第八話:拡散する悲劇

「本当に……仁科さんが!?」


(ああ、やっぱり同一人物だったか)


 思わずと言った感じで口にしてしまったが、やはり顔見知りだったようだ。

 その人のチャンネルを教えてくれと言ったら、仁科さんのチャンネルそのものであった。


「……いや、でも……無理ですよそんなの。スキルはそこまで強力な物じゃないッス」

「思い当たる物もないか?」

「正直、誰か別の人間がそれをやって、雨宿りに入ってきて目撃してしまった仁科さんを殺して偽装したって方が納得できます」


 うん、だよな。

 だけど、凶器はおそらく仁科さんが購入したあの釣り用のアーミーナイフで間違いないだろう。

 つまり、最初からそこにいたのは間違いない……ハズ。


「例えば、警察官になって警察学校に入学した時にいくつかのスキルを落とすのが必須になってるんですが、その中に逮捕術基礎っていうスキルがあるんですよ」

「逮捕術ってことは……つまり格闘技?」

「ですです。いわゆる古武術をベースに組まれた警察官向けの体術なんですが、そのスキルを入れる時にも凄い検査があるんですよ」

「スキルが安全かどうか?」

「それもそうですが、なによりスキルを選ぶためのの身体検査ですね。身体機能強化系のスキルは、体に合った物を使う必要があるんですよ、身長や体格に近いスキルってのが用意されてるんです」


 付き合いのある人間が被害に――あるいは加害者である可能性が出てきたとなって、透の奴も真剣に話にのめり込んで来た。


 酒よりも焼き鳥で腹を満たす方を優先させながら、透は話を続けている。


「さっき言った通り、スキルっていうのは基本的に他者の感覚の劣化コピーなんですよね。つまり、特に体を動かす物に関してはその元になった人間の感覚に引っ張られることがあって、場合によっては事故を起こしかねません」

「……体格差とかか?」

「はい、それに筋肉の付き具合とか。だから体を本格的に動かすスキルは病院に行かなきゃダメですし、技能移植免許の二級以上を持っている医師の管理の下で、聴覚や触覚をフルに活用した……いわゆるフルダイブ方式じゃないと取れないようになってます」

「? スポーツ系のスキルは? テニスとかバスケとか野球とか……スキルの販売サイトで見かけるけど」

「アレは機能を限界まで落として……なんといいますか……『なんとなく動きは分かる』程度まで落としていますので……結構動作確認厳しいんですよ。何人もの審査官が実際に落として動かしてみて、引っ張られるような感覚を全体の二割以上が感じたら審査即落ちだったり」


 思った以上にスキルは万能というわけではなさそうだ。

 いや、確かにテレビなんかの特集でもそういう事は言っていたが、まったく使ってこない生活を送って来ていたからなぁ。


「無理やり達人レベルにまで引っ張られるスキルっていうのはないのか?」

「ない……ことはないですけど、それらは全部いわゆる違法スキル――あるいは非合法スキルって呼ばれる物ですから」

「……裏ルートか」

「それにそこまでいくと反作用が酷くて、下手すると一生モノの障害が残ったりしますから」


 障害、かぁ。

 リスクがあるのが手を出さない理由にはならない人間もいるが、、


「有名処だと、薬物の酩酊感をコピーしたスキルドラッグなんてのもありますけど……そういうのも含めたアングラ系はちょっと自分の専門じゃないッスね」

「詳しい人間を知らないか?」

「そう言われても……」


 知らないのか?

 いや、まぁ、メディアに出る人間だしアングラ関連をうかつに踏むと致命打になるか。

 俳優の忠次兄さんも、アレで結構気にしているみたいだし。

 

 …………。


 女関係以外は。

 結婚した奥さん、苦労するだろうなぁ……。


「ただ、そういうのってアングラご用達の匿名SNSで取引されるのが普通です。仁科さんに相談された時に、スキルを取る際はお医者さんと相談しながら行政サイトで推奨されている物から始めると良いって答えてるから、そっちに行くとは思えないんです……実際、ほら」


