無辜の民を守るためゴーイング・クレイジー!(下)
外壁に体当たりをかましていた|ローリー・ポーリー(だんごむし)を全て凍らせた私は、門だけではなくて外壁そのものの耐久値を上げると、結界を維持してもらっていた魔術師のところへ急いで戻る。
彼女は今にも干乾びそうだった。
「解除!」
「ふ、はぁっ」
「ごめんなさい!! 今すぐに低燃費コスト重視の結界を構築するわ!! 一応外壁強化はしたけれど、こんなもの、飛行系の魔獣が来たら意味ないもの!」
魔力枯渇で干乾びかけていた女性に平謝りしながら、今ある結界を解除したら。
「……す、」
「え、なに?」
「すごいですっ!!」
えっ??
今にもからからの干物になりかけそうだった女性が、目をキラキラさせて私へと迫ってきた!
「こんな高度高出力の結界魔法を瞬時に構築するなんてッ!! 確かにコスパ面においてわたしでは維持がキツイですが、これを構築、起動し、なおかつ魔獣すら駆逐するその膨大な魔力! 羨ましい、羨ましいです!! さては貴女様名のあるSランク、いえSSS(トリプル・エス)ランクの魔術師様でしょうか!! お名前を存じ上げず大変申し訳もございません!!」
「い、いえ、私は」
「あああ、ぜひ、ぜひ、こんなわたくしめに貴女様のその知識の欠片を!! 魔力こそ足りはしませんが、この高レベル結界の構築についての講義を!!」
「ひぇ」
何、この人!
魔力枯渇で死なないか今すごく不安だったのに、そんな不安吹き飛んでしまったわ! こんな迫られると怖いわ!
大興奮な魔術師さんに鼻息荒く迫られてドン引きしていれば、ふっと腕を取られて、大きな背中の後ろに隠される。
「ちょっと失礼」
「シグルド?」
シグルドの長い銀髪が、彼の背中で揺れている。
綺麗なその髪を見ていると、シグルドが私を彼女から隠してくれたんだって気がついて。
「なんなんですか、貴方は! その髪色、さては魔力なしですね!! そんな方が魔術師の会話に割り込まないでください!!」
「いえ、割り込まないでほしいのは、貴方の方です」
「なんですって! 貴方にどんな権利があってそう言うの!! 見るからに武器も何も持ってないから、その魔術師様のパーティーメンバーでもないでしょうに!」
「いえ、権利はあります」
いったいシグルドはどう言い返すのかしら。
そっとその背中から成り行きを見守っていると。
不意に身体を動かしたシグルドが、私の腰を抱いて、自分の方へと寄せる。
黒髪とオッドアイだけは隠さないとと、フードを目深に被っている私。そのフードが落ちないギリギリのラインで、シグルドが私の顎をくいっと持ち上げた。
なに?
何をするのかしら?
「お嬢様」
「シグルド?」
「黙って」
ちゅ。
…………。
……………………。
「………、…………………?????????」
「彼女は俺のお嫁さん(予定)です。なので、俺以外の人間と不要な会話をする必要はありません」
ぽかん、と。
魔術師の女性も、それまでざわついていた冒険者さんたちも。
それから私も。
今、何が起きたのか分かんなくて、一瞬の沈黙。
その中で、シグルドだけが堂々としていて。
「さて、行きましょうか、こんなところで道草をしていては、貴女の怖いお身内に追いつかれてしまいます。結界やらなんやらは、本職の人に任せておきましょう」
「………………????」
絶賛混乱中の私の腰を抱いて歩き出すシグルド。
私が今何をされたのか、脳内がパニックパニックでわっちゃわちゃしている間に、シグルドはさくっとその場を後にしてしまう。
「……執着夫と天才魔術師の、駆け落ち逃避行?」
遠ざかっていく背後から何か聞こえた気がしたけれど、それに言葉を返せるような理性は残っていなかった。
◇
「は、ははは破廉恥だわ!」
「何がですか?」
「衆目の前でキスなんて!」
「もう三時間は経っていたのに、お嬢様の思考がそこで止まっていたのに驚きです」
えっ、三時間!?
驚いてパッと辺りを見渡す。
気がついたら幌馬車の荷台に座って、どこかの街道を進んでいた。
「いつの間に」
「もう二時間は馬車に揺られていますよ。魔獣騒動のせいで、町を出る商人の馬車に乗せてもらえるように手配するのに一時間かかりました。今は国境沿いに隣町に移動している途中です」
私がすっかりと意識を飛ばしている間に、シグルドはしっかりと仕事をしていたらしい。さすがシグルドだわ! でも私を動揺させたのもシグルドだわ!
「ねぇ、シグルド」
「はい、お嬢様」
「その……なんでさっきキスしたの? わ、私、あれが男の人との初めてのキスだったのだけれど……?」
「俺とは二回目ですよ」
「そうね、二回目だけれど、男の人とは初めてだわ」
「ちなみに三回目も狙っています」
「狙わなくていいわ!」
違うのよ!! ちゃんと話を聞いて!?
