実家の領地へカミング・ホーム!(下)

 ミュレーズ伯爵領に潜伏しつつ、私とシグルドは奴隷商についての情報を収集した。さすがのシグルドも、奴隷商の本拠地までは把握できていなかったみたい。それでもミュレーズ伯爵領内にある拠点の一つは把握していたようで、そこに忍び込んだりして情報を集めていた。

 その、拠点の一つ。


「まるで物語にあるスパイや暗殺者の気分だわ」

「間違いないですね。ただお嬢様の場合、火力が強すぎますが。ここの拠点、瓦礫にする必要ありました?」

「だって私、大々的に騎士団や憲兵に顔出せないじゃない。誰かに気づいてもらうには、派手にぶち壊してやったほうがいいでしょう?」

「なんでもかんでも力業でいこうとしないでください」


 奴隷商が拠点の一つにしていたという、かつて金鉱が取れた山の中にあった倉庫。その倉庫を見下ろせるくらいには高い位置にある坑道の一つで自信満々で言い返せば、シグルドがなんだか言いたげにこちらを見てくる。

 もう、やってしまったことをぐちぐち言わないで!

 坑道から見下ろした眼下の倉庫は、土台の定礎が沈没し、大黒柱がへし折れたかのように、ぐしゃりと崩れ落ちている。

 もちろん倉庫の中は調査済み。間が良かったのか中に捕まっていた違法奴隷たちはいないし、見張りなのか連絡役なのかも分からない人たちが数人いただけ。そんな彼らも仕事がないのか、博打やら色街やらで皆出払っているのは確認済みだから、人的被害はとりあえず、ないわ。


「そもそも魔法の濫用は控えたほうがいいのでは? 追手に気づかれますよ」

「認識阻害の魔法を組み込んで、魔力痕跡にノイズが入るようにしているわ! その認識阻害の魔法も、お母様の魔力波長に偽装しているから、並の魔術師なら騙されてくれるわよ!」

「お嬢様、こういう時だけ用意周到ですよね」


 呆れたように言われるけれど、当然のことだと思うのよ。私の取り柄と言ったら魔法ぐらいしかないし、魔法が使えなきゃ、箱入り令嬢の私がこうしてスパイごっこみたいなこともできないわ!

 そんなことよりも、この領内に作られていたこの拠点を調べてみて意外だったのは。


「奴隷商というよりは、お父様が奴隷商と密会をするための拠点だったのかしら」

「そのようですね。見張りがいるにしろ、数が少ないですし、全員出払うなど不用心がすぎますよ」


 シグルドの言葉にものすごく同意するわ。


「お父様も困ったものよね。自分のお屋敷に隠しておくと困るからって、こんな見張りが手薄の場所に、こんなものを残しておくなんて」

「奴隷商人との売買契約書の管理がこんなに杜撰でいいのかと、不安になるくらいの間抜けっぷりですね」


 本当よ! 杜撰にもほどがあるわ!

 シグルドが持っている売買契約書に視線をうつす。

 暗証番号がやたらと長く複雑な、固定式金庫に入っていた。見張りも手薄だし、大したものは入ってないだろうと思いつつ、その金庫を魔法でこじ開けてみたら予想外の儲けものだった。魔法対策はされていたけど正しい手順で解除したから、すぐに金庫がこじ開けられたことは気づかれないでしょう。

 私はついついため息をついてしまう。

 あんまりにも泥棒のしやすい管理なんだもの!


「今回ばかりは貴方の毒舌に同意するわ。こんな人の元で生まれた私、可哀想」

「大丈夫ですよ、お嬢様。お嬢様の阿呆っぷりはお嬢様の個性ではなく、血筋であることが証明できました。お嬢様は頭がいいはずなのに発想的にお馬鹿なのは、先祖伝来だったと諦めもつきましょう」

「貶しているのか励ましているのか分からないわ!」


 シグルドの言い分がひどすぎると思うの!

