第十話:『香城事件』-①
―― 都内の会社員が死亡。現場には連続窃盗犯も!?
朝起きて目にしたニュースは、珍しくはあるが自分にとっては他愛のないニュースだった。
恐らく何らかの情報が出るだろう仁科さんの事件のニュースを待っていた自分は、テレビのモニターに顔を向けた瞬間に胃がひっくり返りそうな程の衝撃を受ける事になった。
現場の映像が、とても見覚えのある自宅だったからだ。
急いで彼女の――藤堂さんの自宅に向かえば、すでに周辺は警察官によって封鎖されていた。現場保存のためである。
そして彼女は警察でその時の状況を説明せねばならず、結局未だに会えていない。
「連続婦女暴行事件に被疑者らしき男達に、今度は窃盗犯……か」
仁科さんの事件の時、あれが偽装でなければ彼はあの男たちを殺害した後に自殺していた。
今回はどうだ?
流れているニュースでは、自宅へ戻った二人が空き巣と遭遇。その後もみ合っているうちに男性が空き巣を殺害してしまうが、その後男性も死亡してしまったという所だけだ。
一件、遭遇時に空き巣に暴行を受けながらも反撃し、双方が命を落としてしまった。
……と、いうように聞こえるニュース内容だが……。
(まいったな……)
連絡先として教えていただいていたスマホの番号にかけてみても、繋がる事はない。
思った以上に取り調べが長引いているのだろう。
(ご主人の職業は普通の……というか一流食品会社の研究職という話だったな。学生時代は写真部で賞をもらったことがあるとか)
本当に仲が良かったのだろう。
結婚して三年になるが、喧嘩らしい喧嘩はしたことがなく、祖父の世話をすることになってもキチンと協力してくれたと、詩織さんは嬉しそうに話していた。
「百歩譲って詩織さんを守るために殴り合いをしたとしても、殺せるほどの技能があるようには思えんよな」
状況から空き巣との格闘は……なんというかゲームっぽい言い方になるが、唐突な遭遇戦だったハズだ。
暴力と無縁の……いや、仮に喧嘩慣れしている人だったとしても殺すなんて無理だ。
(でも、実際に死亡するほどのけがを負わせている。……もし、俺が見た仁科さんの現場と一緒ならば、恐らく喉か心臓への一撃)
昨晩、あの現場に駆け付けたご主人をこの目で見ている。
車の中に荷物を残していただろうが、パッと見で武器になりそうなものは――
(ポケットにペンを差していたな。ポケットの底部にインク染みが付いていたし、普段からそこに差していたんだろう)
となると、いざって時にそれを使う可能性は確かに高いか。
「仮にスキルならば、その元になった人間がいるハズ」
本来スキルなんてものが行動を強制するほどまではいかないという話だが、それでも共通しているのは二つ。
犯罪者を確実に殺し、その後自分の手で自分を殺すということだ、
「殺人事件……殺人……犯罪者を狙った殺人事件……」
単語を変えながらアレコレネットで検索をして見ている。
ここ数年でも、それこそ藤堂夫妻のように空き巣――いわゆる素人空き巣と出くわしてしまってもみ合いになったという事件なた数こそ少ないがチラホラある。
(強盗殺人事件の犯人グループを返り討ち……その場にあったゴルフクラブで応戦……違うな。なんというか、もとやり口がスマートな奴だ)
近年の事件でそれらしいものは見当たらない。
ひょっとしたら海外の事件かもしれないが、まずは国内の事件を探ってみる。
(あったとしても、やっぱりほとんどはいわゆる遭遇戦。狙って殺し続けたなんて事件は……)
殺人の前にスペースを開けて『連続』という単語を追加して検索し、しばらく検索結果を辿ってみる。
こうしてみると犯罪が多く、目にしたことのあるニュースから地方で起こった、それでも凄惨な事件まで多々表れてきた。
その中で確実に犯罪者を狙った、まるでプロの殺し屋みたいな殺人。
(そんな技術を持っているのは……軍人とか、あるいは暴力が身近な物騒な地域の生まれ……いや、生まれというか、そこらへんに住んでいたり活動していた人間か)
最近では落ち着いてきたが、十年くらい前までは海外の情勢が非常に危うく、そういった地域へのさまざな支援のために様々なNPOが現地に飛んでいたりしたハズ。
