3-2 フラムの限界
街に入るや否や、胸と後頭部に痛みが走る。
「ちょっと、痛いじゃないですか!?」
「うるさい、黙れ」
「冷や冷やさせないでくれる!」
カリムさんには胸を強打され、フラムさんには後ろ髪を引っ張られる。
「なんだ、あの水の入った容器は? 人間が普段使うものではないのか?」
「あれは何というか……僕が思い付きで描いたもので……」
「ちっ、いちいち余計な問題を起こすな」
「まったくよ!」
「はい……すみません」
二人に前後から怒られた。
はたから見たら、ひとりごとを呟いている可笑しな人に見えたことだろう。
幸い街行く人は、僕なんかには目もくれてはいなかったけど……。
僕は改めて街並みを見渡してみた。
僕が元いた世界とはまるで違う。
というより、僕の住んでいた都会の街並みとは違う、という方が正しいだろうか。
いつだったか写真で見たことのあるような西洋風の造りに似ている。
コンクリートやアスファルトといった都会特有の物々しい感じはなく、どちらかと言えば木材や石材を中心とした建造物や路地が目立っていた。
あとは噴水や凝った彫刻なんかもある。
決して文明レベルが低いというわけではないようだ。
「ねぇ、ちょっとどこかで休憩しない? この中、身動きとり辛くて窮屈なのよね。どこかで羽を伸ばしたいんだけど?」
「だめだ、そんな余裕はない。早速情報収集に取り掛かる」
「あー、はいはい。言うと思った……」
「情報収集ですか……えっと、手あたり次第、街の人に聞いて回るとかですか?」
「基本的にはそうだが、情報の集まりやすそうな場所から順に向かえ。どこか心当たりはあるか?」
「情報が集まりやすそうな場所……」
「いや、無いでしょ、この感じ。さっきだって、まるで初めて人間の街に来たかのような表情浮かべてたしさ」
「ちっ、どこまでも使えん奴だ」
ひどい言われようだ。
仕方ないじゃないかと、ぼやきたくなるのを堪え、僕は思いついたことを口にする。
「さっき守衛の人が言っていた身分証を発行するところとかどうですか?」
「身分証か……分かった、お前たちはそこへ向かえ。俺は別行動をとる」
「え? 大丈夫ですか?」
人間の街で妖精が一人……かなり危ないんじゃないだろうか。
「黙れ。貴様に心配などされたくはない」
「カリムなら平気よ、平気。好きにさせておけばいいって」
「そうですか……ちなみにカリムさんはどこへ向かうんですか?」
「さぁな、明確には決まっていない。一通り街中を見て必要な情報を集めるつもりだ。そんなことより、人間、俺は一時的にお前の監視を外れるが、絶対に下手な真似をするんじゃないぞ?」
「あ、はい……」
「大丈夫だって、私が見張ってるし」
「ん? あぁ、お前がいたところで大した足しにはならんが、まぁいないよりはましか」
「かぁ、むかつく! あんたのそういうところ本当むかつく!」
「おい、人間、一応念を押しておくが、お前が逃走を図ったり、妙な真似をした場合はそこのフラムが容赦なく貴様の後頭部に刃を突き刺すと覚えておけ」
「分かってます……僕だって本気でフェルピーたちを連れ戻しにきたんですから……それに……」
少し言うかどうか迷ったが、いつまでも言われっぱなしなのも悔しいので、ちょっとだけ言い返してみることに。
「ここに来るまでに、いつでも逃げようと思えば逃げられましたから」
それでも逃げずにここまで来た。
だから少しは信用してほしいと、暗にそう告げる。
「ふん……」
「喧嘩売ってんの?」
カリムさんは鼻を鳴らすだけだったが、フラムさんには睨まれた。
「そもそも、俺が最も憂慮しているのはそこではない」
「……?」
カリムさんの意外な言葉に、僕とフラムさんは疑問符を浮かべる。
「俺が気にしてるのは、貴様ら二人の無能さだ」
「……」
「……」
「先ほど見たく余計なものを具現化させて問題を起こしたり、考えなしに行動をして素性を知られたり、俺が下手な真似をするなといったのはそういうことだ。人間、貴様は慎重さに欠けている」
