3-4 特別扱い

「どう? 痛い?」

「いえ、もう平気です」

「ごめん、ハフ爺と違って簡単な治癒魔法しか使えないの」


 僕は治癒魔法をかけてもらった左手を開いたり閉じたりして、調子を確かめる。

 確かに少し違和感はあるが、もうほとんど痛みはなく、傷は治りかけのかさぶたのようになっていた。


「大丈夫ですよ。それに実は僕、治そうと思えばすぐに治せるんです」

「え? リオも治癒魔法使えるの?」

「いえ、そういうわけじゃないんですけど」


 僕は不思議そうにするフラムさんに、絵を描いて治せることを簡単に説明する。


「リオって、本当に人間じゃないのかもね……」


 フラムさんには、呆れたようにため息をつかれてしまった。

 

 その後、すぐに路地裏から出た僕たちは再び冒険者ギルドの前へ。


「フラムさん、入りますけど……その……」

「大丈夫よ。もう平気だから……それに……リオが守ってくれるんでしょ?」

「あ、はい! もちろんです!」


 僕は力強く頷いた。

 冒険者ギルドの建物の中に入ると、すぐにその熱気と喧騒に襲われる。

 予想はしていたけど、すごい人の数だ。

 街中で見かけた一般的な服装の人から、従者を引き連れた商人風の人、それから革鎧や武具を携えた人たちまでいる。あとは赤い制服のような恰好をした人達がちらほら。たぶん、ここの職員だろう。

 色んな格好の人がいるな。

 僕の恰好は大丈夫だろうか……。

 今さら自分の恰好や身だしなみが場違いでないか少し不安になってきた。

 僕の服装は白いロングコートに地味目な長ズボンで、少し季節外れな格好をしている。

 フード付きでポケット多めの服装ということで採用したわけだが、また、ペットボトルの時と同じような世界観を誤った格好をしていないとも限らない。

 ここに来るまで特に変な注目は浴びなかったから大丈夫だとは思うけど……。


「お困りですか?」

「あ、はい!」


 急に背後からかけられた声に、僕は驚きと共に振り返った。

 そこにいたのは、赤い制服を着た若い女性。腕に巻かれた腕章には「受付」と書かれている。


「驚かせてしまってすみません。この辺では珍しいお顔立ちでしたので、この場所も不慣れかと思いまして」

「あ、ありがとうございます。えっと、そうですね。実は今日この街に来たばかりでして」

「やはり、そうでしたか。では、ご案内しますね。ご用件をお聞きしても?」


 僕は簡単に用件を伝える。

 身分証の発行と、あとは人を探している件についてだ。


「さようでしたか。詳しい内容は奥でお伺いしますね」


 その職員に案内され奥へと進むと、部屋を横断するかのように長いカウンターデスクが置かれていた。

 等間隔に仕切られたそれぞれの窓口には、職員が一人と座席が一つ。

 そして、その席の背後には漏れなく長蛇の列が出来ている。

 どこかで似たような光景を見た気がすると思っていたら、幼少期に母親に連れられて行った区役所を思い出した。

 手続きがどうとか、書類がどうとか聞こえてくるあたり、ここも似たような機関なのかもしれない。


「こちらになります」


 僕はカウンターの、そのさらに奥へと案内された。


「あの、僕は列に並ばなくていいんですか?」

「はい。わたくしたち職員の裁量で、特別なお客様には別室での迅速な対応が可能となっております」

「は、はぁ……?」


 特別なお客様? 何のことだろうか。

 列と列の合間を通って、「関係者以外立ち入り禁止」の札がかかった別室へと向かう。

 途中、「どこの坊ちゃんだよ?」とか「ガキのくせに」とか「調子に乗りやがって」とか、野次やら舌打ちやらを飛ばされた。

 何だかよく分からないまま、ものすごく注目されているような。

 フードの中でフラムさんがぎゅっと縮こまったのが分かる。


「申し訳ございません。ご不快な思いをさせてしまい。どうぞ、お掛けになって下さい」


 部屋に入るや否や、深々と頭を下げてくるお姉さん。


「い、いえ、それよりもその、僕が特別というのは……?」

「はい、その上質なお召し物やお履物、それから高級感漂うその鞄、そしてその上品なお顔立ちとたたずまいから、相応のお家の出か、かなりの商人の方かとお見受けしまして。こちらにご案内差し上げた次第です」


