無辜の民を守るためゴーイング・クレイジー!(上)

 私が崖から飛び降りて半月が経つと、あちこちで「どこどこの村や町が魔獣に襲われた」という噂を聞くようになった。

 たぶん、石盤が破損したことで、この国全土を覆う結界に影響が出たのは間違いないと思う。人ひとり分の魔力だけで効率よく国を覆う結界を維持するための術式だもの。破損すれば、間違いなくひとり分の魔力だけで足りなくなるだろうから、こうして綻びていくのも時間の問題だったわ。


「本当は破損する前に防げたらよかったのだけれど」

「破損を防ぐ対策はしなかったんですか?」


 ミュレーズ伯爵領を出て、人々の噂をたどるように、あちこちを点々としている私達。

 国境付近の町に立ち寄って、そこの名物である香草の効いた串焼きを露店で買って食べていれば、最近よく聞く噂をここでも耳にした。

 なんとなく罪悪感を覚えてぼやけば、隣で串焼きを両手に持っているシグルドが、私にふと尋ねてきた。

 対策ねぇ。


「私が月巡りの儀式をするときは、ちゃんとメンテナンスをしていたわ。石盤にヒビがないか、刻まれた魔法陣や呪文が欠けていないか。前回のときには何もなかったはずなのだけれど」


 それなのに、私がメンテナンスをしていない間に急に劣化するなんてことがあるのかしら。木片が腐り落ちるならともかく、石よ? ちょっとやそっとじゃ、どうこうできないはずよ?


「噂を聞く感じでは、結界が弱まりだしたのは、お嬢様が崖からフライングした日からのようですし。お嬢様、本当にお嬢様が石盤を壊したんじゃないんですよね?」

「貴方まで疑うの!? 私じゃないわよ!! 私が儀式の間に入ったときには、もう割れていたのよ!」


 信じてよ!!

 私は串焼きを握りしめながら、シグルドに主張する。

 ちなみに私が持っている串焼きと、シグルドの持っている二本の串焼きは全部味が違うらしいわ。三種類とも味わってみたくて、ちょっとはしたないことをしている自覚はある。食べきれなかったらシグルドが食べてくれるらしいので、遠慮はしないけど。


「単純に考えて、お嬢様が犯人じゃないのなら」

「犯人じゃないのなら?」

「いち、自然劣化。に、誰かが壊した。この二択ですよね」

「そうよ」


 手に持ってた食べかけの串焼きをシグルドに渡して、別の一本と取り替えてもらう。さっきのは甘辛いタレの串焼きだったけれど、今度のは塩味のさっぱりとした串焼きだ。こっちのほうが香草の風味がよく分かるわ。


「自然劣化だとしたら、ドンピシャでお嬢様が儀式の日に壊れるのはすごい引き運ですよね。それにそもそも、劣化なら事前になにか予兆があってもおかしくはないのでは? 何十年も維持されてきたものがそんな唐突に壊れるなんて、考え難いです」

「そうよシグルド! 私もそう思うわ!!」


 絶対に私が壊したのではないわ!! それに自然劣化のような壊れ方でもなかったもの!

 シグルドが私の食べかけの串焼きを大きな口でがぶりと食べた。とても気持ちのいい食べっぷりだわ。その食べっぷりに水を差すようで申し訳ないけれど、これだけは主張させて!


「あの石盤、結構大きいのよ! まるで壁みたいなの。それがちょうど、ハンマーで殴ったみたいにまぁるいヒビが入って、欠けていたの!」

「確実に人為的なものですね。お嬢様、うっかり鬱憤ばらしに石盤殴ったりしていませんか?」

「失礼ね! してないわよ!!」


 そんなことしたら、むしろ私の骨が砕けるわ!


「じゃあ答えは一つです。お嬢様に何か恨みがある人間の仕業でしょう」

「……心当たりがありすぎて困るわ」


 しょんぼりしながら、串焼きをぱくり。

 生まれてこの方、この魔力と見た目のせいで、恨みというか、色んな人から忌み嫌われていたのは自覚しているわ……。


「可哀想なお嬢様。安心してください、世界の誰もが敵になっても、俺だけは貴方の味方です。元気に子作りする準備もできています。いつでもばっちこいです。子供という名の味方づくりしませんか?」

「しないわよ!! 昼間っから何を言い出すの!!」


 破廉恥よ!! 破廉恥すぎるわ!!!

 そんな破廉恥な味方づくり嫌だわ!!

