第三話 街 と 情報
3-1 街への入場
途中、アウラの羽休めのために地上に降りて休憩を挟む。
そして再び数時間の飛行移動。
これを何度か繰り返して丸一日が経とうとした頃、ようやく街が見えてきた。
「あれが……」
遠目からでも分かる。かなり大きな街だ。
周囲は外壁で囲まれ、円盤のような形をしている。
あそこに僕と同じ人間がいるのか。
「おい、この辺で一度降りるぞ」
「あ、はい」
「え? もう? まだ結構距離あるじゃん」
「よく見てみろ。街の上空と、あと外壁の上もだ」
カリムさんが槍で指し示す。
まだ遠くてあまりよく見えないが、街の周囲には確かに何かが飛んでいた。
「もしかして、アウラと同じ竜ですか?」
「いや、たぶんワイバーンだ。背に人間も乗っているだろ?」
竜とワイバーンの違いは今一分からないが、たぶん見張りや偵察がいるということだろう。
カリムさん曰く、外壁の上にも人が何人もいるらしい。よくこの距離から分かるものだ。
アウラに地上に降りるよう指示を出し、僕たちは森の開けた場所に着地した。
「人間、食料は問題ないな?」
「はい、数日分の食料と水は描き終えてます」
僕は手に持った分厚い本を見せる。
スケッチブックだと嵩張るので白紙の本を描き、そこに絵を描くことにしたのだ。
最初の数ページには既に必要なものが描いてあった。
そのうちの一枚にサインを書き込み、大きめのリュックサックを具現化。
「あとはその竜だが……元の絵に戻すことは出来ないのか?」
「出来ないです……」
「さすがに街に連れて行くわけにはいかないしねー」
「置いて行くしかないな」
「はい……」
僕はアウラに向き直る。
「アウラ、ここまで僕たちを運んでくれてありがとう。でも、ごめん……ここからは君を連れて行けないんだ」
僕が顔を撫でると、アウラはさらにこちらへ顔を押し付けてくる。
「君はどうしたい? もし君が望むなら、このまま僕のもとを離れて自由になっても……って、ちょ、ちょっとアウラ⁉」
アウラは急に僕のリュックを口で咥えると、そのまま僕ごと持ち上げてきた。
そして空中に吊るされるような格好になる僕。
「ど、どうしたの、アウラ?」
「……グルルル」
どこか悲しそうに喉を鳴らし、アウラは僕をぶらぶらと揺すってくる。
「おい、何を遊んでいる。さっさと行くぞ」
「い、いや、遊んでるわけじゃなくて……アウラ、降ろしてってば……」
「……グルルゥァ」
上に下に、左に右に。
徐々に激しくなるアウラの揺さぶりに、僕は成すすべなくただされるがままだ。
「ア、アウラってば! ちょっといい加減に……」
「はぁ……その竜、嫌がっているんじゃないのか?」
「いや、でも……さすがに一緒には連れて行けないですし……」
「いや、そうではない。自由になるのをだ。さすがに無責任だと思うがな」
「あ……」
言われて気づく。確かにカリムさんの言う通りだった。
僕たちの都合で勝手に生み出して、用が済んだら自由にしていいなんて、あまりに無責任過ぎる。
「ごめん、アウラ! ひどいこと言って……」
ようやく僕を地面へと下ろしてくれるアウラ。
そして再び甘えるように、僕の懐に顔を押し当ててくる。
「アウラ、少しの間、僕たちの帰りを待っていてくれる?」
「グルルゥ」
今度はその場で寝そべるアウラ。きっと分かってくれたのだろう。
カリムさんと話し合い、最後に僕は重要なことをアウラに伝えておく。
三日たっても僕たちが戻らなければ、大樹の草原へ戻ること。
万が一、人間と遭遇した場合は、戦わず、すぐにその場を離れ、やはり大樹の草原に逃げること。
それだけ言い残し、僕たちは人間の街へと向かった。
◆◆◆
カリムさんは僕の胸ポケットに、フラムさんは服のフードの中に入ることとなった。
歩くこと約一時間。
かなり疲れた。
僕が運動しなれていないというのもあるが、カリムさんとフラムさん……この二人が結構重いのだ。
まるでポケットとフードに辞典でも入れて歩いているかのようだった。
「ふん、軟弱な人間だな」
「あんまり揺らさないでよね。酔ってくるじゃない」
「すみません……」
そんなこんなで、ようやく外壁にある門へとたどり着く。
そこには何人かの守衛が立っていた。
「おい、分かっているな?」
