2-3 反撃の狼煙
「おい、貴様!起きんか!」
泥のような眠りについていた僕は、耳元で鳴る騒音と、頬に走るちくちくとした痛みに、無理やり覚醒を強いられる。
体中を覆う気怠さに抗い、ゆっくりと目を開けた。
日射しが眩しい……もうお昼なのか……。
その逆光の中、ぼやけた視界に最初に映り込んで来たのは小さな人影だった。
「フェルピー!」
驚いた僕は急いで上体を起こす。
「うっ……」
しかし、遅れてやってきた全身の痛みに悶絶。
堪らず僕はうずくまった。だけど、そのおかげか、同時に意識もはっきりとしてくる。
「やはりこの人間、フェルピエラ様を知っているぞ!」
「なぜ人間ごときがフェルピエラ様を知っているんだ!?」
「ならばこの人間の仕業ということか!?」
聞いたことのない無数の声。
やがてそれは怒声へと変わり、その波は徐々に広がっていく。
「やはり元凶は人間か!」
「薄汚い人間風情が!」
「即刻拷問にかけ、処刑にするべきだ!」
一体何が起こってるの?
僕は今度こそ身体を庇うようにして、ゆっくりと顔を上げていく。
「……!」
その光景に僕は目を見開いた。
そこにいたのはフェルピーと同じ妖精。その軍勢だったのだ。
百……いや、もっといる……。
どの人もみな片手には武器を持ち、小さな鎧のようなもので身を包んでいた。
僕がその迫力に圧倒されていると、その群衆の中から一人の妖精が前へと出てくる。
周りのものとは違う、どこか偉そうな妖精だ。
その証拠に周りの妖精は、彼に道を譲り、頭を下げている。
「この人間風情が!我の愛しき婚約者フェルピエラをどこへやった!」
「あ、あの、フェルピーは……」
勢いに押され、とっさに僕は言葉を返そうとするが、
「貴様! 我のフェルピエラをその薄汚い口で気安く呼ぶな!」
怒り狂ったその妖精は、手に持った槍のような武器を僕に突きつけてくる。
「まぁ、落ち着いて下さい、カスデイラ殿。一度この人間のことはわたくしにお任せ出来ますかな?」
そう言ったのはいつの間にか僕の真横にいた、歳老いた妖精だった。
彼は言いながら僕の頬を槍でつついてくる。
い、痛い……。
たぶん、声からするに、先ほど最初に僕に呼び掛けていたのはこの妖精だろう。
「ならぬ!その人間が我のフェルピエラを誑かしたに違いない! 即刻処刑してやる!」
「しかし、おそらくこの人間はフェルピエラ様の行方を知っているはず。殺してしまっては、フェルピエラ様を見つけることが困難になりますぞ?」
「し、しかし! 人間なんぞが、我のフェルピエラと何かしらの関係があるというのが我慢ならん! 悪い芽は即刻排除すべきだ! しかも、その人間、我のフェルピエラをフェルピーなどと馴れ馴れしく……我でも許してもらえておらぬというのに……」
「処刑など、フェルピエラ様を探し出してからでも遅くはないかと。今優先すべきは………」
「くどい! ハフマン、お前がなんと言おうとこの人間は今殺す! 我が直々に手を下してやる!」
何となく状況が分かってきた。
この人たちは、ここまでフェルピーを探しに来たんだ。
そして今、僕は彼女が失踪した元凶として疑われている。
でも、それは間違ってはいない。きっと、僕がいなければフェルピーは……。
「フェルピエラ様は、よくこんなことをおっしゃっていました。器量の大きい男性が好みだと」
「む?」
「ときにはこんなことも。いつなんどきも冷静で、決して早まった行動はしない男性とご結婚したいと」
「ふむ、よかろう! その人間は、ひとまずハフマン、貴様に預ける!」
カスデイラと呼ばれた妖精の意見が百八十度変わる。
「ありがとうございます」
「それで、その、なんだ……それとなくだな……」
「はい、フェルピエラ様には、カスデイラ殿はそれはもう器量が大きく冷静で、ここぞというときに必ず英断をなさるお方だと伝えておきましょう」
「ふむ、一応それとなくで頼むぞ!」
カスデイラと呼ばれていた妖精は、先程までの怒りが嘘だったかのように、それはご満悦の様子で後ろへと下がっていった。
た、助かった……?
