知らないところでジャッジメント!(side.義弟)

 破滅の瞬間は唐突だった。

 長い付き合いだった兄貴分の騎士団長から、噛みしめるような表情で、それを告げられた。


「カルロス・ミュレーズ。不当借用契約と人身売買組織関与の疑いにより、速やかに騎士団に同行されたし」

「は……?」


 カルロスはなんの冗談かと騎士団長を見る。

 王都にあるミュレーズ伯爵家のタウンハウス。

 つい半月ほど前に罪人となり、その後行方不明となった義姉アニエスの捜索に協力するべく、王都に留まっていたカルロスは、捜索協力の合間を縫って、可愛い妹セレーナのドレスを仕立てるための資金繰りに頭を悩ませていたところだった。

 タウンハウスの自室に不躾にも押し入ってきた友人に、一瞬呆気にとられたものの、カルロスはにこやかな笑みを浮かべた。


「すまない、ゴドウィン。聞き間違えたのかな? 僕に、一体何の疑いが?」

「……不当借用契約と人身売買組織関与の疑いだ」


 人好きすると評判の笑顔で、聞き間違えだったのかとカルロスは問い直した。けれども騎士団長は同じ言葉を再び繰り返して。

 その信じがたい台詞に、カルロスの眉が吊り上がる。


「何を馬鹿なことを言うんだ! 僕がそんなことをするはずがないだろう!」

「俺もそう思いたかった。だが、上がってきた証拠は全てお前が……いや、ミュレーズ伯爵一家の関与を否定できるものではなかった」

「濡れ衣だ!」


 カルロスは思わず声を上げて、今まで書き綴っていた用紙がくしゃくしゃになるのもかまわず、書き物机を力いっぱい叩いて立ち上がる。


「馬鹿馬鹿しい! 僕は不当借用も人身売買もとんと身に覚えがないよ! 誰だ、そんな法螺を吹き込んだのは!」

「カルロス」

「こんなくだらないことに付き合っている暇などないのに! 抗議してやる! この件の最高責任者は誰だ!? まさかこんなくだらないこと、君が率いているわけじゃないよな!?」

「カルロス・ミュレーズ」


 騎士団長がもう一度、カルロスの名前をフルネームで呼んだ。

 普段と違う、厳しい声音の騎士団長に、カルロスの勢いが削がれる。


「なんだよ、ゴドウィン」

「今、お前が書いていたものはなんだ」

「は?」


 カルロスは唐突に問われたことに対して、一瞬呆けた。なぜ、そんなことを聞く必要がある?


「大したものではないよ。ただの手紙さ」

「誰宛の手紙だ」

「誰でもいいじゃないか。プライベートのことだ」

「では誓えるか? その手紙の宛先は、ガイ・コーベットではないと」

「!?」


 まさか宛先の人物を言い当てられるとは思っていなかったカルロスに、一瞬の動揺が走る。それでも持ち前の貴族らしい表の顔をすぐに貼りつけて、誤魔化そうとしたけれど。


「……お前はよく顔に出るな。昔からそうだ」


 そう、呆れられたようにため息をつかれてしまえば、幼い頃からの付き合いがある友人に隠し通せるわけもなく。


「ま、待ってくれ! これと僕にかけられた容疑と何が関係あるんだ!? ガイと連絡を取り合っていたからって、僕になんの罪が!」

「ガイ・コーベットは闇商人だ。奴隷商人と繋がっている。そしてお前が借金の担保にしている鉱山、あれは有毒鉱物を含む鉱山だ。そんなものを闇商人に手渡すなど、何を考えているんだ」


