3-5 カリムの情報

 結論から言うと、お金がなくて再発行は見送りとなった。

 無一文なのだから、当たり前と言えば当たり前だ。

 あの後、部屋を出た僕を待ち受けていたのは好奇の視線。

 一般人から商人、さらにはギルドの職員にいたるまで、その場にいたほぼ全員から穴が空くほど注目を浴びてしまった。まるで値踏みでもされているかのようだった。


「……疲れた」


 ギルドを出た道すがら、あまりの疲労感から何度目ともしれないため息が漏れる。


「もう! 生きた心地がしなかったわよ!」

「そうですよね、すみません……」

「まぁでも、一応お疲れ様。それで? ここからどうするの? カリムとの集合時間までまだ少しあるけど」

「そうですね。早いところお金を貯めないといけないのですが……」


 身分証の再発行もそうだが、それ以外にも色々とお金がいることに今さら気づく。

 食料に関しては僕の絵で何とかなるからいいものの、問題は今日の寝床だ。

 このまま有力な情報が集まらなければ、今日はこの街で夜を明かすことになるわけだが、まさか街中に自分の小屋やら家を具現化させるわけにもいかないので、その時は宿屋を利用することになるだろう。


「リオがお金を描いて具現化すればいいんじゃないの?」

「それは、そうなんですけど……」


 もちろん僕もそうするつもりだ。

 卑怯な手だとは思うが今はなりふり構っていられない。

 ただ問題は、


「最初の一枚が無いんですよね……」

「誰かから盗むのは?」

「いや、流石にそれは……」

「じゃあ、誰かに見せてもらうのは?」

「うーん、見せてくれるかな……なんか警戒されるような……」

「じゃあ、何かと交換するとか?」

「そうですね、それが一番良さそうですね」


 レイナさん曰く、僕の創り出すものにはそれなりの価値があるようだし。この方法でいこう。


「い、言っておくけど! 私と交換するのは無しだからね!」

「いや、しませんよ!」


 それから僕たちは街中を少しぶらついたあと、とある店の前で立ち止まる。

 最初は服や靴、リュックなんかを売ろうかと思い、そういった店を探していたのだが、なんだが自分の元いた世界のものを持ち込んでいる気がしてちょっと気が引けたのだ。

 それで躊躇っていたときに、目に入ってきたのが今いるこのお店、本屋だった。

 店頭に並べられた書物の値段は、先ほどまで見てきた他の店の品物より明らかに高額。

 銅貨や銀貨、それに金貨の価値はまだ正確には分からないが、書物がこの世界ではかなり高級なものであることは間違いないようだった。

 もしかして紙の値段がそれなりにするのだろうか?

 身分証の再発行には何枚か紙を使っていたし、それで手数料も結構高額だったのかもしれない。

 僕はスケッチ用の本を取り出し、十数分ほどかけてそれと全く同じ白紙の本を描いて具現化した。


「それと交換するの?」

「はい。いくらになるかは分かりませんが、ものは試しです。ダメだったら、また他のもので試しましょう」

「そうね。リオの能力って特に制限とかなさそうだし」

「制限? 他の魔法には制限があるんですか?」

「当たり前でしょ。強力な魔法ほどたくさん魔力を使うし、身体の負担だって大きいに決まってるじゃない。中には自分の身体の一部を犠牲にしないと発動できない魔法だってあるんだから」