 きゃあきゃあ言いながら、シグルドに抗議の声を上げていると。


「魔獣だー!!! 魔獣が出たぞ!!」

「冒険者はいないか!! 憲兵を呼んで、騎士団の派遣を!!」

「医者はどこだ! 怪我人が出たぞー!」


 私とシグルドは顔をあげる。

 通りの向こうから声がする。

 思わず一歩を踏み出した私の腕を、シグルドが掴む。


「お嬢様」

「……ごめんなさい、シグルド。分かってる、分かってるのよ」


 私なら怪我人を治せることも。

 私なら魔獣を阻止できることも。

 私なら。

 歯をくいしめ、ここで魔力を使うことの意味を考える。

 魔獣を倒すほどの魔力を使ってしまえば、いままでこそこそと小細工していた意味がなくなってしまう。

 私は魔獣と直接戦ったことはない。だって令嬢だもの。そんな危ないところ、行ったことない。

 だけど私は、魔獣を倒せるだけの力を持ってる。

 鉱山の倉庫一個まるごと潰せる私だもの。

 魔獣だって。


「お嬢様」

「……ごめんなさい、私やっぱり、このまま見過ごすなんて」

「お嬢様。この串焼き、俺食べちゃいますよ」

「串焼き?」


 へ? と、思わずシグルドを振り返る。

 シグルドはまだ手つかずだった最後の一本の串焼きをペロッと食べてしまった。


「私の串焼き!!」

「また後で買えばいいでしょう。それよりも、行かないんですか?」

「え?」

「魔獣。お嬢様のことですから、どうせ放っておけないんでしょう」


 至極当然とでも言うように告げたシグルドに、私は一瞬、息が詰まる。

 どうしよう、シグルドが私のこと、とてもよく理解してくれている。


「……ありがとう、シグルド。貴方には苦労をかけるわ」

「苦労なんてないでしょう。さっと行って、お嬢様が辺り一帯焼け野原にするだけです。俺、別に苦労しません」

「さすがに焼け野原にはしないわ!!」


 たぶん!!


「まぁ、そういうわけでお嬢様」


 シグルドが、私の持っていた串焼きをとりあげる。

 ずるいことに、それもペロっと食べてしまったシグルドは、食べ終わった串三本を露店の側にあったゴミ箱に放り投げた。

 周囲にいた人たちはとっくに建物や町の中心部の方へと逃げて、露店の賑やかだった通りには、今や人ひとりもいない。

 その、先に。


「存分に大暴れしてください」


 とんっと背中を押される。

 視線の先には、通りのさらに向こうに見える、町の外と内を繋げる大きな門壁。

 その、門壁の方から。


 ズゴォォオン


 今にもヒビが入りそうな勢いの、轟音が響いてくる。

 壁の外に魔獣がいて、門は既に閉められているのかしら。

 国境沿いの町だから、隣国から入ってくる人たちが魔獣に追われて来たのかもしれない。

 そうだとすれば、本当に魔獣は目と鼻の先にいるのね。


「行くわよ、シグルド!」

「仰せのままに、お嬢様」


 シグルドをお供に、私は足を進める。

 どこへって?

 それは勿論、門の方へよ!



 ◇



「冒険者集まれー! 門は開けるとまずい! 上から弓で射ろ!」


 相変わらずゴンガンドゴォンとすごい音。明らかに体当りをされている感じのする音が響く門の付近には、数人の人たちがいた。

 いわゆる冒険者という人たち。大きな剣を持つたくましい男性もいれば、杖を持っている女性もいる。


「この門の上に登ればいいのね?」

「姉ちゃん、冒険者か? 弓は射れるか?」

「弓は射れないけれど、魔法は得意よ」

「ああ、じゃぁ、サポートタイプか。上の射手たちに身体強化の魔法をかけてやってくれ。もしくは結界術が得意なら、防御に回ってくれてもいい」

「そんなことでいいの? お望みなら門の外の魔獣を一掃するし、少し時間を貰えれば町ごと覆う結界の構築もするわよ?」

「こんな時に冗談はやめてくれ! 速く持ち場に行ってくれ!」


 どうやらこの場を取り仕切ってる男性に声をかければ、頭ごなしに怒られた。なんだか釈然としなくてムッとしながら、シグルドと二人で門の上に登っていく。


「なんで今、怒られたのかしら。失礼しちゃうわ」

「お嬢様。お嬢様は馬鹿みたいに大量の魔力を持っていますが、平民の冒険者における魔術師は、おそらくお嬢様の半分の魔力もありませんよ」

「知ってるわよ。でも、人手が足りないならサポートにまわすより、魔法で焼いたほうが早いでしょう?」

「逆ですよ。普通は人手が足りないから魔術師をサポートに回すんです。たとえば、魔術師一人が魔法五回分の魔力を持っていたとしたら、魔法五回撃つよりも、五人に強化魔法をかけて、十人分の力にしたほうがいいんです」

