2-6 目的地
産声のごとく吠える一頭の竜。
白銀のシルバとは対照的に、それは
鉛筆の白と黒だけで描いても、やはり色彩は僕のイメージ通りになるようだ。
シルバを思い浮かべて描いた彼女。
言うなればシルバの兄妹とでも言ったところだろうか。
しなやかで美しく、その堂々たる姿に思わず見惚れそうになるが、しかし今はそんな余裕なんてない。
僕は彼女の名前を叫んだ。描いている途中で決めていたものだ。
「アウラ! 僕をここから運んで!」
金色の雌竜———アウラは、僕の声に応えるかのようにもう一度咆哮を上げる。
その振動で空気が揺れ、湖面に波紋が広がった。
「な、何をしている、お前たち! 直ちに臨戦態勢を整えろ!」
腰を抜かして固まっていたカスデイラさんが大声を張り上げた。
その声を合図に徐々に武器を構え始める妖精たち。
しかし、アウラはそんな彼らのことなど意に返した様子もなく、乗りやすいようにと僕の足元へ翼を垂れてくれる。
申し訳ないと思いつつも、僕は土足でその翼から背中へと飛び乗った。
「ならん! あの人間を逃がすな!」
カスデイラさんが、続けざまに叫ぶ。
アウラは僕が乗ったことを確認すると、準備運動をするかのように一度翼をはためかせた。
その風圧でカスデイラさんを含む周囲の妖精たちが、紙のように吹き飛んでいく。
「カリム、フラム! 頼んじゃぞ!」
ハフマンさんの声がした。
「はッ!」
「う、嘘でしょ⁉ 無理無理、絶対無理だって!」
力強い返事で返すカリムさんと、嫌々ながらも覚悟を決めるフラムさん。
アウラが羽ばたくその瞬間、二人はこちらへと飛んで向かってくる。
「お、おのれ人間! 絶対に逃がしゅは……逃がしはせんぞ!」
噛んだ! カリムさんが噛んだ! 棒読みでしかも噛んだ!
僕は必死に笑いを堪える。ちなみに、フラムさんは吹き出していた。
どうやらカリムさんも人のことが言えないくらい演技が下手くそなようだ。
砂埃を舞い上げ、飛び上がるアウラ。
巨大な竜の自由な振る舞いに、最早妖精たちに成す術はないようだった。
ぐんぐんと上がっていく高度。そんな中、カリムさんとフラムさんだけが追い付き、僕の裾を掴んだ。
「アウラ!」
僕の声を合図に、アウラは前進。
瞬く間に上空へと羽ばたいた。
「くッ!」
風圧が全身を襲ってくる。
まともに目を開けることも出来ず、振り落とされないようにと、何とか前傾姿勢でアウラの背中にしがみついた。
「二人とも大丈夫ですか?」
「問題ない! お前こそ絶対に振り落とされるな!」
「いやあぁぁぁぁぁぁ!」
僕の服に捕まっていた二人も無事なようだ。
そして数秒後、アウラは風に身を委ねるかのように、緩やかな飛行へと移っていく。
ようやく目を開けることが出来た僕は、周囲に広がる景色に驚愕した。
「……すごい」
そこに広がっていたのは緑と青の絶景。
絨毯のように敷き詰められた森林と、際限無く続いていく青空は、地上から見るよりもさらに雄大で、思わず感嘆の息が漏れ出てしまう程だった。
振り返れば、あれだけ大きかった大樹も、今ははるか遠くで指先ほどの大きさになっている。
そこに残してきたココたちを思い、僕は必ず無事に戻ることを静かに誓った。
「どうやら、上手くいったようだな」
「上手くいったようだな、じゃないわよ! いきなり巨大な竜が出てくるし! 肝心なところであんたは噛むし! 挙句、猛スピードで空に飛ばされるし! 何もかも想定外よ!」
「べ、別に噛んだわけではない……」
「明らかに噛んでたでしょ! 笑いを堪えるのに必死だったわよ!」
堪えられてなかったような……。
「でもフラムさん、前もって僕の絵を見てませんでしたか?」
「大きさの問題よ! 誰がこんなデカくて金色な竜が出てくるなんて思うのよ!」
「す、すみません」
僕の髪を引っ張りながら憤慨するフラムさんに、僕は素直に謝っておく。
「そんなことより人間、こいつが俺たちに危害を加えないように言い聞かせてあるんだろうな?」
「そ、そうよ! 変な真似したら容赦しないんだから!」
僕に槍の矛先を向けるカリムさんと、急いで僕から距離をとるフラムさん。
「えっと、たぶん大丈……」
そう言いかけたところで、不意にアウラが背中を揺らし、低いうなり声をあげてきた。
その様子に慌てて二人は身構える。
「おい、人間!」
「ちょ、ちょっと早く何とかしなさいよ!」
「落ち着いてアウラ!二人は僕の味方だから!」
僕が背中をさするとアウラは落ち着いてくれた。
しかし、何となくではあるが、後ろから見える彼女の様子はどこか不服そうに見える。
「ちっ、しっかりと躾けておけ。あと勘違いするなよ? フェルピエラ様を救出するまでの間、俺たちはお前を利用するだけだ」
「そうよ、馴れ合うつもりなんてないんだから」
「……はい」
そうだ。今は何よりもフェルピーとシルバを取り戻すことが最優先。
まだ二人には少なからず警戒されているようだったが、それでも協力はしてもらえそうなので、今はそれだけで十分だ。
「それで、こっちの方角であっているのか?」
「え?」
カリムさんの言葉に、一瞬思考が止まる。
