第4話 秘密(2)
俺の思わず漏れた声ははまやんまで届いていなかったようだ。
しかし城崎さんは俺の言葉に、前髪が目に入らないか心配になるほどその大きな目を見開いてこちらを見ていた。
それから彼女は慌てて表情を取り繕いいつもの眠そうな目をして前を向く。
「俺の聞き間違いか……?」
彼女の声はマスクで篭っており、更に単語数も極端に少ないため俺はまだ確信に至ることができなかった。
「よーし。じゃー次は委員決めサクッと終わらせるぞー。学級委員とか図書委員とか合わせて全部で二十人、クラスの半分だなー。部活とかバイトとかやってない人が率先して立候補してくれると助かるなー。そんじゃーやってくれる人は黒板に名前書いていってくれー」
委員決めは大抵かなり揉めるものだが、このクラスではすぐに決まった。はまやんのクラスなら委員の仕事も楽だろうし内申稼ぎにはうってつけではある。
だが、立候補してない俺が言うのもなんだが、部活もバイトしているのか分からない城崎さんは委員決めの間微動にしなかった。
「おーおー、皆積極的でいいクラスだなー。それじゃあ一時間目はこれで終わろーかー。次の時間からは通常授業……って言っても初日はガイダンスみたいなもんだ。体慣らしていけよー。じゃー委員長早速号令よろしくー」
「はい。起立! ──」
チャイムが鳴る前に授業を終えるのもはまやんの愛されるポイントだ。
授業が終わり、横では健人が桜花に詰められているが今はそんなことどうでもいい。
「……ねぇ城崎さん」
「…………」
「はまやんのことだからいつ席替えするか分からないけど、これからしばらくよろしくね」
「…………」
「えっと……、何か部活とかバイトはやってる?」
この言葉で彼女は微かに動いたように見えた。
「ちなみにさ、城崎さんはゲームとかは好き? 例えばFPSとか──」
「なんで……そんなに私に構うの……」
「えっと……。なんか城崎さんの声聞いたことあるなーなんて……。もしかして配信とかやってたりしないよね? あはは……」
間違いない。この俺があの人の声を聞き間違える訳がない。
そう遂に確信した時だった。
「──放課後……屋上に来て……」
「え……」
マスクを外して俺に耳打ちする城崎さん。
至近距離で感じる彼女の声、吐息。ふんわりと制服から香る甘い香り。マスクが退けられてあらわになった、美術品のように整った白く柔らかい顔。そして口元にひとつ残された小さなほくろ。
その全てが一度に襲ってきて、俺の心臓は今までにないほど高鳴り、息が苦しくなるのが分かった。
「他の人に……聞かれたくないから……。二人で話したい……」
彼女は氷のように鋭い目付きでそう言い放つ。俺は返事を言葉にすることができず、ただ黙ってこくこく頷くことしかできなかった。
「じゃあ……もうここでは話しかけないで……」
そう言うと彼女は再び黒いマスクを付け眠りにつく。
俺は今目の前で起きた出来事がまだ受け止めきれず、次の授業の始鈴が鳴ってようやく正気に戻った。
「はいっ! それじゃあ新学期最初の英語の授業、やっていきましょっ! ええと、このクラスの委員長は──」
「──お〜い、岬! なにボケっとしてんだ? もう昼休みだぞ〜」
「コイツがボケっとしてるのはいつもでしょ」
「おいおい桜花! 言われてんぞ岬......って、お前本当に大丈夫か?」
「え? あ、お、おう......」
俺は無言で購買の焼きそばパンを頬張る。
泳ぐ目線の向ける先はもちろん城崎さんなのだが、肝心の彼女は昼休みが始まるとすぐにどこかへ消えてしまった。
そして初回のガイダンス的な授業が全て終わり、放課後がやってくる。
「ふぅ〜! 初日に六時間授業はきち〜な〜」
「アンタ部活なんでしょ? じゃあね、私は帰る」
「おう! じゃ〜な桜花! ……よし、部活行くぞ岬ぃ〜」
健人は桜花に手を振り、もう片方の手で俺と肩を組む。
だが俺は左隣の城崎さんから向けられる鋭い視線の前に、心苦しいが健人の誘いは断らねばならなかった。
「悪い健人。今日の部活はパスさせてくれ」
「は? どうしたんだよそんな急に」
「いや……ちょっと体調が悪くてな……」
「だからお前ずっとあんなだったのか。それなら早く言えよ、心配させやがって」
「すまん……。体調が戻ったら後から行けたら行く」
「それ絶対来ないやつだろ〜! じゃあ顧問には俺から言っとくぜ? お大事にな〜」
健人はそう言って他のバスケ部の連中と体育館の方へ向かっていった。
健人のような良い奴に嘘を吐くのは胸が痛んだが、それよりもなによりも優先すべき事項がそこにはあった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
あとがき
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次話2023/12/03 12:00過ぎ投稿予定!
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