 嘆きながら抗議すれば、シグルドは手に持って目を通していた書類をひらひらと振った。


「お嬢様」

「なぁに」

「この書類はどうしますか?」

「うっかり他の瓦礫と一緒に処分されてはたまらないわ。この倉庫の瓦解を知った誰かの目の前に都合よく、落としてあげたいのだけれど……」


 私は周りを見渡す。

 岩肌がむき出しになった、寂れた鉱山。


「閉鎖された鉱山になんか、誰も来ませんよ」

「そうなのよね。……憲兵にどうやって見つけてもらおうかしら」


 不自然に倒壊した建物。街から距離もあるし、山に遮られているから、街の方からはこの倉庫が倒壊したなんてまず見えない。

 正直なところ、見つかったら一発で牢屋行きのこの契約書が憲兵に気づいてもらえれば、貴族絡みってことで騎士団に連絡がいって、芋づる式色々とバレていってくれるかしらと、淡い期待もしてみたりしたのだけれど。


「なかなかそうは都合よくいかないわよね」

「まず、第一発見者を連れてこないといけないですからね」

「第一発見者……」


 ふと、私はシグルドを見つめる。

 膝をついて坑道から下を覗いているシグルドが、その新緑の瞳で立ち上がっている私を見上げた。


「……お嬢様?」

「シグルド、貴方、第一発見者になりなさい」

「はぁ」

「大丈夫。貴方の貞操が奪われそうになったら、助けてあげるわ」

「は? ちょっ、お嬢様、待ってくださ―――」


 不穏な言葉にシグルドも察したのか、私から一歩身を引こうとしたけれど。

 そんなんじゃ、私の魔法は逃げられないわ!

 素早く魔法陣を描いた私は、その魔法をシグルドにかける。

 美少女シグルド再び、よ!



 ◇



「すみません。これを」

「ん? これはなんだ?」

「分かりません。私も、通りすがりの人にこれを憲兵さんにお渡しするようにと言われて」


 こそっと建物の陰から見ていると、銀髪の美少女が憲兵に何かを手渡していた。憲兵の男性は、無表情棒読みの美少女の言葉に真面目な表情を返して、それを受け取っている。


「手紙か。誰宛だ?」

「分かりません。ただ、憲兵の方にお渡しするようにと言われて」

「ふむ」


 憲兵がその手紙を開いたみたい。折り畳まれていた紙に視線を走らせていくと、段々と厳しい顔になり、銀髪の美少女に質問を重ねた。


「君、これを渡してきた人物は、今どこに」

「分かりません。フードを被っていて、私が手紙を受け取ると、ふらりとどこかへ。でも、鉱山の方からやってきました。あっちの方からすごい音が聞こえた気がしたけれど、気のせいかしら」

「鉱山からだと? いったい、何があったんだ? これはただ事ではすまないぞ……!」


 憲兵の男性は急いで仲間の人に声をかける。

 ふふ、シグルド、上手く書類を渡せたようね。

 これぞ第三者のふりをして、憲兵にチクる作戦!

 これなら安全かつ確実に憲兵に証拠を預けられるわ! そうして騎士団に連絡してもらう! 私は特に騎士団には顔が割れてるから、間接的に憲兵から連絡してもらうのが、この場合のベターだと思うのよ!

 これでとりあえず、我が家の最大の罪は暴かれるでしょうと満足していれば。


「奴隷売買の契約書に、鉱山権利の売買契約書まで……! 我々の手に余りすぎる。騎士団に連絡を入れなければ」


 ……あら?

 芋づる式にいけばいいとは思ったけれど、まって、鉱山権利の売買契約書??

