第22話 雪乃の覚悟の姿
春人をリビングにおいて、想と共に彼女の部屋へといった雪乃は、可愛らしくもどことなく上品な内装に、勉強机と、本棚にベッドが置いてある部屋に思ったよりもまともなだと思った。
まあ、実際はどこになにがかくしてあるかはわからないけど……
優等生に擬態している自分の部屋を思い出して苦笑する。彼女の部屋も一つ開ければ何か出てくるのは間違いないだろう。
「今回はその……『春兄を意識させよう、可能ならば、既成事実を作ろう作戦』に協力していただきありがとうございます」
「うふふ、そんな風にかしこまらなくていいんですよ。私としても望むところですから……非日常の空間で春人も少しは浮かれていてくれるといいのですが……可能ならばここを私たちの愛の巣にしたいですね」
春人との何かを想像しているのか、想がうっとりとした顔を浮かべる。どことなく、ピンク色のオーラがするのは気のせいではないだろう。
「それと……今回のお礼として例の物を持ってきました。とりたてなので鮮度は保証します。春兄も新しいものを買っておいたので怪しんでいないと思います」
「わぁぁぁぁ、ありがとうございます!!」
雪乃が袋を渡すと、歓喜の声を上げながらそれを受け取り中身を取り出す。そこには春人のシャツがあった。もちろん使用済みである。洗濯籠にあったのを雪乃が手慣れた感じでこっそりと新品と交換したのである。
想はしばらく、顔をうずめて何やら声を上げたが、いきなり上着を脱ぎだした。
「ちょっと想先輩!?」
豊かな胸元が包まれたブラジャーが目に入り雪乃は一瞬イラっとしつつも想の奇行を止めようとするが、彼女はそのまま春人のシャツを身にまとい恍惚の声をあげて悶え始める。
「えへへ、彼シャツって憧れていましたが、なんだか春人に包まれているみたいで幸せな気持ちになりますね……これは癖になっちゃいそうです」
「……」
「私の方にも雪乃ちゃんに渡したものがあったんです」
ちょっとうらやましいなと思いつつ雪乃が本題に入ろうとすると、顔をにやにやとしたままの想が、ベッドの下から封筒を取り出す。
「これは……」
中身を確認すると高校の教室や体育館で笑っている春人が写っていた。自然な笑顔からして無許可で撮影したものだろう。
「えへへ、春人の学校での写真です。ご存じだと思いますがスマホもアプリを使えばシャッター音を消せるんですよ」
「……ありがたく受け取っておきます」
今晩枕の下に敷いて寝ようと決める雪乃。一瞬にやけるも本題を思い出す。
「それで……想先輩の春兄に異性として意識してもらう秘策とはなんでしょうか? 兄のスマホの検索履歴でエロ画像をさがしたことと関係があるのでしょうか?」
「うふふ、おそらくですが雪乃ちゃんは今妹としてみられてしまっているんです。そのためには普段と違う雪乃ちゃんを見せるしかありません。そのためにこんなものを用意させていただきました」
満面の笑みを浮かべると、想はクローゼットからメイド服を取り出して、こちらに差し出してきた。
「確かに男性はコスプレが好きと聞きますが……あ、これはまさか……」
「そう、春人のエッチな検索で一番多かった。ヤンキスの義妹メイド「病咲」ちゃんの衣装なんです。これを着ればきっと春人も雪乃ちゃんにドキリとするに違いありません」
「なるほど……ギャップというやつですね、確かにそれは一理あるかもしれません」
普段着の想を見て春人がどきどきとしていたことをおもいだし、もやもやしながらも納得する雪乃。だが、少し前にちょっとセクシーなパジャマでせまったのにスルーされたことをおもいだす。
「ですが……その……もっとセクシーな衣装で攻めた方が効果があるのでは……? それに私みたいな貧相な体じゃ……」
「うふふ、男の子はいきなりエッチすぎる服でいくと引いてしまうそうです。なのでちょっとずつセクシーな格好をして春人には慣れてもらいましょう。あと、雪乃ちゃんもとっても魅力的ですから安心してください」
「……わかりました」
春人ばかり見ていた雪乃は知らないが男というのはそういうものらしいと納得することにした。そして、一つ疑問が浮かんだので聞いてみる。
「想先輩は女子中学校に通っていたと聞いたのですがどこでそんなことを知ったのですか?」
「うふふ、ファイブちゃんねるという英知の集まる場所でおしえてもらいました。あそこはすごいですよ。いろいろな人が何でも教えてくれるんです」
「なるほど……」
「それよりも……何とか春人にはうちに泊まってもらって、私たちを意識してもらいましょう。いくつか作戦を仕込んでいるので安心してくださいね」
どや顔で語る想にちょっと不安を抱きながらも雪乃はうなづくのだった。
★★
想に言われて振り向くと、膝まであるレースのついたミニスカートに、黒ニーソ、そして、エプロンの部分には可愛らしいハートの刺繍がされているメイド服に身を包んだ雪乃がいた。そして、それはただのメイド服ではなかった。
「なんで雪乃が病咲恋歌ちゃんの恰好をしてるんだ?」
突然推しキャラと同じメイド服を着ている雪乃に俺は思わず間の抜けた質問をしてしまった。いや、でもしょうがなくない?
