第27話 ヤンデレはいたんだ
「くんくん……春兄、昨日想さんと何かあったわね?」
朝になり視線を感じ目を覚ますと、最初に視界に入ったのは横で眠っていたはずの雪乃がこちらの服を嗅ぎながらじとーーっとした目で見つめている光景だった。器用にまたハイライトが消えている。
「……いや、とくには何もないって。それよりももっと甘えたいんだろ? ほら、お兄ちゃんはここにいるぞ」
「うう……想先輩ってば余計なことを言ったわね……」
昨日想から雪乃が甘えたがっていると聞いていたので、両腕を広げて誘ってみると、しばらくもじもじとしていたが、俺の胸に頭をのせるようにして抱きついてきた。
小声で「春兄のにおい……癒される」と言っているのが何ともかわいらしい。
「ははは、雪乃は甘えん坊だなぁ……」
「別にいいじゃないの……それよりも……」
俺の胸元で頭をぐりぐりやっている雪乃だったが言葉を切ると、ぼそりと感情のない声でつぶやいた。
「想さんといちゃつくのは一万歩ゆずって許すけど、他の女の子といちゃつくのは許さないからね」
「はっはっは、雪乃はお兄ちゃんがとられるのが寂しいのか?」
「そうよ、……悪い?」
表情は見えないけれど、唇を尖らしているであろう雪乃を見て、相変わらず甘えん坊だなぁと思っていただろう、これまでの俺だったら……
月明かりの元爛々とした目で自分の過去を語っていた想の顔が思い出される。そして、俺はもう知っている。この世には実際にヤンデレが……ヤンデレになりえる可能性を持つ人間がいるであろうことを。
「春兄……今他の女の子を考え……」
「なあ、雪乃、俺の服に発信器を仕掛けていたのはお前か?」
「--!!」
胸の中で雪乃が息をのむのがわかった。そして、俺の胸元に顔をうずめながら少し震える声が聞こえてくる。
「何のことかしら? 義兄さんにそんなものを仕掛けるような酔狂な人な人はいないでしょう。気のせいではないかしらか?」
「ん? ああ、やっぱりそうかなぁ……たまたま変な機械がついていたから発信器だと思ったんだけど、気のせいだったかな」
「そうよ……だいだいそんなのを仕掛ける女の子はライトノベルやアニメの中だけよ。ヤンデレが好きすぎて頭がおかしくなったんじゃないの?」
「さすがにそれは言いすぎじゃないか?」
やたら早口で……かつてのようにツンツンとした口調になった雪乃の言葉を聞いて、動揺しているのがわかる。
ああ、こんな近くにもヤンデレの素質がある人間がいるなんて……なんで俺は気付かなかったのだろう。昨日とは違う意味でドキドキとしながら雪乃の頭をなでてやるのだった。
雪乃とだらだらしてから、リビングルームに入るとパンの焼けた香ばしい匂いが鼻を刺激する。鼻歌をう会っている想が俺たちよりも早く起きて朝ご飯を作っておいてくれようだ。
「おはよう、想。朝ご飯美味しそうだな」
「その……おはようございます」
「一体なんなのこの雰囲気は……? 昨日何があったのよ!?」
昨日のことをおもいだしたのか、想が顔を赤くして恥ずかしそうにはにかんだ。そして、その光景を見ていた雪乃がじとーーっとした目で俺と想を交互に見つめているのがわかる。
その状況を見て、俺が思うことは一つだった。
ヤンデレの素質がある少女がたちが俺を意識しているだって……なにこれ、最高じゃん!!
昨日と同じ状況のはずなのに、俺の中では気まずさは完全に消えて楽しさと興奮が胸を支配していた。そして、彼女たちと雑談をしつつ考えをまとめる。
白金想は俺と雪乃といると家族みたいで楽しいと言っていた……
雪村雪乃は俺を兄として慕っているのか、異性として慕っているのかわからない。
なぜならばヤンデレ少女はとある人間のことを病むくらいに考えるだけであって、それが恋心とはかぎらないからだ。
そんな俺にできることは……彼女たちに異性として、好きになってもらうように頑張ることである。そして、俺もまた彼女たちのどちらが好きなのか自分の心をはっきりさせるべきだろう。
「どうしたんですか? そんなに楽しそうに笑って?」
「食事中はちゃんと食事に集中しないと作ってくれた想先輩に失礼よ」
「ああ……ごめん。ちょっと嬉しいことがあってさ」
こちらを心配するように見つめる想と、咎めるようにツンとしてる雪乃に笑顔で答える。そう、本当にうれしいのだ。だって俺はようやく真実の愛を見つけられそうなのだから。
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