 騎士団長の、聞き馴染みのない言葉の羅列に、カルロスは目を白黒させる。


「闇商人? 奴隷? 有毒鉱物だと? そんなもの、僕は知らない!」

「貴族において、知らないことこそ最大の罪だと、家庭教師から習わなかったのか」

「っ」


 教わった。

 それこそ、カルロスがミュレーズ伯爵家にやってきて、真っ先に家庭教師に言われ、ことあるごとに口を酸っぱくして言われた言葉がそれだった。

 だけど。


「……百歩譲って、ガイが闇商人だったとして。僕は別に無計画に金を借りているわけじゃない。鉱山夫が夜逃げして人手不足の伯爵領の経営には必要なことだった。鉱山に代わる事業が上手く行けば、借金だって返済できるんだ。鉱山を担保にしたけど、明け渡す気はないよ」


 カルロスなりの誠意だった。

 たしかに自分の小遣いが足りなくなれば、ちょっとガイから借りたりもしたけれど。でも大半は、領地経営に必要な費用や、父が立ち上げたという新事業の融資のために借りた金だった。そのおこぼれで、ささやかながらカルロスも小さな事業を立ち上げ、経営だってしていた。

 けれど騎士団長は、カルロスの主張を、受け入れてはくれない。


「お前はそう言うが、その事業は一体いつになったら軌道に乗るんだ? 伯爵領の収支は年々不良債権を抱えるばかりだと、なぜ気づかない」

「そんなはずはない! 父上も新しい事業を始めている!! それの収入で黒字に転化していたはずだ!」

「その事業が人身売買だと知っていたか? その斡旋をしたのが、ガイ・コーベットであることも」

「なっ……!」


 今度こそ、カルロスは突きつけられた現実に、絶句した。

 父が新しい事業に手を出していたことは知っていた。おいおいは家督を継ぐ自分も知ってはいかねばと思っていた。その一環でガイを紹介してもらい、伯爵領や自分の懐の金回りを支えてもらっていた。

 それが、どうして。


「ち、父上は……?」

「領地で今頃捕縛されている頃だ。ミュレーズ伯爵夫人もまた、この件に関与している疑いがある。慎重に取り調べは進めるが、これが事実だった場合、爵位剥奪と領地没収の上、幽閉だろう」


 死刑にならないだけ、ありがたいと思え。

 そう言外に告げる騎士団長に、カルロスの表情が歪む。


「……僕はどうなる」

「人身売買に関わっていないのであれば、罰金程度だろうが……。今回の件で次期当主としての資質も問われ、爵位剥奪の上、放逐の可能性もある。覚悟はしておいたほうがいい」

「はは……」


 もう、乾いた笑いしか出てこなかった。

 何がどう間違ったのか。

 ただ自分は金を借りただけだった。借金なんて、大きな金額を動かすときには皆することだ。事業者だって元手の金は借金して得ることが多いと経営学で学んだ。そうして利益を生んで、貸し主に還元するのだと。

 自分の利益はこれからのつもりだった。

 父の新事業が軌道に乗るまで、カルロスの名義で出資すれば、実質それはカルロスの功績だと父に言われ、言われるがまま金を借りて出資した。

 それが、どうして。


「……セレーナは」

「彼女だけは、こちらで保護した。殿下が飛び火しないよう、守っていらっしゃる」

「そうか……。すまない、ゴドウィン。僕の浅はかさで、お前に嫌な役割をさせてしまう」

「……そんなことを言う前に、相談の一つくらいしておけばよかったものを」

「本当にな。貴族になって、何でも一人でできると思い込んでいたのかもな」


 疲れたようにカルロスは椅子に座り直す。

 いや、心底疲れた。

 まさか罪人の義姉を追うように、自分が、家族が、罪人になるなんて。


「念のために聞くけど、誰かのヤラセとかでもないんだよな?」

「……最初は奴隷商の情報リークと、お前の名前が入っていた不当売買契約書の書類が、憲兵からあがってきた。それも第三者からで、それをリークした人物はたまたま通りすがった町娘だったらしい……が」