義妹が俺の推しである……家庭環境がわるかったせいで主人公の家に居候することになり、自分がいても良いのかと悩みつつも、昔主人公がおままごとで言った「じゃあ、俺がご主人様ね。恋歌は使用人として俺に尽くすんだよ。そのかわりここにいていいんだよ」という言葉に救われ主人公のために家では常にメイド服を着ているヤンデレ少女である。(オタク特有の早口)
選択肢によってヤンデレポイントをためすぎると食事に睡眠薬を混ぜられて、監禁されて一生世話されるというちょっと愛の重い子である。
余談だが昔俺もハンターハンターのキルアみたいに睡眠薬に耐性をつけようとして少量飲んでたら救急車に運ばれる羽目になりお医者さんにガチギレされたことがある。
「その……似合っているのかしら、春兄?」
「ああ……」
最近のクールな感じでもなく、昔のような甘えてくるような感じでもなく、恐る恐ると聞いてくる普段見ない表情と普段着ない服装になんだか変な気持ちになってしまう。
なぜだろう……ちょっとどきりとした俺を見て雪乃が嬉しそうにほほ笑んだ気がする。
「あ、ちょうどご飯もできたみたいです。食べましょう。今日のためにご馳走を準備したんですよ」
「まじで、むっちゃ楽しみ!! いったい何だろう」
キッチンへとむかった想を見送って適当に席に着くとなぜか、雪乃もこちらにやってきて……
「ちょ!! おまっ!! ちょっと!!」
俺の膝の上にのりやがった。
「どうしたのよ、子供の時はこうしていたじゃない」
「今は大人だし、人の家だろ」
「……春兄に甘えたいのよ。だめかしら?」
上目遣いでこちらを見つめてきて、拗ねた顔をする雪乃に強く言えなくなってしまう。てかこいつ……いつの間にか、女の子になっていたんだな……
柔らかい感触と想とは違う甘くてよい匂いに俺は思わず異性を感じてしまい深呼吸をする。落ち着け、俺はお兄ちゃんだぞ。
「これは……予想以上に効果があったようね……」
「なんだって?」
雪乃がぼそりとつぶやいたが聞こえなかったので聞き替えるが返事はない。つぶやくならロシア語にすればいいのに……
「うふふ、お二人は仲良しですね。お待たせしました。今日のご飯はすっぽん鍋とレバーのニンニク炒めです!!」
「は……?」
満面の笑みでお鍋を持ってきた想を見て思わず間の抜けた声をあげてしまった。友達が家にきてすっぽん鍋を振る舞うのって普通なのだろうか?
そう思って雪乃を見るが……
「さすがは想先輩。料理がお上手ですね」
俺の膝の上の雪乃も感嘆の声を上げる。まじめなこいつが言うんだ。実はけっこう普通のことだったのかもしれない。
でもさ、すっぽんやニンニク、レバーって精がつくんだよね。もしも、俺の息子がげんきになってしまったらどうしよう? なんてくだらないことをおもいながら、食事をはじめるのだった。
この時の俺はまだ気づいていなかったのだ。まるでクモの巣にかかった獲物の様にヤンデレ包囲網にひっかかっていたことに……
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