「……なるほど?」


 その発想はなかったわ。

 じゃあ私は言われた通り、門の上の射手をサポートすれば―――


「ですが、弓での限界もあるでしょうね」


 門の上にたどり着く。

 数人の弓の射手の人たちが、必死に矢をつがえているのを見た。

 でも、その表情は、どこか青ざめている。


「あんまり戦況は良くないみたい」

「当然ですね。相手が悪いです」


 シグルドに促されて、門の上にある見張り台の通路から、町の外に広がる森へと視線を向ける。

 町の外にいる魔獣を見つけて、納得した。


「たしかに。あれは相手が悪そうね」

「|ローリー・ポーリー(だんごむし)の群れですね。丸みを帯びた硬い装甲が特徴です。体を丸め、高速回転しながら突進する、その威力は」


 ズゴォォオン


「鉄をも穿つと言います」

「門が破られる!! 魔術師かき集めて結界を張らせろー!!」


 今にも壊れそうなくらいにへこんだ鉄の門。

 それに焦り、中心役的な男性が号令をかけるけれど。


 ドゴォン!!!


「やばい、門が壊れ―――」

「壊れないわ!」


 とうとう我慢ができなくなってしまって、手を出してまう。

 結界魔法は複雑だ。

 魔力を練るにも時間がかかる。

 だから取りあえずは。


「固く在れ!」


 鉄の門をより強固なものにする。

 正式な呪文を唱えるのも手間で、私は腕を一振りだけして、今にも壊れそうだった門に魔法をかけた。

 今にも壊れそうだった門が、壊れる一歩手前で耐久値を取り戻す。

 それでも、もう既に壊れかけの門の耐久値なんて、たかが知れているけれど……!

 今のうちに!


「この中に魔力に自信のある人はいる!?」

「は、はいっ! わたし、冒険者ランクBの魔術師です!」

「じゃあ貴方にするわ! 今から簡易的な結界を起動して、主導権を貴方に譲渡するわ。私は結界を発動した後、外の魔獣を倒しに行く。応援が来るまで結界の維持、できるわね?」

「わかりました!」


 さっきの杖を持った女の人だったわ。

 私は頷いて、結界魔法を創る。

 魔法陣を描いて、結界の強度、範囲、持続時間、要を指定していく。


「魔力が枯渇しそうだったら、別の魔術師に譲渡しなさい。この魔法陣の上に乗れば、譲渡と結界維持ができるから」

「はい!」


 良い返事よ!

 私はさっさと魔法陣を書き上げると、その中心に立ち、魔力を流す。


「発動したわ! 代わって頂戴!」

「はい! ……えっ?」


 魔術師に手を伸ばして、魔法陣に誘う。

 魔法陣が一際強く輝いて、魔力が吸われる感覚がなくなった。

 と、同時に、魔術師が膝をつく。

 ……え?


「大丈夫!?」

「だ、大丈夫です……! ですがこの魔力の吸い方だと、保って三分かと……!」

「三分!?」


 嘘でしょう!?


「お嬢様」

「なに、シグルド! 今取り込み中よ!」

「いえ、さっきも言ったのに忘れている残念仕様のようなので。もう一度言わせてください」

「手短にしなさい!」

「お嬢様は総魔力量が国レベルの結界を維持できるくらいには多いのを自覚してください。魔術師といえども、平民の魔力量を貴方基準で考えると良くないです」

「……、…………あ」


 そ、そうだったわ!!!


「ご、ごめんなさい! 今すぐ結界を練り直すわ!!」

「そんなことより、三分でかたを付けましょう。その方が彼女の負担も少ない」


 確かにそうかもしれない。


「降りるわよ、シグルド!」

「仰せのままに、お嬢様」

「き、君たち!? いったい何をするつもりだ!?」


 今までローリー・ポーリーに弓を射っていた男性の横をすり抜け、私は外壁の端に足をかける。

 あの崖に比べたら、この程度の高さ。


「楽勝ね!」

「鳥にならないでくださいよ」

「ならないわよ!」


 いつの話を引きずるの!

 シグルドに言い返しながら、私は宙へと身を踊らせて、外壁から飛び降りる。

 着地のときにちょっぴり魔法を使って体勢を整えれば、隣のシグルドも難なく着地した。


「さぁ、燃やすのと凍らせるのと、切り刻むの、どれがお好みかしら!」

「発言が狂気的です、お嬢様。それと、燃やすのも切り刻むのも周囲への被害が甚大になるので」

「じゃあ凍らせるわね!」


 私は自分の三倍はある魔獣を前に、手をかざす。

 この角度なら、街への被害はないわよね!


「凍りなさい!」


 呪文も魔法陣もない、単純な魔力量に物を言わせただけの魔法。

 それでも。


 キィイン


 今まで門壁に体当たりしていたローリー・ポーリーが一匹、見事に凍る。


「やったわ! できたわ!」

「まだですよ、お嬢様。まだ居ます」

「分かってるわ!」


 シグルドに言われ、視線を巡らせる。

 まだまだいるローリー・ポーリーの群れ。

 さぁ、氷漬けにしていくわよ!

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