 そう告げるお姉さんの顔はどこか誇らしげだ。

 自分の目に狂いはないと、自信に溢れている。

 どうやら僕はまたしてもやらかしてしまったらしい。いや、最初からやらかしていたと言うべきか……。

 とにかく早いところ誤解を解いておこう。


「いえ、僕はそんな大層なものではないですよ」

「またまたご謙遜を」

「いや、僕は本当にただの……」

「そうでした。身分証の発行ということでしたのですぐに済ませてしまいましょう。その際に、色々とお聞きしますね」


 のりのりで準備を始めるお姉さん。

 まぁ、話していくうちにただの誤解だったということに気づいてくれるだろう。


「どうぞ。紅茶になります。お口に合うとよろしいのですが」

「……」


 僕が大した人物じゃないと分かった途端、怒られたりしないだろうか。

 口をつけるのはやめておこう……。


◆◆◆


 ほどなくして、準備を終えた職員のお姉さんは僕の向かいの席へと座る。


「それでは改めまして、わたくし当冒険者ギルドの担当職員レイナ・フォーゲルスと申します。気軽にレイナとお呼びつけください」

「はい。よろしくお願いします」

「ではさっそく、発行手続きの方に移らせていただきますね。まずお名前の方をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「はい。リオです」

「リオ様……えっと、申し訳ございません。そちらは家名でしょうか?」

「家名? あ、えっと、リオ・イズミです」

「イズミ様でございますね」


 レイナさんは傍らに置かれた水晶のようなものをじっと見つめ、しばらくしてから手元の用紙に僕の名前を記入する。


「あの、それは何ですか?」

「え? あ、ご存じないですか? こちらは『真正の水晶ファクトゥム水晶』です」

「ファクトゥム……?」

「はい。この空間に流れた言葉の真偽を図るためのもので、虚言が流れれば赤い靄がかかります。ご不快かもしれませんが、決まりごとですので何卒ご容赦くださいませ」

「あ、はい……」


 これ、かなりまずいんじゃないだろうか。

 もし水晶の精度が確かなら、僕は自分の素性に関して一切の嘘がつけなくなる。それだけならまだしも、僕の力のことや、フラムさん達妖精のことまで露見してしまう可能性もあるわけだ。

 ここからは慎重に言葉を選ばないといけない。


「続いてご年齢の方をお願いします」

「十五です」

「出身地の方は?」

「出身地は……」


 門の前で守衛に聞かれたときは「分かりません」で通ったが、ここではどうだろうか。虚言と判断されるだろうか。

 しかし、ちょうどいいかもしれない。

 この質問で、この水晶の正確性を図ってみることにした。


「イズミ様?」

「出身地は……わかりません」

「はい?」


 首を傾げるレイナさん。

 そして水晶はじわりと赤く染まっていった。


「あの、イズミ様。申し訳ございませんが、出身地は必須項目ですので、そのご回答では……」

「そ、そうですよね。すみません。実は僕、自分の出身地の地名は覚えているんですけど、場所までは分からなくて、それで……」

「あ、そういうことでしたか。地名だけでも構いませんよ」

「そういうことなら、僕の出身地は日本です」

「ニホン……ですか? 聞いたことない地名ですね」


 再び水晶を確認するレイナさん。

 しかし、水晶に反応はない。


「見識がなく大変お恥ずかしい限りなのですが、そのニホンというのは国の名称でしょうか? それとも都市の名称でしょうか?」

「国ですね」

「では、都市の名称をお伺いしても?」

「都市は……東京ですかね」

「トーキョーですか……?」


 やはり水晶に反応は無い。


「ありがとうございます。確かにイズミ様のお顔立ちはこの大陸ではほとんどお見掛けしませんので、相当遠くからお越しになったのですね。まだお若いのにご立派です。やはりわたくしの目に狂いはありませんでした」


