第17話 ナナシとドロシー
ナナシは依頼通りにキチークの私室への扉を守る兵士を気配を消して倒す。グレイブの命令はキチークの悪事の証拠となる書類を金庫からとって来いということだった。
彼がそれをどう使うかはわからない。キチークを脅し金をせしめることだってできるだろう。だが、それは盗賊ギルドの人間である彼女には本来は関係のないことだった。
だけどどうしても気になってしまう。
「彼の夢って……なんだろ?」
あんな風に強い視線で他人に求められたのは初めてだった。通常盗賊ギルドに見受けするというのは一般的にはありえないことだった。金銭的に割があわないのである。それでも、とても能力が高かったりすれば話は別だが、師匠いわくナナシはせいぜい中の上くらいの実力と言われている。
ましてや、自分は人を殺さないのだ。暗殺だって頼まれることの多い盗賊ギルドの人間としては欠陥品ともいえる存在だった。
今回の依頼も、グレイブの父がナナシを指名したから受けることができたに過ぎない。なのになぜ彼は自分を欲したのだろうか?
「グレイブは何を考えてるのかな……」
「もちろん、この国をどうすればよくなるか? ですよ」
「……!!」
とっさに飛びあがって距離をとると、そこには一人のドレス姿の少女がいた。ナナシと目が合うと不気味なくらい礼儀正しくお辞儀をしてくる。
「全く気配を感じなかった……あなた何者……ただの貴族令嬢じゃないね?」
ナナシはもちろん彼女に見覚えがある。グレイブの妹のドロシーだ。優れた魔法の使い手だとは聞いていた。だけど、訓練をつんだナナシにすらも気づかれないでついていくというのは明らかにおかしい。
まさか、暗殺者なのだろうか?
「それは……愛しい人(お兄様)をこっそり観察するために習得したスキルですよ」
「そう……なの……?」
なぜかドロシー顔を真っ赤にして答えた。それって不審者では? と思ったが、触れない方がいいと生存本能が訴えてきた。それよりもだ……
「なんで私をつけてきたのかな……? グレイブからは何も聞かされてないけど……」
「でしょうね……おそらく、私たちは試されているのでしょう。あの人の夢を共に歩く価値のある人間かを……」
「グレイブの夢……それって……?」
ドロシーはこちらの質問には答えずに、先ほどナナシが倒した兵士の口元に手を当てた。そして、「やはり息がありますね……」とつぶやくとまっすぐ見つめてくる。
「あなたはなぜこの人を生かしたのですか? 殺した方が早かったでしょう?」
「それは……この人が悪かわからなかったから……悪くない人を殺すことはできない……」
とぎれとぎれになりながらもナナシは答える。盗賊ギルドはその性質上暗殺も頼まれることがある。だけど、ナナシは悪くない人を殺したくなかった。ゆえに無能とののしられることもある。だけど、それが彼女はそこを譲ったら人として終わってしまう気がするのだ。
「そういうところでしょうね。今回あなたを雇ったのは……」
「それは一体どういうことなの?」
「兄さまの夢……それは世界を平和にすることです」
「そんなこと……不可能じゃ……」
確かに彼の夢は気になっていた。だけど、それはあまりにも非現実で、つい否定する言葉が出てしまう。それなのに、ドロシーは自信満々に笑みを浮かべて続ける。
「ええ、困難な道でしょう。ですが、困難でも兄さまはきっとその道を歩み続けるんです。そのために私たちのような仲間を探しているのでしょう。現にあの人は誰もがあきらめていた私の病を治しました。そして、忌み嫌っていた私の力を見て、正義のために役立ててほしいといってくださったのです。それだけではありません。あの人は自分が目指す世界とこうだとばかりにメイドたちにも優しくしてるんですよ……それこそ、嫉妬してしまうくらいに……」
「そんな……」
貴族がメイドたちに優しくするのは基本的にはあり得ないことである。それだけこの世界では身分の違いが大きく……理不尽なことをされても文句を言えないのが現実だ。
受付でおきたような理不尽な言いがかりも日常茶飯事なのだ。それなのに彼は変えるつもりらしい。