「まったく、あの王子にも困ったものだ……」
長いため息をつく妖精のおじいさん。確かハフマンと呼ばれていた。
ハフマンさんは、次に僕の方へと視線を向ける。
「人間、こっちへ来い」
「……あ、はい」
やはり他の妖精と同様、彼の僕を見る目にも冷たいものがあった。
彼は何も言わず、小屋の方へと進んでいく。
僕も遅れないようにと急ぐが、歩く度に身体中が痛む。たぶん肋骨が折れているみたいだ。
「早くせんか、人間!」
鉛のように重い体を引きずり、何とか小屋へとたどり着いた。
その入口の前には若い男女の妖精が二人、門番のように佇んでいた。
「……」
「……」
言うまでもなく彼らの目には敵意が宿っており、たまらず僕は視線を逸らす。
「早く入らんか、人間。カリムとフラムも入ってよいぞ」
「はい」「はーい」
ハフマンさんの言葉に、若い妖精の二人は同時に返事を返すと僕の後ろへと回り込んできた。
「さっさと入れ、人間」
「後がつかえてるんですけどー?」
「……はい」
「いいか人間?少しでも妙な動きをしてみろ。その瞬間こいつをお前の眼球にぶち込んでやる」
「手はちゃんと見える位置に出しておいてよね」
そんな物騒な言葉とともに後ろから槍を突きつけられながら小屋の中へ。
「……」
その中は案の定、酷く荒されていた。昨日の連中の仕業だ。
ドアは壊され、窓ガラスも割られ、床には足の踏み場も無いほど物の残骸が散乱している。
そして、足元には散らばったトランプが……。
昨日の出来事が夢ではないことを物語っていた。
「おい、あれ……」
「ふむ……あやつが……」
「なんとおぞましい……」
部屋の奥には、既に何人もの妖精の姿があった。
その殆どがハフマンさんと同じか、それ以上に歳老いた妖精たち。
どうやら僕の部屋は臨時の会議室のように扱われていたらしい。
そして、これまでの妖精同様、僕の姿に気づくと冷たい視線を向けてくる。
「ハフマン、どうしてその人間を連れてきた?」
「やはり、フェルピエラ様のことを知っていたようです。何か有意義な情報を持っているかと思い、生かして連れてまいりました」
その言葉にこの場の全員の視線が僕へと集まる。
「ほれ、早く話さんか、人間」
「えっと……」
「ここで、何が起こった? フェルピエラ様はどこへ行かれた? 知っていることを全て話せと言っておるんじゃ」
「は、はい……」
ハフマンさんに促され、僕は昨日起こったことの全てをありのままに話した。
◆◆◆
「何ということだ……」
僕がことの顛末を話し終えると、ハフマンさんは頭を抱えた。
「付近の様子からよもやと思ってはおったが……」
「やはり密猟者の仕業じゃったか」
「ここ近辺での目撃情報もあったからのぉ」
しかし、ハフマンさんとは対照的に、他の年寄り妖精たちはどこか落ち着いているように見える。
「して、今後の方針についてじゃが……」
「他のものを次期女王として立てるしかあるまい」
「問題はどこの里のものにするかだ……こちらの里なら何人か候補を出せるが?」
「早まるでない。一度里に持ち帰ってみなの意見を聞くべきだ」
次期女王?