「なんでキスをしたのよ! 偽装夫婦するにしても、キスする必要あったかしら!?」
「もちろん、ありました」
ばんばんと幌馬車の床板を叩けば、至極真面目な顔でシグルドは頷く。
「そもそも」
「そもそも?」
「偽装夫婦ではなく、夫婦(仮)です」
「意味がわからないわ!!」
それが私にキスする理由になると思ったら大間違いよ!! かっこ仮がついても婚姻届が出てないのだから、偽装夫婦よ!!
「ぶっちゃけて言えば、あれくらいのインパクトがあれば、夫婦としての印象はまず間違いなくつくでしょう。騎士団に報告があがるとして、冒険者夫婦としての前提が付く可能性が高いです。お嬢様の魔力痕跡を疑うのが多少は遅くなるでしょう」
「な、なるほど……?」
そう言われると、少しくらい目くらましになるのかもしれないと思うわ。
それなら仕方ないわね、となんとか納得して頷いていると、シグルドは「それと」と言葉を続けた。
「そろそろお嬢様の唇が男の俺にも許される頃かと思って」
「なんの脈絡もないその自信はどこから湧いてきたの!?」
「後、俺の女ムーヴに憧れがあったもので」
「こんな所で些細な欲求満たさないで!!」
あなた本当に欲望に素直になったわね!!?
「でもお嬢様」
「なによ!!」
「俺とのキス、嫌じゃなかったでしょう?」
こ、この男は……!
「何をもってそんなことを……っ」
「お嬢様の全身です」
「全身!?」
「だってお嬢様、俺とのキスが嫌だったら魔力だろうが暴力だろうが、なんだって使って抵抗できますし、今からでも俺をそこら辺の地べたにポイ捨てできるでしょう」
「そ、そうだけれど……!」
「でも、そうしないのは?」
ああもうっ!
言われて顔に熱が集中していくのが分かる。
開いた口が塞がらなくて、魚のようにパクパクと空気だけ食べていれば、シグルドがこてんと首を傾げる。
「嫌だったらはっきり言ってくだされば、二度としません。俺はお嬢様の夫立候補者でありますが、それ以前に従者なんで」
「……困るわ。こんなの困るわ」
ぷしゅん、と頭が湯だつ。
もう、言わせられるのすら恥ずかしくて、声が小さくなる。
「……嫌じゃないから困るわ」
そう言えば、シグルドは満足したようにほんの少しだけ、笑顔を浮かべた。
……普段無表情のくせに、たまにそう言う顔するの、本当にずるいわ。
「それでお嬢様、話が変わるんですが」
「あっさり!!」
二拍目にはもう真顔のシグルド。
これ、あっさり受け流されていいものなのかしら!?
こう、私だってね? こう、ね? キス一つで今さらって思わないでもないけれどね? でもキスって、とってもロマンチックなものだっていうね? 憧れがね?
「今回の件で、追手に生きているのがバレるのは時間の問題ですが」
「無視なのね。いいけれどね。そちらのほうが大事な話だものね」
切り替えの早すぎるシグルドにちょっぴりいじけつつ、私はシグルドの言葉に耳を傾ける。
「これからどうしますか? 気が付かれたら、追手を撒くのも厳しくなるかと思いますが」
「そうねぇ」
分かっていたことだけれど、いざそうなるかも、と考えると悩むわ。
でも、私がやりたいことはなんとなくあって。
「……ねぇ、シグルド」
「何でしょうか、お嬢様」
「国を巡って、結界の影響を見て回りたいって言ったら、怒るかしら?」
「石盤のことはいいんですか?」
「後回しよ。さっきの町のように、騎士団や冒険者を待っていられない人たちがいるかもしれないじゃない。そういう人たちを先に助けたいわ。石盤のことも気にはなるけれど、修復とか結界の再構築とかは、あのいけ好かない筆頭魔術師がなんとかしてくれるでしょうし」
色々思うことはあるけれど、石盤が割れた原因が人為的なものだとして、もう過ぎたこと。過去のことをいちいち気に留めていられないわ。
大切なのは今。
今、私が何をできるかでしょう?
「不思議だったんですが」
「なぁに?」
「筆頭魔術師とお嬢様、仲悪いですよね。なんでそこまでこじれてるんですか」
「向こうが一方的に毛嫌いしているのよ」
魔力も多くて魔法センスもある私を妬んでね!!
「あのいけ好かない奴よりも、この先のことの方が大事よ。ねぇシグルド、私のわがままに付いてきてくれる? もし離れるのなら、今のうちよ?」
今後厳しくなるだろう追手のことを思えば、シグルドとはここで分かれたほうがいいかもしれない。
そう思って、そうっとシグルドを窺えば。
「もう一回キスしたら、そんなことを言う余裕はなくなります?」
「ごめんなさい」
言う余裕どころか、全ての思考が吹っ飛ぶわ!!
シグルドはとっさに謝った私に、残念そうな顔をした。騙されてはいけないわ。あの顔はどうせろくでもないことを考えている顔だわ!
「セクシャルなキス、したかったです」
「オブラートに包むのもしなくなったわね!!」
馬車の荷台で、私は小さく叫んだ。
結局変わらず、私とシグルドは一緒のまま。
死に戻るかもしれないと思っていた頃はシグルドを手放すことばかり考えていたけれど、今はちょっぴり、ううん、彼が側にいてくれることにすごく安心してしまう。
減らず口のシグルドだけど、そんな彼がいることが、とても心強く思えた。
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