「が?」


 渋い顔をする騎士団長に、カルロスが胡乱な目を向ける。


「銀髪に緑目の、垢抜けた少女だったらしい。素性を調べたところ旅人のようで、鉱山のある町の住人ではなかった」

「……僕が言うのもあれだが、怪しくないか?」

「俺も最初はそう思った。だが、進む調査で見つかっていくのは犯罪組織の証拠だけだった。少女は二人組で、次の日には町から姿を消したらしい」


 その少女二人組は、奴隷商に捕まっていた奴隷ではというのが、騎士団の見解だ。だからこそ、こんな情報がリークできたのかもしれない。保護を求めなかったのは、何か事情があったのかもしれない。

 素性調査を怠って、事情聴取だけしてあっさり帰してしまった憲兵の落ち度だ。だが、上がってきた証拠を悪戯と判断するには大事過ぎた。

 せめて騎士団に直接話が上がってきていたら、徹底的にそのリークしてきたという少女の素性を洗っただろう。憲兵の意識が低いとは言わないが、騎士団と違って平民相手の仕事だ。貴族が絡むと分かった時点で、騎士団に丸投げするという意識が根底にあったのかもしれない。


「それにしても、銀髪と緑目か……義姉上の次くらいに嫌な組み合わせだな」

「……ああ。あいつか」

「報告が上がっていると思うけど、義姉上が崖から飛び降りたあの日、義姉上についていた従者が姿を消している。死体がまだ上がってないなら、もしかして、とも思うんだが……」


 義姉に金魚のフンのようにつきまとっていた男。

 義姉がどこからか拾ってきた、顔が良くとも魔力のない、元孤児の平民。

 盲目的なほどにあの魔力だけが取り柄だけの義姉を慕い、何を考えているのか分からない冷めた目で周囲と一線を引いている、いけ好かない奴だった。

 ただ、従者としては間違いなく有能。

 あの破茶滅茶な義姉上の身の回りの世話を、一人で卒なくこなしていたというのだから、その有能っぷりは伯爵家でも一目置かれていた。

 正直、義姉は昔から何をするのか分からないところがあった。あの異双の魔女は、魔力があればある分だけ使う。その魔力の矛先が自分に向かうことを恐れて、伯爵家の使用人が誰も近づかなかった中、あの男だけが義姉の側にあり続けた。

 その男が姿を消し、さらには義姉の死体もあがらない。

 巧妙な義姉のことだ。もし生きているのなら、魔力痕跡くらい偽装しそうだ。そんなことをされたら、筆頭魔術師くらいしか見分けがつかないだろうに、その筆頭魔術師はなかなか重い腰を上げようとしない。

 もう半月も経つ。渓流を超えて、死体はもう海まで流れ着いてしまったのだろうか。そうであれば面倒もないが、死体が見つからない今、生きている可能性も捨てきれずに、焦燥ばかりが募る。

 もし、もしだ。

 義姉が追い詰めた自分たちを、ひいては可愛いセレーナを逆恨みしていたら。

 可愛いセレーナが害される瞬間を想起して、カルロスは思考を振り払った。そんなこと、あってはいけない。無垢で可愛いセレーナに、そんなことをされる謂れはないのだから。

 そんな思考の海にカルロスが沈んでいると、コンコンと扉がノックされる。


「団長、そろそろ」

「ああ。……カルロス」

「仕方ない。こればっかりは僕の目がなかっただけさ。せいぜい法廷で、セレーナにだけは咎がいかないよう、頑張るさ。義兄である僕にできるのは、もうこれくらいか」

「……すまない」

「君が謝る必要はない。身から出た錆だ。僕なりにけじめをつける。だからどうか」


 妹のセレーナが寂しくないよう、守ってやってくれ。


 カルロスはそう言うと、静かに騎士に連行されていく。

 カルロスの兄貴分であり、幼なじみだった騎士団長はその背を視線だけで追いかける。

 たった一つの無知で転落していく彼の行く末を、案じることしかできない自分がひどく薄情に思えて、胸がざわついた。


 

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