実家の領地へカミング・ホーム!(上)

 ミュレーズ伯爵領はかつて、金鉱が発見されて興隆した土地だった。

 金鉱は祖父の代までざっくざくと発掘され、伯爵家に富をもたらした。

 だけど鉱脈は有限。

 父の代では金鉱石はもうほとんどとれず、それに頼らない新事業を展開しないといけなかったのだけれど。


「活気がないですね」

「税の値上げに、領民も疲弊しているのよ。さっさと他領に夜逃げできた人たちは良かったけれど、それができない人たちに負担が偏っちゃってるから」


 ミュレーズ伯爵家の領内にある街の一つに入ると、シグルドがこれまでずっと歩いてみてきた領民たちの様子について一言物申した。

 一回目の人生では気づかなかった領民の生活。

 死に戻った二回目以降の人生で、死なないようにと足掻いているうちに知ったことの一つだったわ。

 ミュレーズ伯爵領は決して裕福じゃない。

 それなのに伯爵家にはいつも、母や妹のドレスや宝石が溢れかえっていた。


「こうして領地に戻ってきたわけですがお嬢様、これから具体的に何をするので?」

「私ね、気になることがあるのよ」

「気になることですか」


 そうなのよ。前世からずっと気になっていたことがあったのよ。


「母と妹の散財は、私が王家に嫁ぐのが決まってから得ていた結婚支度金で賄っていたわ。それでも足りないだけの贅沢を尽くしていた。さらには経営そのものが赤字で、領地は回っていなかったはずなのよ。それなのに変わらない贅沢な暮らし。借金か裏帳簿があるのは、確実よね?」

「見事な慧眼です。それで、お嬢様の言う借金だか裏帳簿だかの証拠はあるんですか?」

「ないわ!」


 そんなもの見つけてたら、とっくに王家に提出してたわよ!


「シグルドも知っているでしょう? 私、石盤の儀式のために基本的に王都にいたんだもの」

「そうでしたね。じゃあなんで、あんな自信満々にご実家が悪さしてると確信したんですか。冤罪ですよ、冤罪」

「むしろ私が冤罪かけられて殺されているのよ!!」


 義弟や妹も断罪側に回っちゃってるの見る限り、実家にも見捨てられてね!!


「まぁ、その冤罪でね? 思い出したんだけどね?」

「はい」

「義弟のカルロスがね。前に話していたのを聞いちゃったのよ」

「聞いちゃったとは」


 過疎化している商店街を歩きながら、隣を歩くシグルドにだけ聞こえるように声を潜める。

 あれは確か、カルロスが養子としてうちに来たばかりの時のこと。


「あの子、養子だし、根が真面目だったのよ。それでね、母と妹の散財について、直接妹に注意してたのを見たことがあったのよ」

「本当ですか? あの愚息殿、率先してセレーナ様に貢いでいるように見えましたが」

「今はね。でもあの時はまだ真面目な子で、その時からころっと人が変わったように愚弟の性格が変わったのよ。セレーナの下僕みたいになんでもかんでも言う事聞いちゃう駄目な子になっちゃたわ。家の使用人や、父のようにね」


 本当に突然だった。確かあれに気がついたのは四回目の人生だったはず。義弟だけでも餌付けして味方にしてやれないかしらと思って、色々と義弟に目をかけていたのよね。

 最初から私のことを嫌っていたのかと思っていたけれど、そんなことなかったわ。最初の数日、構ってみれば、彼はとてもいい子だった。

 でも、ある日を境に、彼の人柄がガラリと変わってしまった。


「つまりお嬢様の結論は?」

「妹はたぶん、幻惑や魅了系の魔法かスキルが使えるわ。それで人をたぶらかして、贅沢をしている。魔法の残滓は見つからなかったから、おそらく神のギフトによるスキルだと思うんだけれど」

「素晴らしい慧眼ですお嬢様。魔法のことだけは人一倍頭が回りますね」


 シグルドが拍手を送ってくれる。すごいやる気のない拍手だけれど、シグルドが褒めてくれるのだからありがたく受け取っておくわ!