「そうなんですか……知りませんでした」


 フェルピーとシルバを連れ去った人たちは魔法を使っていた。

 あれがどの程度の魔法なのかは分からないけど、もう少し魔法について詳しく知っておく必要があるかもしれないな。


「フラムさん、そろそろお店に入りますよ。顔出さないで下さいね」

「はーい」

◆◆◆


 夕刻。

 カリムさんと別れた噴水前。


「交換上手くいったわね!」

「はい、すごい額でした……」


 その額、なんと金貨二十枚。

 聞くとところによると、一般人の約半年分の給料に相当するのだとか。

 売りに出した白紙の本は、やはりかなり上質なものだったようだ。

 これで身分証の再発行や、今日の寝床に困ることはないだろう。


「そう言えば、あの店で何買ったの?」

「あ、これですか?」


 僕は手元の本をぺらぺらと捲って見せる。

 先ほどの本屋で売上金を使ってついでに買っておいたものだ。

 表紙には『邪神・魔神・悪魔 大全集』と物騒なタイトルが。

 さらには『~世界に災厄をもたらしたもの~』と、これまた物騒な副題がつけられている。


「うわ、なにそれ……」


 少し引いた様な声音を漏らすフラムさん。


「いえ、少し気になりまして。ここに書かれていることって、どれも本当のことなのかなって」

「そんなわけないだろ」

「わっ! カリムさん! いつの間に⁉」

「急に出て来ないでよ、カリム!」

「いちいち騒ぐな、鬱陶しい。今戻ったところだ」


 背後からカリムさんの声が聞こえて来たかと思えば、次の瞬間には既に僕の胸ポケットにすっぽりと収まっていた。


「カリムさん、何か進展はありましたか?」

「黙れ」

「え?」

「どうしたのよ、カリム? そんなにカリカリしちゃってさ」

「お前らという奴は……」


 大きなため息をつくカリムさん。どうしてかご立腹のようだ。


「えっと……どうかしましたか?」

「え、な、なに……わたしたちなんかやらかした?」


 僕もフラムさんも全くもって心当たりが無いとばかりに首を傾げる。


「お前たちの危機管理能力はどうなっているんだ。遠目から見ていたが、ぶつぶつ独り言をしゃべる気のふれた人間にしか見えなかったぞ」

「あ……」

「あー……」


 色々とあって気が緩んだせいか、人目を気にするのを忘れていた。


「もういい。話は後だ。場所を変えるぞ」

「「はい……」」


◆◆◆


「何泊だい?」

「えっと、とりあえず一泊で」

「朝食は?」

「朝食は結構です」

「じゃあ、銅貨十五枚だね」

「はい」

「まいど。じゃあ、これが部屋の鍵ね。失くすんじゃないよ。部屋は二階の突き当りね」

「はい、ありがとうございます」


 僕は宿屋の不愛想なおばさんにお礼を言って鍵を受け取った。


「あ、そうだ。少しお聞きしたいことがあるんですけど———」


 僕たちは宿屋に来ていた。

 噴水のあった場所から一番近い宿屋ということで、入ったわけだが……。

 軋んだ音のする階段を上り、部屋へと入る。

 ちょっと……いや、かなり狭い。それに、少しカビ臭い。


「無理無理無理無理! 今からでも遅くないから他のところ探そうよ! リオってば今お金持ちなんだしさぁ……って、きゃあ、蜘蛛の巣!」

「うるさい、黙れ。部屋なんぞ、人目に付かなければどこだっていい。それに汚さならお前の部屋も負けてないだろ」

「な! 物が散らかってるのとカビが生えてるのとじゃ、汚さの種類が違うでしょ!」

「まぁまぁ、あとで二人分の綺麗な布団描いておきますから」


 部屋には、シングルサイズのベッドが一つと、机と椅子が一組。そしてランプが一つ。

 少し薄暗いのが気にはなるが、何とか絵は描けそうだ。まぁ、もしもの時は自分で明かりになるものを描けばいいだけなのだが。


「ねぇ、リオ。お腹減ったー。喉乾いたー」

「あ、はい。今出しますね。カリムさんも、もう食べますか?」

「……」

「カリムさん?」

「そうだな、もらおう」


 僕はアウラの上であらかじめ描いておいたパンと水を具現化した。

 フラムさんの「いただきまーす」の合図で、ちょっとした晩餐が始まる。


「そう言えば、さっきの人間も知らなかったわね」

「そうですね……」


 さっきの人間というのは、下にいる宿屋のおばさんのことだ。

 ダメもとで密猟者について聞いては見たものの、やはり知らなかった。


「カリムさんの方は、何か分かったことはありましたか?」

「いや、直接的な手掛かりは得られなかった」

「そうですか……僕たちも似たようなものです」


 僕は別行動をとってからの出来事を簡単に伝える。もちろん、フラムさんとの一件は内緒だ。

 そして、次はカリムさんの番。


「少し臭う情報なら手に入れた」

「本当ですか⁉」

「え? なになに?」

「まだ確証があるわけではないから、そのつもりで聞け」


 僕とフラムさんは、前のめりで頷く。

 カリムさんは「本当に分かっているのか?」と呆れながらも、その情報について語ってくれた。


「……オークションですか?」


「あぁ、酒場にいた人間の話によれば、近々帝都で開催予定らしい。新聞紙……というのかあれは? それを見ながら話していた」

「それって、つまりフェルピーやシルバがそこに出品されるかも知れないってことですよね?」

「その可能性が高いという話だ」

「でも、ちょっと待って。可能性が無いとまでは言わないけどさ、どうして高いって言いきれるわけ?」


 僕も同じことを疑問に思っていた。


「人間、お前は竜も生け捕りにされたと言っていたな?」

「はい……」

「俺はそこがどうしても腑に落ちなかった」

「?」

「お前は竜の価値を理解しているのか? どうして竜が人間たちに高値で取引されていると思う?」

「えっと、竜は珍しい生き物で……それで……」

「そうだ。竜は希少で、その瞳や角、肉や皮に至るまで余すところなく高値で取引されるからだ」

「そんなこと誰だって分かるわよ。だから密猟者たちが必死になって捕まえに来たんでしょ?」

「あ、そうか……」


 僕はカリムさんの言いたいことに気づいた。


「リオ?」

「生け捕りにする必要はなかったってことですよね?」

「そういうことだ。結局竜は殺されてその部位ごとに売られることになる。ならば、わざわざ生かしておく意味はない。逃げられたり、暴れるリスクを考えれば、むしろ殺してしまった方がいいくらいだ」

「確かに、言われてみればそうね……」


 でも、あの時あの商人は、シルバが死んでしまわない様にかなり慎重になっていた。

 生かしておいた方がいい理由があったはずだ。


「ペットにしたかったとか?」

「そんなわけないだろ」「そんなわけないでしょ」


 二人から同時に呆れた反応を返されてしまう。


「あのね、リオ。竜が人間と馴れ合うなんてあり得ないし、そんなこと人間だって自覚してることよ」

「そうなんですか……」


 だけど、僕には随分と気を許してくれていたような……。


「ていうか、この話とオークションの話に何の関係があるわけ?」

「昔、ハフマン卿に聞かされた話を思い出したんだ。確かお前もその場にいたはずだがな」

「ハフ爺から?」

「あぁ、そう言えばお前は途中から怖くて耳を塞いでいたんだったな」

「なんのことよ! もったいぶらないで早く話しなさいよ」


 カリムさんは一呼吸置くと、その内容を淡々と語り始める。


「人間が行うある見世物の話だ」

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