 私があの倉庫で見つけたのは奴隷売買の書類だけだったはずよ。鉱山のやつは、私も知らないわ。

 書類を見逃したのかしらと思っていると、一旦詳しい話を聞かれるために、美少女になったシグルドが憲兵の詰め所に入っていく。

 じりじりしながら、短くない時間を建物の影に隠れて見守っていると。


「お嬢様、お待たせしました」

「おかえりなさい、シグルド。待ちくたびれたわ」


 ようやく事情聴取が終わったらしいシグルドが帰ってきた。


「俺が持っていた情報は色々と渡してきたので、憲兵から連絡を受けた騎士団が、そのうち動くでしょう」

「さすがだわ、シグルド。怖いくらいに上々よ。一気に片が付きそうね。でも一つだけ疑問があるのよ」

「なんでしょう」

「鉱山の権利書、あれ、どこから出てきたの? 偽造?」


 鉱山を担保に、義弟が闇金に手を付けてるのは知っていたけれど、その大事な証拠である鉱山の権利書関係が出てくるなんて、寝耳に水なのだけれど?? さすがに父と同じようにあんな管理が杜撰な場所に置いておくような子ではないと思うのだけれど??


「こんな事もあろうかと、契約書をすり替えておきました」

「すり替えた?」

「お嬢様が今回、家を出ると宣言なされたときに、カルロス様が闇金と交わしていた契約書を複写とすり替えました。すり替えた契約書は俺が持っていたのですが、それをここぞとばかりに密告書の中に混ぜ込みました」

「報連相! 私それ知らなかったのだけれど!?」


 混ぜ込みましたって!!

 持っていたなら、それだけでも最初から憲兵に持っていくのでも良かったじゃない!!


「いったじゃないですか、闇金のこと」

「契約書のくだりは聞いていないわ!!」

「そうでしたっけ」

「お願いだから報連相をして頂戴……!!」


 貴方のそれを知っているだけで、過去の私が一体何人救われたことか……!!

 それにしても五回も死に戻っているのに、私よりもシグルドの方が我が家の内情をよく知りすぎているのが怖いわ。私の従者、優秀すぎると思うの。


「まぁ過ぎたことですし、解決するんですからご寛恕ください。それに闇金の売買書程度では奴隷商まで釣り上げられませんよ。話の持って行き方次第では、カルロス様の尻尾切りで終わってしまいます。二度手間ですよ」


 二度手間って。

 でもそうね、よく考えれば、シグルドの意見も一理あるかもしれないわ。借金の担保が鉱山だったくらいじゃ義弟の責任にされて、両親は監督不行き届きの厳重注意程度にしかならないかもしれないわ。むしろ、ワンクッション挟むことで、奴隷売買の証拠を消されるのも困るし……。


「……まぁ、いいわ。解決するのなら何でも」

「お嬢様の『まぁ、いいわ』、考えるの諦めた残念感が惜しみなく出ていて好きですよ」

「褒めてないわよね!!」


 絶対にそれ貶しているわよね!!

 じっとりとシグルドを見れば、シグルドはしれっと話題を変えてくる。


「さて、これでお嬢様を人身御供のように扱った伯爵家は自滅の道を辿っていくのみですが、今のお気持ちを一言どうぞ」

「話をそらしたわね。……その通りだけど、こうもあっさりしてると、なんだか実感が湧かないわ」


 ちょっと拗ねたように唇を尖らしてみれば、シグルドはちょっと首を傾げた。


「実感ですか?」

「そう、実感」

「お嬢様のいう実感とは?」


 そう言われると、なんだか難しいけれど。


「両親や義弟、妹の悔しい顔とか、憤怒の顔とか? そういうの見て、笑ってやりたかったかもしれないわ」

「なかなかに性格の悪い実感を求めますね。いえ、俺はそんなお嬢様でも愛せます。腰に手を当ててぜひ高笑いしてご家族に屈辱をお与えください」

「そこまで言ってないわよ!」


 さすがに高笑いはしないわ!!