 商店街を通り抜けて、住宅街に。そろそろ宿屋を探そうかと視線を巡らせていると、シグルドは私よりも声量をしぼって話しかけてくる。


「セレーナ様の魅了系スキルは当たりだと思います」

「本当?」

「俺もセレーナ様の魅了スキル、かけられたんで」

「え?」


 え?

 思わず立ち止まってしまったわ。

 外套を頭から被っているシグルドを、下から見上げる。


「……かけられたの?」

「かけられましたよ」

「いつ!?」


 そんな素振りあったかしら!?


「お嬢様に拾われて、五年くらいの頃でしょうか。身なりも言葉遣いも整った頃、セレーナ様に言い寄られて」

「言い寄られて!?」

「めちゃくちゃ甘い匂いがして、心臓バックンバックンして、体温が急上昇したんですけど」

「大丈夫だったの!?」

「あの時お嬢様が」

「私が!?」

「お部屋で魚に変身する魔法薬を作って服用されて、解除できずにぴちぴちと床でのたうち回っていたのを見ていなかったら、そのままホイホイ、セレーナ様にお持ち帰りされていたかもしれません」

「あの件は忘れて頂戴!!!!」


 あったわね、そんなこと!! 崖に飛び込むときに魚になればいいわ! って思って作った魔法薬だったけれど、結局、魚に変身したところで、私は自分で岸に上がれないことに気がついて、この案は没にしたのよね!!


「あの時、お嬢様に急ぎ解除薬を作らねばの気持ちのほうが勝っていましたし、なんなら解除薬の作成後に味見をしたので、スキルも解除されたと思います。普通なら解除薬なんて飲む機会ありませんしね。素晴らしいです、お嬢様。知らずしらずの内に、セレーナ様の魅了スキルを阻止してるんですから」

「……なんだか釈然としないわ……」


 大変不服ではあるけれど、でも、それでシグルドが妹の魔の手から逃げられたというのなら、喜ぶべきよね。


「ちなみにですが」

「なぁに?」

「スキルをかけられた後、けろっとしている俺に向けてセレーナ様が『なんで魅了スキル、かかってないの!? やっぱりお姉様がなにかしているんだわ!』って小声で言っていらっしゃるのを聞いたので、確実です」

「シグルド、さすがの地獄耳ね。そして私はその報告を聞いた記憶がないわ」

「俺も言った記憶がありません。さすがの俺も、魚になって部屋でぴちぴちのたうち回っているお嬢様を前に、気が動転していたと思います」


 それは申し訳なかったわ! ごめんなさいね! 私のせいね! 私も二度とあのような状況にはなりたくないわ!


「とにかく、妹が魅了スキル持ちなのは確実なのね? それじゃあやっぱり、義弟もそのスキルにやられていると思うの」

「カルロス様どころか、旦那様と使用人もでしょう。伯爵家の裏稼業、使用人もグルでしたから」

「そうよそれ! 私が掴めなかったその証拠! シグルドは何か知っているのよね!」


 とりあえず立ち止まりっぱなしでは不審者すぎるわ。

 また歩きだすと、シグルドも私の歩調に合わせて歩き出す。


「当然です。俺はお嬢様の忠実な下僕なので。とりあえずあの頃はお嬢様は王都にいて、直接的にこの件と関係していなかったので、一族断罪などでお嬢様に飛び火しないようにと口をつぐんでおりました」

「貴方本当に優秀ね! でも報連相はちゃんとしてほしかったわ!!」


 冤罪をかけられる前にそれを知っていたら、もしかしたらまた違う未来があったかもしれないのに!