 何だか褒められてしまった。誤解を解くどころか、むしろ悪化しているような気さえする。

 でも、それもたぶん次の質問で終わるはずだ。


「では、続いてのご質問ですが、ご職業は何をされている方でしょうか?」

「……放浪画家です」


 僕は半ばやけになって答える。

 赤い靄がかかる水晶。

 当然だろう。

 守衛の人も言っていたが、ここでは「何をして金銭を稼いでいるのか」を聞かれているわけで、決して趣味を聞かれているわけではないのだ。


「あの、イズミ様……放浪画家というのは……」

「すみません……間違えました」

「そ、そうですよね……では、改めましてご職業の方を」

「無職です」

「はい?」


 綺麗な笑顔を貼り付けたままレイナさんは再び首を傾ける。

 そして、先程よりも長めに水晶を見つめていた。

 当然、いつまで経っても水晶が赤くなることはない。


「ご職業は?」

「ですから、その……無職です」

「おほほほ、嫌ですわ、イズミ様ったら。ご職業をお聞きしても?」


 怖い……。

 水晶の確認すらしなくなってしまったレイナさんは、僕の方を見つめながら微笑んでいる。

 微笑んでいるはずなのだが、目が全く笑っていない。


「あ、あの、レイナさん、水晶を見てください。赤く染まってませんから……」

「……そのようですね。では、無職ということで、処理させていただきますね。以上で、必要項目の確認は終了となります」

「え? これで、終わりですか?」


 ふぅ、と一息をついたレイナさんは僕の側に置かれた紅茶を手に取り一気に飲み干した。

 あれ、それ僕のじゃなかったの?


「はい、無職の場合ですと、これ以上埋めていただく項目はございません。だって、無職ですので。例えば商人の方でしたら、所属する商会の名前や、取り扱っている商品。冒険者の方でしたら、パーティー名や、ランクなど。職種によって確認事項は他にもあるのですか、無職ですと、ねぇ? 他に何を確認すればよいのか……見識がなく大変お恥ずかしい限りなのですが、無職にもランクは存在するのでしょうか?」

「……」


 先ほどまでの丁寧な物腰はどこへやら。

 やたらと無職を強調しながら早口で嫌味なことを言われてしまう。

 十五歳で無職はそんなにまずいことなのだろうか。日本生まれの僕には分からない感覚だった。

 とにかく、早いところ聞きたいことを聞いて、この場から立ち去ろう。

 何か気まずいし……。


「それでは、こちらの書類を持ってこの部屋の外の長蛇の列の最後尾に並んで、身分証再発行の申請を行ってください」

「あの、人探しの件なんですけど」

「……」

「レイナさん?」

「さっさとしてくださいますか?」


 もはや、それは丁寧語ではないのでは?


「えっと、竜を捕獲しに行った商人の方をご存知ないですか? 数十人くらいの人を引き連れていたと思います」

「竜を? 知りませんね」


 水晶に反応は無い。


「そうですか……」

「わたくしからも、一つお聞きしても?」

「は、はい。どうぞ」

「イズミ様の、そのお召し物や鞄は確かに上質なものです。それらを一体どこで手にしたのでしょうか?」


 僕は自分の身なりを改めて確認する。

 どうやら見る人が見れば、僕の持ち物はそれなりに上等な品に映るようだ。


「まさか、窃盗……?」

「ち、違いますよ! これは、僕が自分で造ったんです」


 嘘は言ってない。


「ご、ご自身でですか!?」


 驚いたレイナさんは、すぐに水晶を確認する。


「そ、そうでしたか……では、放浪画家というのは?」

「絵を描くのが趣味なだけです」

「なるほど、見栄を張ったと?」

「あの、そろそろいいですか? 僕もやることがあるので」

「そうですね、失礼しました。それでは、これで」


 レイナさんは席を立つと深々とお辞儀をする。

 ただの無職ではないと分かった途端に、急に丁寧な態度に戻るレイナさん。何て分かりやすい人なんだ。

 とはいえ無職に変わりはないので、これ以上の待遇は無いようだが。

 僕も席を立ち、部屋を出ようとした時、


「あ、言い忘れてましたが、再発行の手数料は帝国銀貨5枚になりますので、ご準備の方お忘れなく」

「え?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る