第26話 想の過去
「その……別に勘当されているとかそういうんじゃないんです。勘違いしないでくださいね」
そう、前置きすると彼女は語り始めた。
私は裕福な家に育った以外は普通の女の子だった。いや、普通の女の子だと思っていた。両親には愛されていたと思う。しつけなどは厳しかったし、習い事も多かったけど、適度なわがままは聞いてもらえたし、誕生日やクリスマスは家族で祝ったりして幸せな家族だったと思う。
自分が違和感を感じたのは小学生の時だった。自分に懐いてくれる一つ下の女の子が可愛くて、母親と喧嘩したらしく、ずっとうちにいたいというから、その子の親にはもう帰ったと嘘をついて、夜になってもずっと一緒にいたのである。
お風呂に入ったり、一緒にご飯を食べたりと……一人っ子だったこともあり、姉妹にあこがれを持っていた私は幸せだったのだが……
夜になって寝るときにその子が泣いてしまい、母親にばれてしまったのだ。
「なんでおうちに返してあげなかったの? 誘拐されたかもって大変だったのよ!!」
「え、でも……おうちに帰りたくないって……ずっと私といてくれるって……」
母親にそう言われて、私がその子に確認するように声をかけると泣き出してしまったのだ。
「えーん、お母さんにあいたいよう……おうちに帰りたいよう」
私とずっと一緒にいてくれるといったその口で、私を拒絶する声を聴いて胸が張り裂けそうになったのを覚えている。
結局その子には裏切られた気持ちになってしまい、二度と会話することはなかった。
今ならわかる。その子はついお母さんと喧嘩したけれど、寂しくなってしまったのだろう。だけど、当時の私にはわからなかった。だって、私はその子と一緒ならずっと二人っきりでも寂しくないと思っていたのだから……
そして、私は小学校で美咲ちゃんと出会い、クラスがいっしょだったこともあり、いつも二人で過ごした。表面上仲の良い人はいたけれど、私にとっての本当に仲の良い友達は美咲ちゃんだけだった。いや、美咲ちゃんだけでいいと思っていたのだ。
そう、私はそのころから外面は良いけれど人見知りだった。そして、少数の心を開いた人間には甘えてほしいと、ずっと一緒にいてほしいと依存してしまうのだ。
そして、中学の三年生になり、美咲ちゃんとクラスがわかれ私とは別の友達ができたときに私の心は苦しくなってしまったのだ。
彼女が他の人と楽しそうに話しているのがつらかった……悲しかった。私の方が彼女を楽しませることができると思ったのに……
それこそ……美咲ちゃんを監禁して私のものにしてしまいたいと思うほどに……
そして、美咲ちゃんに拒絶され、憔悴していた私を心配してた両親に嫌な思い出があるなら別の学校へ進学することをすすめてくれたので、今の学校に入学し近くの家を借りてもらったのである。
「おかしいですよね? 何かすごい過去があるわけでもないんです……生まれつきちょっと私の友情は重いみたいなんです」
一通りはなして、自虐的に笑う彼女を見て、俺はこんなことを思ってしまった。
ああ、彼女は本物なのではないだろうかと……本当のヤンデレなのではないのかと……
声が……心が振るえているのがわかる。俺は努めて冷静になるように意識しながら言葉を紡ぐ。
「なんで俺にそんなことを話してくれたんだ?」
「私……はじめは優しい人だなぁって思っただけでした。だけど春人と一緒にいるのが楽しくて……私がちょっと強引に距離をつめても優しく許容してくれるのが嬉しくて、それでもっと仲良くなりたいなぁって思って、雪乃ちゃんも誘って、お泊り会をしたら思った以上に楽しくて……これ以上は私止まらなくなっちゃうなって思ったんです。だから……」
珍しく弱気に言葉を濁す想を見て悟る。これは警告だ。いつも笑みをうかべている彼女だったが、友達に廃墟に置き去りにされてトラウマにならないはずがないのだ。
俺たちと一緒に今日この家で過ごして美咲ちゃんとやらとのことを思い出してしまったのだろう。そして、彼女はこれ以上踏み込めば自分が歯止めが効かなくなると悟っているのだろう。
それならば答えは決まっている。
「想……」
「なっ、春人くん!?」
俺が雪乃にするようにして優しく抱きしめると彼女は素っ頓狂な声をあげる。
「どうしたんだ。いつもなら想のほうからスキンシップをしてくるくせに……」
「それは……甘やかすのは慣れていても、甘やかされるのは慣れていないなくてですね……」
どうやら彼女は攻撃力はあっても守備力は皆無らしい。そんな彼女を俺は可愛らしく……そして、愛おしく思う。
いつもとは正反対であわあわとしている彼女の頭を撫でてささやく。
「俺は想の友情が重くても引かないよ。それにさ、重いってことはそれだけその人のことを想っているってことだろ? 素敵じゃないか」
「春人……ありがとうございます」
そう、重いというのはいいことだ。彼女なら……たとえ俺が死んだとしてもずっと想ってくれるんじゃないだろうか? 覚えてくれるんじゃないだろうか?
想を抱きしめながら俺はそんなことを想う。
そして、気づく。窓に映る俺はなぜかわらっており、その目はまるで想や雪乃のようにハイライトが消えているのだった。
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