「まぁいいわ。一族断罪の可能性があるくらいあくどいことを我が家はしていたのね? 今こそそれを暴露する時よ。全て話しなさい」

「仰せのままにお嬢様」


 シグルドがお耳を拝借と言うようなジェスチャーをしたので、私はまたまた立ち止まってシグルドに耳を傾ける。髪を耳にかければ、彼は私より高い背をそっとかがめて、内緒話をするように教えてくれる。


「旦那様は鉱山夫を夜逃げしたと見せかけて奴隷商に売りつけ、カルロス様は何も出ないはずの鉱山を担保に闇金に手を付けてます。ちなみにその闇金は使用人頭のリークで、鉱山から中毒性の高い鉱毒が得られるのを知っています。奥様は使用人の手引のもと、その闇金のトップと前々から肉体的関係を持っておりまして、実際のところ、セレーナ様はおそらく旦那様ではなく、そのお相手の方との不義の子だと思われます。なお、おそらくスキルではございませんが、奥様も魅了系の魔法が使用できる疑惑がありまして、こちらは調査中でした」

「ちょっと待って、情報量が多すぎるわ」


 私の想像を遥かに超えていく内容量だわ。

 脱税とかで、領民の血税をちょろまかしているくらいだと思っていたのに、私の実家、救いようがないくらいにまっくろくろすけじゃないの!


「それでよくこれまでバレずにこれたわね!?」

「そのバレるかどうかの線を見極めていたのが、おそらく奥様です。魅了系魔法を使用して、多少の矛盾点をごまかしていたのでは?」

「シグルド、お母様が魅了系魔法を使えると思った根拠は? お母様から魔法の痕跡なんて感じたことがないのだけれど」

「認識阻害の魔法具を使用されています。一度、その魔法具の調子が悪いとかで、使用人に修理をさせるように申しつけているのを聞きました」

「本当に貴方、地獄耳ね……」


 私の従者が優秀過ぎて怖いわ。

 でも、挙げられた我が家の真っ黒な話を聞いてしまうと、シグルドが下手につつかず口をつぐんでいたのもよく分かるわ。これ、うっかりつつけば、確実に私にも飛び火したわ。


「確かにこれだけ並べば、一族郎党、断罪になりかねないわね。父の人身売買は、証拠が上がれば言い逃れできないわ。闇金方面は借金の問題だけれど……」

「鉱毒が出ると知りながら、売り飛ばそうとするのは危機管理能力が疑われますのでアウトです」

「ぐぅの音も出ないわ」


 本当に我が家、ろくでもないわね!

 あの純粋だった義弟ですら、ろくでなしに染まってしまって!

 私を人身御供にして、自分たちは贅沢している人でなしどもとか思っていたけれど、人でなしどころの話じゃないわ! 冤罪かけられている私なんかよりも、彼らを断罪するべきでしょう!! 騎士団ちゃんと仕事して!!!


「さて、その上でお嬢様はどう動かれますか?」

「ちなみにだけど、お父様が鉱山夫を売り飛ばしていたっていう奴隷商は、どういう伝手で?」

「着目点、素晴らしいです。闇金と癒着してます」

「そこまで調べていた貴方が怖いわ。でもそうね。それなら、やることは一つね」


 私は不敵に笑ってみせる。

 外套からはみ出している短くなってしまった黒い髪が、風に吹かれて揺れている。

 一際強く風が吹いて、前髪が巻き上がってしまったから、私の忌まわしい金の瞳がシグルドに見えてしまったかも。

 それでもシグルドは昔から、私から視線を外すことはなくて。


「奴隷商を潰しましょう。この国で奴隷は違法だから、そこから芋づる式に我が家と闇金が釣れるはずよ」

「具体的手段は?」

「拠点を私の魔法で吹き飛ばしてあげる」

「ご令嬢とは思えない力技、惚れ惚れしますね。ただ魔法で吹き飛ばす前に、罪なき奴隷達は解放してあげてくださいね」

「当然よ! 私を誰だと思っているの!」

「アニエス・ミュレーズ様。俺の生涯の主人で、最愛の人で、そろそろ一線超えさせてほしいお嫁さん候補です」

「貴方、家を出てから欲望に忠実になったわね」

「貴方を手籠めにできる日が待ち遠しいです」

「言い方!!」


 私はまだ貴方と結婚するなんて言ってないし、そんな日が来るのも望んではいないんですからね!


「残念です」

「何も言っていないわ!」


 真顔で私の心を読むのはやめて。


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