1-4 まだ見ぬ人間
フェルピーは翌日も来た。
というよりこれまでも毎日来ていたらしい。
この前初めて話しかけてくれたのも、僕が中々イチゴを出さないから、しびれを切らして出てきたのだとか。
そして今日も僕はイチゴの絵を描いて具現化する。
お腹が空いているみたいだったので、今日はいつもより多めに描いた。
「それは何?」
「え? それって?」
「それ、いつも最後に付け加えてるやつ」
「あ、これはサイン。一応、これ僕の名前なんだ」
フェルピーはいつも僕が絵の最後に書き足す『RIO』というサインが気になっていたらしい。
「なんの意味があるの?」
この『RIO』という筆記体のサイン。
もともとは有名な画家が自分の絵にサインを入れているのを知って、かっこいいなと思い僕も真似てみたものだった。
だから特に意味はなく、僕にとってはただ習慣化されたものでしかなかった。
だけど、どうやらこのサインは重要な意味を持っていたらしい。
それに気づいたのはちょうど昨日のこと。
フェルピーがイチゴをいくつか持って帰るというので、帰る直前にイチゴの絵を描いていたのだが、フェルピーが急かすせいでサインを書き忘れてしまい、中々絵が具現化しなかったのだ。
気づいたのはその時だ。
この『RIO』という筆記体のサインは具現化のトリガーとなっていたらしい。
「えっと、絵が完成したっていう印として書いていて……つまり最後にこれを書き加えることで具現化してくれるって感じかな」
「ふーん……貸して」
そう言ってフェルピーは僕から鉛筆を取り上げる。
そして、スケッチブックの余白に何かを描き始めた。
僕以外の誰かが絵を描いても具現化したりするのだろうか。
僕も興味があったので、フェルピーが絵を描くのを見守る。
待つこと数分。
「あ、もしかして大根?」
「ダイコン……なにそれ? これはイチゴ」
「……」
イチゴだったんだ……。
「不愉快。今なにか失礼なことを思った」
「そ、そんなことないよ」
「……このペンが私の大きさに合ってない」
確かに……。
鉛筆を抱えるようにして描いているのだから、上手くいかなくて当然だ。
そしてフェルピーは最後に僕の字体を真似て『RIO』というサインを書く。
「……」
「……」
やはり絵が具現化することはなかった。
フェルピーの絵が個性的すぎるせいかもしれないが、果たしてどうなんだろうか。
フェルピー以外の誰か……例えば僕と同じ人間に描いてもらえたりすれば分かるかもしれないが……。
そこで僕はずっと気になっていたことを聞いてみる。
「ねぇ、フェルピー。僕以外に人間に会ったことってあるの? 昨日、他にも人間はいるって言ってたけど」
「……」
フェルピーはどこか僕を計るような目つきで見つめてくる。
「……フェルピー?」
「見たことはある。話したことはない。あなたが初めて」
「そうだったんだ。どこに行けば会えるのか知ってる?」
「会いたいの?」
「まぁ、そうかな……」
「会ってどうするの?」
「いや、特にどうするかは決まってないけど……あ、ほら今のフェルピーと同じように仲良くなれたらなって」
「そう……どこで会えるのかは知らない」
「そっか……あ、じゃあ、どこで見たのか覚えてる?」
「忘れた」
「……」
どこか突き放すような言い方をするフェルピー。
普段から無表情で感情の起伏が分かりづらい彼女だったが、何となく今の彼女は少し不機嫌に見えた。
「あのもしかして人間が嫌いだったりする?」
「嫌い」
「そうだったんだね……」
もしかして僕も実は嫌われていたりするのかな。
仲良くなれたと思っていたのは僕だけだったとか……。
でも、すぐにそれは杞憂だと分かる。
「でも、リオは嫌いじゃない」
「え、本当?」
「かなり変だから。あとイチゴもくれる」
「……変?」
理由が若干気になるが、それでも嬉しかった。
「だから他の人間に会う必要はない。リオが変じゃなくなる」
「……?」
「あなたは人間がどういう生き物かを知らない」
フェルピーは湖畔の脇で眠る竜へと目を向ける。
そして続けて言った。
「本来、人間はあらゆる生物にとって天敵……忌むべき存在」
僕はこのフェルピーの言葉でようやく思い至る。
「もしかして……」
「そう、あの子に酷い傷を負わせたのは人間」
「……」
「だからリオは人間と親しくなってはいけない。知らないままでいい」
僕はあの狭い病室を抜け出して、美しい場所に来ることが出来たのだと思っていた。
だけど今日、彼女の言葉を聞いて、初めて汚れたものもあるのだと理解する。
きっとそれは、僕が元居た世界にもあったもの。
「でも、どうしてあんな……」
「竜は希少で高級だから」
「……」
そんな理由で……。
だけど同時に、とても人間らしい理由だと思った。
「リオは、どうする?」
「え?」
「あの子は今リオに気を許している。あの子を人間のいる場所に持っていけば、リオは欲しいものが何でも手に入れられる」
「……」
遠くの景色を見つめながら、僕の答えを待つフェルピー。
彼女が一体どんな意図でそんなことを聞いてきたのかは分からなかったが、どちらにせよ僕の答えは一つだった。
「僕の欲しいものはそんなことじゃ手に入らないよ」
それどころかせっかく手に入れたものも、きっと失ってしまうことになるだろう。
「そう」
フェルピーはそれだけ言うと再びイチゴをおいしそうに食べ始めた。
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