応援してる! もうクラスでは不用意に話しかけたりしないから! それじゃ!」
「ん……いや待っ……」
俺はこれ以上引き止められないよう、駆け足で屋上を後にした。
きっとこれ以上ここであの憧れの夜─YORU─さんと話してしまえば、これから一年間城崎さんと過ごす学校生活が辛くなってしまうから。俺はそっと匿名のインターネットで陰から彼女の活躍を応援する。それだけで十分幸せだから。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
あとがき
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次話2023/12/04 08:00過ぎ投稿予定!
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