なるほど、そういうことだったのか……。
何も言い返せない。
「ちょっと待ちなさいよ。それだと私が無能呼ばわりされる言われはないんだけど?」
「貴様にはこの人間の暴走を止められるだけの起点と危機感がないだろ。お前はそもそもからして緊張感が足らん。おい、人間、お前も薄々気づいているとは思うが、こいつは使えん。あまり頼るな。迷ったときは自分の判断に従え。こいつのよりはマシなはずだ」
「くぅ、むかつく! カリム、あんた覚えてなさいよ! てか、あんたも何頷いてんのよ、人間!」
「フラムさん、痛いです……」
僕の後頭部をガシガシと蹴るのはやめて欲しい。
「とにかく注意深く行動しろ。俺はもう行く」
夕刻にこの場所で落ち合うことを約束し、カリムさんはものすごいスピードで暗い路地裏へと消えて行った。
確かにあの様子なら、心配はいらないかもしれないな。
「それじゃあ、僕たちも行きましょうか」
「はぁ、なんで人間なんかと二人で……それで、どこに向かうわけ?」
「確か守衛さんの話だと———」
◆◆◆
昼過ぎくらいということもあって、通りは人で賑わっていた。
老若男女が行きかい、走り回る子供の姿も見える。活気のある街のようだ。
「カリムの奴、昔からあんな感じなのよね。いっつも私のこと小馬鹿にしてさ。この前だってそう、冠族の親衛隊に志願しようとした時にね、あいつ私に向かって何て言ったと思う?」
カリムさんと別れて以降、ずっと僕のフードの中で話し続けるフラムさん。
あまり長い返事を返すと、周りから独り言を呟いている変な人に見られかねないので、僕は「へー」とか「そうなんですか」のような簡単な相槌で答えていた。
「ねぇ、人間くん、ちゃんと私の話聞いてる?」
「はい、聞いてますよ。カリムさんとフラムさんって双子だったんですね」
「そうなの。ほんと昔から色々と比べられて、もううんざり……里のみんなも、カリムはすごい、カリムは頼りになる、カリムを見習えって、そればっかり。あ、ちなみに私が姉で、あいつが弟よ」
双子にしか分からない悩みなのかな。
兄弟のいなかった僕には、フラムさんの不満はあまりよく分からなかった。
それどころか、愚痴を言い合えたり、喧嘩が出来たりするような相手がいるのを羨ましいとさえ感じてしまったほどだ。
「あまり気にしなくてもいいと思いますよ。きっとカリムさんにはなくて、フラムさんにしか出来ないことがあると思います」
「そ、そうね。うん、あんた人間のくせにいいこと言うじゃない」
そんな風にフラムさんと会話をしながら進むこと十数分。
「あ、ここですね」
僕とフードに隠れたフラムさんは目的の場所へと到着した。
かなり大きな建物だ。たぶん四階建てくらいはある。
そして、その壁には大きく「アムナイア 冒険者ギルド」と書かれていた。
半開きになった入口の扉からは、中の熱気と喧騒が漏れ出ている。
かなり人がいるみたいだ。
なんだか少し緊張してきたな。
フラムさんも人間を警戒してなのか、途中からきっぱり口数も減り、おとなしく息を潜めている。
ん? いや、違う……これって、もしかして……。
僕はフラムさんの異変に気付いてしまった。
「あの、フラムさん大丈夫ですか?」
フラムさんは、僕のフードの中で小刻みに震えていたのだ。
それに少しだけ息も荒い。
「……」
「もしかして怖いんですか?」
「は? なにそれ……そんなわけ……ないじゃん……」
強がっているのは明らかだった。
でも、それもよく考えたら当然のことだ。
自分に対して悪意を持っているものが周りにたくさんいて、姿を出せばそれだけで命に係わってしまう。
そんな危険な環境に、今フラムさん達は身を置いているのだ。
そんなの怖いに決まっている。
人間の僕ですら、緊張と不安で足が震えているのだから。
それに今は頼れるカリムさんもいないのだから猶更だ。
思えば、先ほどまでずっとカリムさんの愚痴や昔話をしていたのも、ただ気を紛らわせたかっただけなのかもしれない。
