学園編〜世界で最も危険な魔術〜

第一話 角砂糖の魔術師

「僕はこの学園で、角砂糖を造る!」


 明かり取りの為に設けられた天窓から真昼の陽光が白く、木板の床を照らす。

 光に包まれ、まるで世界にでも愛されているかの様に、その中心で銀色の短い髪を煌めかせて少年は指を整えて手刀を構える。


「き、貴様、どこの領地くにの出身だ! どこから来た!? 俺が誰だか知っているのか!?」


 光に包まれる銀髪の少年とは対照的に、その人物は金色の長い髪を乱れさせ、暗く冷たい床に倒れ、鼻を折られ、流れ出る血を抑えながらそれでも尊厳を損なわない様に声を張りあげた。


「知らないよ。でも、君は僕の夢を笑った。不可能だと言った。そして、その夢を踏み潰すと言った」


「煩い! 黙れ! 俺はマトリカ・グラダナ・ンセンだぞ! ンセン領の——」


 マトリカの声は徐々に細くなり、遂には完全に口を閉ざした。


 フワ——と、通常ではあり得ない、或いは起こり得ない風が銀髪の少年から溢れ出る。

 元来魔力は、大気中の魔素を用いて、魔術を介して顕現する。

 魔素を用いず、魔術も介さずに、少年は魔力を顕現させてみせたのだ。

 それは木の葉を揺らす程の微弱な風だったが、その場に居た、発生源である少年以外の二十九名全ての生徒が動きを止めて息を飲んだ。


「そーこまでだ。で? これはどういう状況だぁん?」


 何かを繰り出そうとした少年の頭を大きな手のひらで包み、掴んで、男が割って入る。


「離してください!」


 剥き出しの戦意を向ける少年を子供の様に——まぁ、実際に子供なのだが。圧倒的にあり得ない、或いは起こり得ない行動を示した少年を気に留める様子もなく、無抵抗若しくは無意識の人形でも掴んでいる様子で、他の生徒に状況の説明を求めた。


「はい!」


 その問いに、三つ編みの少女が勢い良く手を上げて応える。


「名前は……なんだっけなー……そうだ、アンネ。で? どういう状況なんだ?」


「グミのバカが教室で、突然にンセン様を殴ったのですよ。バカなので退学にしてください!」


「バカとは言うが、こいつは一応首席だぞ?」


「お言葉ですが、マニユアル先生。グミはこの国で一番のバカです。この格式高いチヨコレイ塔魔導学院に置いてはならない存在かと、私は深く憂いでおります」


 吊り目の少年は、アンネとアニユアルの間に割って入り、身体を斜めに構えそう言った。


「そうかそうか。でだ。だったらどうするよ? 懲罰会議にかけるか? 入学初日だぞぉ?」


「先生! 懲罰会議は困ります! 先に僕の道を閉ざそうとしたのはあいつです。僕は自分自身の道を進む為にやむを得なく——」


「でだ? 殴ったのか?」


「はい!」


「だ、そうだがぁ? どうするよ。みんなはこいつをどうしたーい?」


「退学よ」「クビだ!」「今すぐやめさせろ!」「そんなやつに魔術を扱う資格なんてない」「この学園には不向きです」「私その子嫌い!」「帰れ!」


 などなど——


 堰を切ったように子供達は全員一丸となって、グミの排除を求めた。

 一頻り罵声が落ち着くまで、マニユアルは全ての言葉に耳を傾けて言う。


「だったらー、これ、連れていくぞ。後悔は無いか? 反対意見は無いか? 誰か擁護する奴は?」


 その問いに、全員一致で罵声で返した。


「はいはいはーいはい。分かった分かった。じゃあ、入学説明は後にするから、暫く全員待機なー。と、そうだ。マトリカ、治療は必要か?」


「これくらい何ともない……」


「そうか、そうかー。で、最後にもう一回だけ聞くが。こいつを懲罰会議に送れば、マトリカを殴った罪で、最悪死刑だ。それでも、本当に良いか?」


 怒気が込められた低い声。

 それまでの陽気な様子とは雰囲気をガラリと変えて、視線を送らず、背中越しに生徒達に対して圧力を掛ける。


「当たり前じゃない? 罪には罰でしょう」


 マニユアルの圧力に耐え切れず口を閉ざした生徒の中で、一人だけ、アンネが口を開いた。

 しかし、その声は夏を終えた虫の音の様に小さく震えている。


「そうだな。分かった——」


 ピシャリと戸を閉めてマニユアルは教室を後にした。


静まり返る室内。

抵抗虚しく連れ去られるグミ。


 それから丸一日も経たないうちに判決が言い渡される。


「——グミは第一階級の位を剥奪。第十階級へと転級させることとする」


 身体のサイズに似つかわしくない巨大な金属の手枷と足枷。口にも金属の拘束具を付けられた状態だ。そんな状態で、泣き腫らした目で、懲罰委員会のおさポリフ・エノールを睨み付ける。


 恨みは無い。


 しかし、その結論に納得がいく訳も無く、徹底的に抗議をしたい気持ちではあったが、ただそうやって視線を送ることしか出来なかった。

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