そして沸々と冷や汗が滲んできた。
どうしよう……。
妖精族から逃げることばかりに夢中で、その後のことを全く考えていなかった。
どこに向かえばいいのか皆目見当もつかない。
「まさか、お前……」
「最悪……」
呆れたようにため息をつく二人。
「ご、ごめんなさい……でも、どうしたら……」
「まずは密猟者どもがどの方角に向かったかだ」
「えー、そこから?」
「えっと、確かそれなら———」
僕は大樹の草原の場所と照らし合わせ、おおよその方向に指を向けた。
だけど本当におおよその方角でしかなく、その直線の行きつく先には山しか見えない。
それに、密猟者たちがずっと同じ方角に進み続けているとも考えにくい。
このまま当てずっぽうに飛んでいても埒が明かないと思い、とりあえずアウラには同じ場所で旋回を続けてもらうことにした。
「彼らの目的地に心当たりとかありませんか?」
「知らないわよ、そんなの。そう言うのは人間のあんたの方が詳しいんじゃないの?」
「えっと……それは……」
「そう言えば、人間。お前はどこからあの場所に来たんだ?」
「……」
まずい……。この手の質問の回答を全く準備していなかった。
だって、フェルピーは全然そんなこと聞いてこなかったし。
「なんだ、答えられないのか?」
「いえ、それがその……ものすごく遠くの方からっていうのは分かるんですけど……何て言うかこことは別の……」
こことは別の世界? 別の次元?
そんなことは僕が聞きたいくらいだった。
「あんた、もしかして記憶が無いとか?」
「え?」
「ふん、どうせ記憶を消されて親にでも捨てられたんだろ。人間らしい所業だな」
僕はフラムさんたちのちょうどいい勘違いに乗っかることにした。
僕は幼い頃に記憶を消されて捨てられた。うん、これからもこれで行こう。
「それで、どこに向かうわけ?」
「あの、思ったんですが、このまま上空から密猟者を探すのはどうですか? 彼らがフェルピーたちを連れ去ってからまだ一日も経っていませんし、アウラに乗った僕たちなら簡単に追いつけると思うんですけど?」
僕の提案に、お互いの顔を見合わせる二人。
そしてまたもため息をつかれてしまった。
「本当に何も知らないんだな」
「あんた、ここら一体が何て呼ばれてるのか知らないの?」
「は、はい……」
「ここはパウデラ森林よ?」
「……?」
「はぁ……まさかパウデラ遺跡も知らないとか言わないわよね? あんた、そんなことも知らずにあそこに住み着いてたわけ?」
「パウデラ……?」
それから二人は、そのパウデラ遺跡について簡単に教えてくれた。
パウデラ遺跡とは、何万年も昔にエルフやドワーフといった亜人種達が造った地下迷宮のことらしい。わざわざ地下に造ったのは、当時から敵対していた人間から身を隠すためだったようだ。
しかし、結局人間たちに見つかり、地下迷宮ごと全てを略奪される。
そこで生活していた亜人達は、地下迷宮を拡大するために、近年まで奴隷として働かされていたとか。
エルフにドワーフ……。
僕はその言葉に一瞬驚いたが、それよりも、聞かされたその歴史の方が衝撃的だった。
「じゃあ、この森の下にはその迷宮が……」
「森の下だけじゃないわ。あんたのいたあの大樹の場所もそうだし、あそこに見える山脈の下だってそうよ」
「そんなに広いんですか⁉」
「詳しい広さは誰にもわからん。ただ、ここら一体を中心に四方八方のあらゆる人間の都市の近辺に繋がっていると聞いている」
だから地上には舗装された道はほとんどなく、人間たちはその地下迷宮を使って移動をするらしい。
「一度降りて地下から探した方がいいですよね。あ、でも入り口の場所が分からないのか……」
「いや、それはやめておいた方がいい。地下迷宮は道さえ知っていれば楽に目的地にたどり着けるが、逆に知らなければ、迷い続けて出られなくなるだけだ」
「つまり詰みってことよね? もう帰る?」
投げやりなフラムさんを無視して、カリムさんは続ける。
「まずはここから一番近い人間の街に行く。そこで情報を集めるしかない」
「そんなに上手くいくわけ? ここからたまたま一番近い街に、たまたま密猟者たちの情報があるなんて思えないんだけど?」
「いや、可能性としてはそれほど低くはない。もともと密猟者たちが捕らえに向かったのは竜なのだろ? ならば、前もってその噂が広まっていてもおかしくはない。それに数十人規模の編制で、しかも一人は着飾った商人だ。必ず近隣の街を拠点にしているはずだ」
「うーん、そう言われてみればそんな気はするけど……」
「あのバカ王子を連れて遠方まで狩りに行ったりはしないだろ? それと一緒だ」
「確かに!」
バカ王子とはたぶんカスデイラさんのことだろう。
「それになにより、ここから一番近い人間の街は帝国の副都市アムナイアだ。あれだけの規模の街なら何かしらの情報を得られるはずだ」
カリムさんの意見に僕もフラムさんも納得する。
そして、すぐさま人間の街———アムナイアに向かって出発することとなった。
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