この人たちは何を言っているのだろうか? だけど、これではまるで……。
「お待ち下さい! まだ、フェルピエラ様が亡くなったと決まったわけでは!」
「同じことじゃよ、ハフマン。あの者たちに捕まった時点でもはや希望はない」
「し、しかし……」
「元はと言えば、お主の監督が行き届いていなかったのが原因じゃろうが。よもやそのような人間と親しくするなど」
「全責任はわたくしにあるのは分かっております! いくらでもその責は負いましょう! しかし、その前にフェルピエラ様の救助隊を編成し、できる限りの……」
「黙らぬか、馬鹿者が! そんな短絡的な行動で妖精族を危険に晒す気か! 前々から思っておったのじゃ、お主ら冠族の勝手な行動と来たら……前代の女王もそうじゃ! 我ら妖老会の意見も仰がずあのような……」
「まぉ、その辺にしておいてやれ。今回の件でさすがに懲りたじゃろうて」
「沙汰は追って下す。下がるのじゃ、ハフマン」
「ですが……かしこまりました」
そう言って頭を下げるハフマンさん。
「あぁ、そうじゃ。その人間はもう不要じゃ。始末しておけ」
もはや僕の方に視線を向けることすらなく、最後に妖精の一人がそう告げた。
「来い、人間」
僕はハフマンさんに付いて、小屋の外へと出る。
後ろから二人の若い妖精も付いて来た。
「あ、あの、フェルピーを助けに行かないんですか?」
堪らず僕はハフマンさんに声をかける。
「黙っておれ」
「でも……」
「黙れと言っておろうが!」
ハフマンさんはこれ以上話すことはないとばかりに、僕から距離をとる。
「なぜこのようなことに……」
「ハフマン卿、わたしがフェルピエラ殿の救出に向かいます」
そう言ったのは若い男の妖精だった。
「カリム……無理じゃ、お主一人だけでは……」
「わたしは嫌よ。そんなの死にに行くようなもんだし」
「ふん、もとよりお前なんぞに頼る気はない」
「じゃあ、死ねばー」
「よさんか二人とも。こうなれば秘密裏に動くしかない……しかし、どれだけの戦力を集められるか……」
僕はてっきり妖精のみんなが一丸となって、救出に向かうものだとばかり思っていた。そして、そうなればもう一度フェルピーに会える可能性があると……。
無責任にもそんな風に考えていた。
僕はいつまで傍観者でいるつもりなんだ?
フェルピーもシルバも、ココたちも……最後まで僕を助けようとしてくれたのに。
あのとき、僕だけが何も出来ず、ただみっともなく喚いていただけだ。
結局何も変わっていない。
僕はまだ、あの病室にいたときの何もできない自分のままだ。
僕に出来るだろうか……。
いや、違う。やるんだ。
今度は僕が……。
「僕も行きます! 一緒に行かせてください!」
この場で空気と化していた僕は、三人の妖精にそう告げる。
「くだらん寝言を抜かすな。お前は即刻処刑だ。そこで大人しくしていろ」
「逃げようとしてるのばればれだよ?」
若い妖精二人は、当然のように僕の言葉をはねのける。
しかし、ここで折れるわけにはいかない。
「僕も役に立てます!」
「しつこいぞ、人間」
「必死だねー。そういうのどうかと思うよ? 君、一応男の子でしょ?」
普通に説得してもきっと聞く耳を持ってはもらえない。
それならばと、僕は一か八かの言葉を選ぶことに。
「たぶん、僕のほうがあなたたちより強い。僕のほうがフェルピーを救える可能性がある」
正確には僕というより、僕の力の方だ。
結局はこの力に頼ることにはなるが、これが僕の力であるならば、別に間違ったことは言っていないはず。
そして、僕の予想通り、彼らはこの言葉を笑って聞き流すことは出来なかったようだ。
何となく見ていて思った。たぶん妖精はプライドが高い。特に人間に対しては、分かりやすいほどに。
先程より明らかに怒りの色が濃くなっている。
「言葉は選べよ、人間。まさか、この期に及んで自分の方が図体がでかいからとでも言うまいな!」
言いながら男の妖精は僕の前髪を鷲掴みにし、そのまま僕を地面に押し付けた。
「うっ……!」
なんて力なんだ……。
その小さな体では考えられないような圧力で倒されてしまう。