冒険者ギルドの扉が開き何人かの人が出てきた。
彼らとすれ違う瞬間、フラムさんはびくりと体を震わせる。
「だ、だって……しょうがないじゃん……こんなにたくさん人間がいるんだし……」
そして観念したかのように弱音を吐き始め、
「もし……見つかりでもしたら……わたし……」
とうとう泣き出しそうになってしまった。
「だ、大丈夫ですよ。そこにいれば絶対にばれっこありませんから!」
「そんなの分かんないじゃん……」
「それは……そうですけど……」
ダメだ……。
こんな時、何て声をかけていいのか分からない。
僕が言葉に詰まっていると、フラムさんはさらに続ける。
「君だって……私のこと嫌いなんでしょ?」
「え?」
「どうせ、すぐに裏切るに決まってる」
「いや、そんなことありませんて」
「嘘。そうだよね……結構、君にひどいことしたもんね……」
「いえ、だから……」
「あの中に入ったら、私がここに隠れてることを周りに言うんでしょ……」
「なんで、そうなるんですか……そんなことするわけ……」
「嘘よ!」
「ちょっ……フラムさん⁉」
「嘘つき!」
急に大きな声で叫び始めるフラムさん。
近くを通りかかった何人かが、不思議そうに僕の方に視線を向けてくる。
僕は急いでその場を離れ、人気のない路地裏へと逃げるように飛び込んだ。
「どうしたんですか、フラムさん⁉ 危ないじゃないですか⁉」
「もう無理……もう嫌……もう帰りたい……」
「……えっと……そうだ。少しここで落ち着くまで休みませんか? 喉とか乾いたでしょ?」
僕はリュックからペットボトルを取り出し、キャップに水を注ぐ。
それをフラムさんに差し出そうとしたが、なぜかフラムさんからの反応が無い。
「……フラムさん?」
フードの中を確認しようとしたとき、突然フラムさんが勢いよく飛び出してきた。
「そうやって油断させて裏切る気なんでしょ⁉」
「あの……フラムさん……?」
相変わらず震えているフラムさんだったが、しかし、その眼は恐怖で我を忘れたかのように血走っていた。
そして、手にした槍を僕に向けて突き付けてくる。
「あんたも妖精の血が欲しいんでしょ! それとも財宝⁉ 近くに仲間もいるんでしょ⁉ 人間はいつも自分の欲望のために必死だもんね⁉ フェルピーだって、どうせもう……」
「フラムさん、一度落ち着いてください!」
「うるさい! うるさい! どうせ捕まって嬲り殺しにされるくらいなら、その前にお前を殺す!」
「そんな……どうして急に………」
「あんたが人間だからよ!」
そう言って、フラムさんは槍を握った手に力を籠める。
完全に冷静さを失っていた。
「僕は……」
敵ではない。そう口にしようとしたが、きっと、今のフラムさんには届かない。そんな気がした。
僕が人間である以上は……。
僕は覚悟を決める。
せめて人間の言葉ではなく、僕の言葉に耳を傾けてもらえるように。
フラムさんは、ぎこちない動きで槍を構え、そのまま僕の方へと向かってきた。
まだ迷いがあるのか、その動きに鋭さはなく、僕でも反応できてしまう程に遅い。
そして僕はそれを避けるのではなく、左手をかざして受け止めた。
「うっ……」
槍の矛先が、掌の肉へとめり込んでくる。
血が溢れ、手首から腕の方へと流れてきた。
「……⁉」
その光景に、動揺したフラムさんはゆっくりと槍を引き抜いてくれる。
「フラムさん、僕が人間だってことは一旦忘れて下さい」
「そ、そんなの無理に決まってるでしょ……」
槍を下ろし、目を逸らすフラムさん。
ようやく少し冷静さを取り戻してくれたようだ。
そして僕は言葉を探す。
何から話せばいいだろうか。全く考えていなかった。
気の利いた言葉も、体のいい言葉も見つからない。
でも、伝えたいことなら決まっていた。
だから、変に気取らず、ただ思ったことをそのまま口にすることにした。
「僕は一度死んでいるんです」
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