自分の知る頃では大きなニュースはなかったが、それよりも前では現地に飛んだ法人職員が紛争や災害に巻き込まれる事があったと聞いたことがある。
時間軸をもっと掘り下げて検索しよう。
10年前……20年前……。
あった。
犯罪を犯した者だけを狙った連続殺人犯。
当たりかどうかはまだわからないが――
「……
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「
「なんだ、警察学校で習ってねぇのか?」
「すみません。……はい、スキルで得た知識の中にもないようです」
犯罪者を意図的に狙う殺人犯。
もし、これまでの事件が全てなんらかの違法スキルに起因しているモノであるならば、その技能の出元となる人物がいるハズ。
そう考えた伊万里刑事は、署に戻ってからベテラン刑事であるペアの三枝に相談をしてみた所、答えがあっさりと帰ってきた。
「香城カスミ、当時……二十六か七だったか。地域紛争が激化していた欧州での救助活動に参加していたNPOの職員だった女だ」
「……なんだか、殺人事件という言葉から最も遠そうな感じの人ですね」
「そうだな。……元々は医大をいい成績で卒業したエリート様だったんだが、どういうわけかNPO。それも最前線で活動する組織に参加した」
三枝という刑事今時ほとんど使わない、わざわざプリントアウトしてきた資料をまとめたファイルを取り出し、乱暴に伊万里へと突き渡す。
「医大での知識や技術を用いて現地民の医療援助を行っていたが……紛争地帯は紛争地帯だ。兵士じゃなくても略奪は横行していたし、医薬品や医療器具なんていう高値の付きそうな物なんざ、連中からすればお宝だ」
「……襲撃を?」
「ああ。そして略奪者に応戦する中で、日本にいたら目覚めなかっただろう才能に目覚めちまったのさ」
資料の中にはいくつかの写真のカラーコピーも入っている。
免許証の拡大写真と思われる写真もあれば、おそらくその『現場』での写真だろう、医大の出身者で持つ者は少ないだろう自動小銃を構えている姿が映っている。
「現地での略奪被害が酷かったようでな。撤退が決定した頃にはもう民兵や武装難民が近づいていて……医療ベースにいた怪我人や病人、そして同僚たちを守るために、怪我人どころか死人を量産するハメになっちまった。……で、まぁ、やっぱりそれが問題視されてな」
「日本に帰国しNPOから離脱。その後しばらくは地元の介護施設で働きますが……その時に殺人を……」
「戦後どころか、日本史上でも単独犯としては最大数の連続殺人をな」
そして新聞のスクラップも。
最初の記事は当時のまだ犯人が不明だった時のモノで、『謎の刺殺体。被害者は連続強盗殺人犯!?』という見出しが目立っている。
「殺害方法は多種多様。刺殺や絞殺もあれば、状況によっては毒も使っていた事が判明した。……そのいくつかは自殺に見せかけられていて、本人が自供するまで分からなかったモノもある」
「本当の自殺を自分の殺人だと偽証した可能性は?」
「当然、そう考える奴もいたが……本人の証言を頼りに捜査をすれば、彼女の証言を裏付ける証拠がボロボロ出てきた。……言われるまで誰も気づかなかった死体の山もな」
写真に写っているのは、黒い髪を肩のあたりで切っている大そうな美人である。
当時二十代だった『香城カスミ』という女性は、それはモテただろう。
……普通の生き方をしていれば。
「なぜ、彼女は犯罪者への殺人へ踏み切ったのでしょう?」
「向こうで色々『ナニカ』を見すぎたんだろう。当時、香城カスミを担当した取締官は俺の先輩だったが……こう言ってたよ」
―― あれは悪だ。悪という物に対する絶対の憎悪が煮詰まり、結果、悪になった。
―― 生半可にあの女の内面に触れていいものではない。
―― 警察官である私達なればこそ……たやすく飲まれる。
―― 長くこの仕事を続けたいなら、あの女には近づくな。
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