3-6 噂

『商品は、必ず人間以外の生きた生物であること』


 それはただのオークションではない。

 このルールこそが、そのオークションを残虐たらしめている所以だった。

 亜人や獣人、魔族や魔獣に至るまで、人間以外であれば全てが対象。女も子供も関係ない。

 そんな特徴的なルールに惹かれ、暇と金を持て余した人間の富裕層たちが大陸中から足を運んでくる。

 彼らはそこでオークションらしく、舞台に上げられた商品に値段をつけていくわけだ。

 労働力や奴隷として、あるいはコレクションや玩具として、あるいは食材として……。

 彼らの目的は様々だった。

 しかし一つだけ、会場に集まった全員に共通した目的があるという。

 それは、このオークションが持つもう一つ別の側面によるもの。


 ただの「見物」だった。


 当然彼らが見物したいのは、単なるオークションの様子ではない。


 舞台の上で、裸に剥かれた亜人の少女。

 司会者は言う。「まずは彼女の瞳から」と。

 そして客席から次々と声が上がっていく。「金貨40枚!」「45枚!」「50枚!」

 彼らが値段をつけているのは、少女に対してではない。少女の瞳に対してだ。

 やがて落札。その場で少女は瞳を抉られる。

 そして司会者は言う。「続いては右腕です」と。


 カリムさんから聞かされた話はざっとこんな感じだ。


「解体オークション。そう呼ばれているようだ」


 カリムさんは最後にそう締めくくった。

 聞き終わった後、そのあまりの内容にしばらく沈黙が流れる。


「解体……そのために生かしたまま捕らえるんですね……」

「うん、何となく思い出してきた。ハフ爺の話……そう言えば、その話を聞かされたのってさ……」

「そうだ。フェリトナ様が人間に囚われてすぐのことだ」

「何か関係あったりするのかな? たまたまよね?」

「さぁな。だが、ハフマン卿の口ぶりからするにただの噂とは思えなかった」


 何か思うことがあるのか、二人は再び神妙な面持ちで黙り込んだ。

 フェリトナ様……大樹の草原から逃げ出す直前にも耳にした名前だ。

 確かフェルピーの……。気にはなったが、このことについて訊ねるのはやめておいた。


「この話は一旦ここで終わりだ。明日の話に移るぞ」

「そうね。まだ、そのオークションが関係してると決まったわけじゃないし……それで明日は?」

「まずは朝一でその新聞とやらを取りにいく。それからここら近辺の地図もだ。分かったな、人間」

「はい。ですが、その……それでも手がかりが無かったら……」

「その時は……その時になったら考える。どちらにせよ、明日にはこの街を出る。そのつもりでいろ」


 珍しくカリムさんは一瞬言葉を詰まらせた。どことなく普段より表情も重い。

 上手く取り繕っているみたいだが、そこには焦燥の色が見え隠れしていた。

 無理もない。

 フェルピーたちが連れ去られてから丸二日が経とうとしている。

 先ほどのオークションの話もまだ憶測に過ぎず、得られた確かな情報はほぼ無いに等しい。

 明日もまた、何も情報が得られなかったら……。


「ふぁ〜、眠い。ねぇ、もう寝ない? 明日のことは明日考えればいいわよ」

「お前というやつは……」


 わざとらしい欠伸で沈黙を破るフラムさん。

 カリムさんは、力が抜けたようにため息をついた。

 そしてすぐに「各自明日に備えておけ」と、話を切り上げた。


◆◆◆


 あの後、僕たちはすぐに明日の準備に取り掛かった。

 僕はスケッチ用の本を開いて早速絵(フラムさん達のベッド)を描き始めたわけだが、カリムさんとフラムさんは何やら窓から外へと出て行ってしまった。二人で話したいことがあったみたいだ。


 黙々と絵を描くこと三十分。


 二人が戻ってきたので、ちょうど完成した絵を具現化する。僕の自信作だ。

 きっと喜んでくれるだろうと思っていたのだが、


「何でダブルベッドなのよ!」


 と、フラムさんに怒られてしまう。

 ダブルベッドを一つ描く方が楽だったし、双子だから二人で並んで寝るものだと思っていたのだがどうやら違ったらしい。「何よ、その常識……」と呆れられてしまった。

 まぁ、カリムさんは最初から座って寝るつもりだったようなので、最終的にはフラムさんが一人で使う形となり満足そうではあったが。


それから、数時間。


 うん、これくらいあれば十分かな。

 僕は欠伸をこらえながら描き終えたページをぱらぱらと捲った。

 水や食料、衣服、それからお金と、同じような絵が何ページにもわたって続いている。

 なんだかずっと同じ絵ばかり描いているな。

 必要なものだから仕方がないが、ちょっと飽きてきたのも事実だ。

 他に必要なものや描き忘れたものはないだろうかと、ペンを回しながら考えたが、これといったものはあまり思い浮かばなかった。

 結局は必要になった時にその場で描くことになりそうだ。


 それにしても今日は疲れた。

 人間の僕でこれなのだから、きっと妖精の二人の疲労はもっとずっと大きいはずだ。


 フラムさんは寝息を立てながらぐっすりと眠っている。

 カリムさんも、フラムさんが寝ているベッドに背を預け、座ったまま目を瞑っていた。


 僕も切り上げてそろそろ寝ようかな。

 そう思い、机の上の絵描き道具をリュックにしまおうとしたとき、ふと今日買った本が目に止まった。


『邪神・魔神・悪魔 大全集 ~世界に災厄をもたらしたもの~』


 なんで僕、こんな本買ったんだろう……。

 もしかして、これが俗に言う中二病というやつなのだろうか。僕にもそういう時期が来たのだろうか。自覚のある中二病なんて聞いたことないけど。

 でも、確かにあの時、この本に魅かれたのは事実だ。他にも本があった中、僕はこれを手に取ったんだ。

 何にそんなに魅かれたんだっけと、思い出す様に本を開いてみる。

 そこには、タイトル通りあらゆる邪悪な存在にまつわる伝承のようなものが載っていた。

 名前、出生、もたらした災厄、そしてその見た目に至るまで、まるで歴史を語るかのように記載されている。

 僕は何となくページを捲っていく。

 一つのページにはぎっしりと文字が書かれていたが、それはあんまり読んでいない。

 僕が見ていたのは、各ページに一枚ずつある絵だ。

 邪神やら悪魔やらを描いているみたいなのだが、それが何というか、あまり上手くないのだ。味があると言えばそうなのだが、どちらかと言えば子供の落書きに近いような代物だった。


 僕だったらもっと———。

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