「そして、あなたは盗賊ギルドにいながらも悪人以外を殺すことを拒む。その心の強さと優しさを見込まれたのでしょう」
ナナシはそこまで聞いて思い出す。彼がいかに自分を欲しいと勧誘してくれたかを。
「ああ、そっか……グレイブは身分とか関係なく信頼できる人を集めてるんだ……だから、人を殺せないって言っても私をあんなに熱心に誘ってくれたんだ……」
「熱心にですか……私にはつれないくせに……」
先ほどまでの大人びた様子はどこにいあったやらドロシーがほほを膨らましているが、どうでもよかった。そして、ナナシは思う。彼の目指す世界が見てみたいと……
「とりあえず、キチークが戻ってくる前にドアをあけましょうか。できますか?」
「もちろん……余裕だよ。イェイ」
ナナシはいつものように無表情だけど、いつもよりなぜか体が軽く感じた。それは殺さない盗賊である彼女がはじめて人に認められたと思ったからだろう。
「あった……これは裏金の帳簿に、魔物や麻薬の密売の書類だね……これさえあれば……」
グレイブの言う通り、金庫をあけるとそこには厳重に保管された書類の束が隠されていた。何枚か見たがこれで、間違いないだろう。
「うーん、これだけですか?」
「え……十分じゃないかな……これさえあればキチークはグレイブに頭が上がらなくなるよ……」
せっかくの成果だというのに、ドロシーはなぜか物足りなさげである。
「そうでしょうか? 確かにこれでキチークを脅迫していくらかのお金をもらうことくらいはできるでしょう。ですが、キチークの周りにも悪徳貴族です。彼らがかばえばキチークを失脚させるには弱いですし、その派閥を一網打尽にされるのは難しいんでしょう。お兄様がそれくらいわかっていないはずがないのですが……」
ぶつぶつとつぶやいていたドロシーが、壁の前に行くと眉をひそめる。
「これは、この先で強力な魔力の波動を感じます。隠し部屋でしょうか……?」
「……ちょっとまって……この部屋の構造上何かあるとしたら……」
ドロシーの言葉にナナシはあたりを見回して、怪しげな床をコンコンと叩く。すると、ゴゴゴゴという音がして壁が動き始める。
「隠し扉が、さすがですね……」
ドロシーが感嘆の声を上げるとナナシは無表情にピースする。
「イェイ……私は盗賊だから……でも、ドロシーが違和感に気づいたからだよ」
「うふふ、ありがとうございます。私たち案外良いコンビになれるかもしれませんね」
意気投合したとでもいうように微笑みあう二人。そして、隠し部屋にあったものを見て二人とも驚きの声をあげる。
「これは……」
「うふふ、さすがはお兄様です。こちらが本命だったようですね」
「んーんー」
そこにあるのは縛られている鎧を身に着けた豊かな胸元の女性と、禍々しいどくろが掲げられている祭壇だった。
「国の直属であるアテナ騎士団の一員を監禁し、わが国で禁止されている邪教崇拝までしているとは……王と教会を同時に敵に回せば、他の貴族もキチークをかばえないでしょう。そして、彼の派閥の貴族たちにもその調査は広がるでしょうね」
「まさか……グレイブはこれに気づいていて……」
「でしょうね、そして、ここまで私たちが気づくかどうかがお義兄様の試練だったんでしょう。流石ですお義兄様……キチークだけでなく、その派閥を破滅させるための一手までをつかんでいたとは……」
「グレイブ……すごい……これが彼の力なんだね……」
「はい、これでこの国は良くなるはずです。うふふ、お義兄様の夢を叶えるお手伝いができて嬉しいです」
グレイブの思惑をよそに勝手に、ナナシとドロシーが称えあっていると、必死に猿轡をはがした少女が声をあげる。芋虫のように体が揺らすとそのたびに胸がばるんばるんと動く。そして、顔には涙が浮かび半泣きになっていった。
「あの、盛り上がっているところ悪いんですが、私のこと助けてくださいーーー」
「あ、はい、すいません!! ナナシさんできますか?」
「もちろん……こういうのは……得意だよ……」
ドロシーのお願いにナナシは得意げにピースするのだった
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