「はい」
カリムさんからの念押しに、僕は緊張の面持ちで頷く。
事前にカリムさんとは、この街での振舞い方について色々と確認しておいたのだ。
守衛に何か聞かれた際の受け答えもある程度は決めてある。
しかし……。
「そこで止まれ。身分証は持っているな?」
いきなり想定外の質問が飛んできてしまった。
身分証……まさかこの世界にもそんなものがあるとは……。
胸ポケットの中からカリムさんの舌打ちが聞こえてくる。
アドリブで答えるしかない。
「すみません……身分証を失くしてしまって……」
「はぁ、君もか……最近多くて困るんだよ、まったく。街に入ったらすぐに発行してもうように。それじゃあ、ここに個人情報の記入をしてくれ」
そう言って紙と羽ペンを手渡された。
そこには見たことのない文字の羅列が。
しかし、どういうわけか僕にはそれが理解できてしまった。
左から、名前、年齢、出身地、職種、目的。
なんで……。
一体、この世界にとって僕はどういう存在なんだろうか。
僕にとってこの世界は……。
「おい、どうした? もしかして文字が読めないのか?」
「あ、いえ、そういうわけでは……」
僕は余計な思考を振り払い羽ペンにインクを付ける。
名前は、リオ。
年齢は、十四……あ、いや、十五になるのか。
そう、確か僕は十五歳の誕生日を迎える数週間前に死んだのだ。
出身地は、不明でいくしかない。
僕は記憶を消されて捨てられた身。そういうことにしてある。
因みにカリムさん曰く、他人の記憶を消す魔法があるらしく、若ければ若いほど効果があるのだとか。
そうやって記憶を消された子供が、捨てられたり売られたりすることはよくあることらしい。
次は職種だ。
「あの、ここは例えばどんなことを書けばいいですか?」
「ん? あぁ、そこは職種だ。冒険者とか傭兵とか、あとは商人とか。ようは自分が何をして金銭を稼いでいるのかを書く場所だ。わたしの場合なら守衛とか門番と書くことになるな。見たところ君は、冒険者や傭兵には見えないが……」
なるほど。
そういうことなら、前もってカリムさんと決めておいたあれがぴったりだろう。
まぁ、それでお金を稼げたことはないんだけど。
僕は職種の欄に、『放浪画家』と記入した。
そして、最後は目的。
これは決まっている。
僕は素早く『人探し』と書いて、早速、守衛に尋ねることにした。
「人を探してこの街まで来たんですけど、竜を捕まえに行った男性の商人をご存じないですか? 数十人くらいの人を引き連れて向かったと思うんですが」
「竜を捕まえに行った? いや、知らないな。お前たちは知っているか?」
その守衛は、後方にいた二人の守衛にも聞いてくれた。
しかし、彼らも知らないようだった。
「そうですか……」
さすがにそう上手くはいかないか……。
その後は、簡単な質疑と荷物検査を受けることとなった。
出身地が不明なことや、放浪画家のことについて少し聞かれたが、記憶を消されていることや、実際に描いた絵を見せることで、案外すんなりと納得してもらえた。
荷物検査の方も「随分と荷物が少ないな」と、一瞬怪訝そうな目を向けられはしたが、「魔物に襲われたときにほとんど失くしました」で解決。
これはカリムさんから、そう答えろと言われていたものだ。
それはそうと、魔物って何なんだろう……。
そして、リュックの中身だが、あるのは数本の水と、スケッチ用の本、あとは絵描き用の道具がいくつかあるだけなので、特に問題にはならないだろうと思っていたのだが、どうやらペットボトルがまずかったようだ。
この世界に、そんなものは存在しないらしい。
「珍しいものをもってるなぁ」
とペットボトルを手に持ち眺める守衛三人。
とは言え、中身はただの水だったので何とか事なきを得た。
絵描き用の道具類も不思議そうに見られはしたが、こっちはそれほど突っ込まれはしなかった。
絵描きならそういうものを持っているのだろう、という感じで納得される。
こういう元いた世界とのギャップは、今後気を付けた方がよさそうだ。
そうして、ようやく僕と隠れた妖精二人は、入場を許可されたのだ。
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