 抗議の声をあげてやろうとすれば、シグルドがふっと真面目な顔になる。


「そもそも、こんな胸糞悪いものに実感持つよりも、お嬢様はもっと大切なものに目を向けるべきだと思います」

「確かに気持ちのいいものではないけれど、私にとっては一応実家だもの。こう、もうちょっとくらい、感慨に浸るものかと思っていたから、薄情かしらって」

「そうですね、お嬢様はわりと薄情だと思います」


 自分でも少し思っていたけれど、シグルドに改めて言われるとへこむわ。

 しょんもりと肩を落としていれば、シグルドが私の手を取り、じっと私の色の違う二つの瞳を覗き込んでくる。


「今日やるべきことは終わったので、そろそろ男に戻してほしいのですが」

「……ワンピースを着たまま元に戻すと、事故るわよ?」

「屈辱です。ならば早く宿に戻りましょう」

「宿に戻っても、この街を出るまではあなたの姿はそのままよ。唐突に姿を消したら、怪しまれるもの」


 シグルドから深いため息が聞こえてきた。

 でも私的には魔力の消費が激しいとはいえ、ぜひとも女の子のシグルドでいてほしい。

 たまに感じる貞操の危機的な問題ゆえに!


「……お嬢様」

「なぁに?」

「俺、がんばったと思うんですよ」

「ええ、がんばってくれたわ。とってもえらいわ」

「なので、本日の報酬を頂きたかったのですが」

「……ま、まぁ? い、いいわよ? 一回したんだもの、ニ回も、三回も、変わらないわ!」


 言うと思ったわ! 女の子のシグルドはすでにキスしているんだもの。ハードルも前回より低くなってるわ!

 私が受けて立つと言わんばかりに、余裕たっぷりと腕を組んで言い返してやれば、シグルドはこくりとうなずいた。


「今日はキスの代わりに別のものが欲しいです」

「別のもの?」


 キスではないの? でも報酬代わりに要求するのだからキスのような何か? それともグレードアップして、もっと破廉恥なもの? 私にちゃんとあげられるもの?

 不穏なシグルドの要求に、ごくりと喉を鳴らす。

 ああ、どうかまともな要求でありますように―――!


「お嬢様」

「なぁに?」

「手をつなぎましょうか」


 ……?

 ………………?


「手を繋ぐだけでいいのかしら?」

「もちろんです。男に二言はありません」


 まぁ、それくらいならいいけれど。

 キスなんかよりも全然、恥ずかしくないし。

 私は手を差し出す。

 その手を、シグルドは指を絡めるようにして繋いできて。


「シ、シグルド」

「なんでしょうか、お嬢様」

「こ、この繋ぎ方でいいの……?」

「当然です。なにかご不満でも?」


 不満というか、なんというか!


「こ、この繋ぎ方は、なんだか恥ずかしいわ……!」

「そりゃ世間一般的に、恋人繋ぎと言われる繋ぎ方ですから。慣れてください」

「恥ずかしいわ!」

「手を繋ぐだけでしょう? キスよりはいいじゃないですか」


 うっ、そう言われてみれば確かにキスよりはマシだけれど……!

 シグルドの唇が弧を描く。

 すり、と親指で手の甲を撫でられて、ぎょっとした。


「破廉恥!」

「手を繋いでいるだけです」

「今の触り方はなんだかいやらしかったわ!」

「気のせいですよ、気のせい」


 気のせいなんかじゃないと思うわ!


「お嬢様」

「な、なによ」

「宿屋に戻りましょうか。今日は鉱山に街にと往復して、一日疲れたでしょう。湯浴みの準備をしますので、ゆっくりお休みください」

「そ、そうね! 疲れたからゆっくり休みたいわ」


 話題をそらしたシグルドのおかげで、なんとなく手を繋いでいることが意識から逸れる。けど。


「お背中流して差し上げます。お望みならマッサージも。女の子同士ですから、問題ありませんよね」

「問題ありすぎるわ!」


 シグルド、少しは自重して!

 きゃあきゃあ言いながら、私達は宿屋への道を行く。






 この後、しばらくしないうちに実家が断罪され、没落していったという話を風の噂で聞くけれど、罪悪感はわかなかった。

 実家との縁が薄かったのね、と。

 それだけが少しだけ寂しかった。

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