僕のことを拘束せず自由にさせているのは何故だろうと不思議に思っていたが、単にその必要が無かっただけなんだ。ただの人間一人、彼らの脅威になり得なかったのだろう。
「そのまま殺しちゃえば? なんかムカつくし」
もう一人の妖精も僕の頭を踏みつけてきた。
だけど、僕もこのまま黙っているわけにはいかない。
「違う、そうじゃなくて! 例えば、敵が来るのが分かっていて、準備する時間さえあれば、僕はきっと負けない!」
あの時だってそうだ。
あんな連中が来るんだと分かってさえいれば……フェルピーもシルバも……ココたちだって……。
癒えない後悔が押し寄せ、またしても涙が滲んできた。
「え、うっそ! この人間泣いてるんですけど!」
「敵が来るのが分かっていたらだと? 何を言ってるガキが! お前はそれを予測出来なかった時点で負けているんだ! お前は何かを失うたびに、そうやって文句を垂れるのか!」
「……!」
その言葉に僕ははっとする。
何もかもこの人の言う通りだった。
悔しさに唇を噛んだ。
全ては僕の油断と甘えが招いた結果。
でも、だからこそ、
「今度は間違えたくないんだ! 僕にはフェルピーたちを助けられるだけの力がある! だから……」
「ふん、何も出来ずにただ喚いていただけのくせに、何を今更」
「うざっ……」
二人の妖精はさらに僕へと圧力をかけてくる。
「ぐっ……」
もはや口を開くこともままならなかった。
しかし、そんな状況を止めてくれたのは、今まで沈黙を保っていたハフマンさんだった。
「もうよい、放してやれ」
「ですが、こんな人間……」
「よいと言っておろう」
「わかりました……」
「ちぇっ」
二人の妖精はようやく僕を解放してくれる。
僕は立ち上がりながら、顔の泥を拭った。
「人間よ、名は?」
「え? あ、リオって言います」
「では、リオよ、証明できるか?」
「証明?」
「お主には力があるのであろう? それを、今ここで証明できるかと聞いておるのじゃ」
「そんなのデタラメに決まってるじゃん」
「どうなんじゃ?」
「できます」
「では、見せてくれるか?」
「……はい」
僕は昨晩建てたココたちのお墓の方へと目を向ける。
「あの、あそこにある紙とペンを取ってきてもいいですか?」
一瞬、怪訝そうな表情をするハフマンさんだったが「よかろう」と頷いてくれる。
どうやら、本当に話を最後まで聞いてくれるつもりのようだ。
「……フラム、取ってきてやりなさい」
「えー、めんどくさぁ。絶対意味なんてないのに」
そう言いながらも、彼女———フラムさんは渋々その方向へと飛んでいく。
取ってきてもらえるのは、正直ありがたかった。
昨日負った傷、特に肋骨の骨折が痛くて、立ってるのもやっとだったから。
「豊穣の女神ユフよ。その大いなる懐で、かの者の傷を癒したまえ———
「……?」
突如ハフマンさんが僕に向かって片手をかざしたかと思うと、じわじわと痛みが引いていくのが分かった。
これ、あの時フェルピーがしてくれたのと同じ……。
僕は自分の身に何が起こったのかを確かめるように、身体をぺたぺたと触る。
体が軽い、痛みもほとんどない。
身体中にあった切り傷や擦り傷は、どこにも見当たらなかった。
「あ、あの、ありがとうございます……」
ここまでしてくれる理由が分からず、僕はぎこちなくお礼を口にする。
「ハフマン卿……なぜ……」
その問いかけに、しかしハフマンさんは特に答えなはしなかった。
「はい、どーぞ」
ちょうど戻ってきたフラムさんは、僕の足元にスケッチブックとペンを無造作に投げ捨てる。
僕はそれらを拾いペンを握った。
「待て、何をする気だ?」
男の妖精———カリムさんは、警戒するように僕に問いかける。
「どうせ何もできやしないって。さっき、それの中身見たけど、ただ犬の絵が描いてあっただけだし」
「……」
フラムさんが「ただの悪あがきだってば」と決めつける中、しかし、カリムさんは警戒を怠ることは無いようだった。
僕も少しはこの人を見習うべきなのかもしれない。
ハフマンさんは特に口を挟もうとはせず、ただ黙って成り行きを見守っている。
「僕は、描いた絵を具現化出来るんです」
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