 先ほど仁科さんの動画をチェックしてからそのままになっていたノートPCを操作してこちらに見せる。

 そこにあるのは、仁科さんがこれまでにアップロードした動画を一覧にして、時系列順――つまり古い順に並べた物である。


「……本当だ。初めの頃はタイトルに『国立技能開発センター推薦のスキルを試してみました』ってわざわざ書いてある。ナンバリングまでして……」

「最初の一年間はそちらを主に入れていたんですよ。で、体力が戻ってからは俺が薦めたのを試し始めてますけど、俺も基本的には国――厚生省が推薦している奴の中から選んでますよ」

「最近もそう、か」

「ええ。ほら、動画詳細の部分にスキルの正式名称に登録番号、ついでに入れた場所も書かれています」

「……入れた場所?」

「念のために病院や専門の施設で入れてもらうフルダイブ式を勧めていたんですよ。それこそ、対応電話なんかによる音響信号で手軽に落とすタイプに慣れたら、間違えて違うスキルを落としてしまうことも考えられたので」


 なるほどなぁ。

 やっぱ人に薦める際には、この男も相当気を使っていたんだと改めて感心させられた。


 さっきから自分の方の酒もツマミも手元で途絶えることはないし、さすがである。

 ……そういえば一緒の店で働いていたころに、掛け持ちで飲食もやってるとかいう話をした覚えがあるな。


「だから、警察の方でも調べているとは思いますけど、落としたスキルの履歴はかなり鮮明に残っていますし、怪しい物に手を出すような人でもありませんので……スキルは考えづらいかと」

「となると、やっぱ別に犯人がいたのかな」

「……まぁ、俺は現場見てないんでなんとも言えないんスけど」


 うーん? と唸りながら焼き鳥をビールで流し込み、透は首をひねって、


「海外のマフィアなんかに、勧誘した軍人の経験を無理やりコピーして他の兵隊に落とさせている……なんて話は確かにあります。けど、それがどれだけ効果出てるかまではちょっと分からないんですよね」

「……お前の考えではどうだ?」

「即席で最低限の兵士を作るって意味だとまぁ、効果あると思いますよ? ただ、せいぜい銃火器の扱いとか程度じゃないですかね? 格闘とか狙いを付ける感覚まで完璧だとは思えません」

「やっぱ無理かぁ」

「それこそ相当実験というか、精密調整を繰り返さないと……ですね。でも、規制が厳しい日本でそれが可能な場所を確保するのは相当難しいですよ」


 これだ、と思ったんだけどやっぱダメだったか。

 いや、自分のスキル不審が好奇心と合体して勝手に興奮して騒ぎ立ててしまっているだけなのかもしれない。


 …………。


 よし、飲もう。

 飲んで食べて、とりあえず油断するとあの光景と共にフラッシュバックする腐敗臭の事は忘れよう。


「透、ちょっとコンビニ行ってくるわ。酒補充してくる」

「まだ1ケースあるのに!!?」







◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇







「詩織、大丈夫かい?」

「ええ……。ごめんなさい、アナタ。」


 警察の事情聴取はかなりの時間がかかった。

 あの廃工場で起こった惨劇……について聞かれる事はなかったが、祖父である仁科にしな征史もとふみの、失踪する前までの動向をひたすら聞かれたのだ。


 何度も、何度も話をして、帰る頃にはとっくに深い夜になっていた。


 夫の藤堂夏雄も、仕事で疲れていた体にムチを入れて車を運転してくれている。

 自分でもそうだったのだ、あの臭いや祖父の死に顔を見て、さぞ疲弊してしまった事だろう。


 いつもならば運転中、夫に適度に話しかけているのだが今は自分にそんな余裕はなかった。

 逆に話しかけてもらって、どうにも申し訳ない気持にあるが、同時にありがたかった。


 五分か、あるいは十分か。

 ようやく、ようやく自宅へとたどり着いた。


 車を車庫に――いつもならば綺麗に後ろから入れるのにそんな余裕もないのか、夫は頭からやや乱雑に止める。


 それぞれ荷物はほとんどない。

 さっと車から降りて、限界へとたどり着く、そして扉に手をかけ――


「……アナタ」

「どうした?」

「私、鍵をかけ忘れていたかしら?」

「ええ?」


 差し込んだ鍵が、何の抵抗もなく軽く回った。

 反射的に、音を立てないようにゆっくりとノブから手を放して、車に鍵をかけてから追いついてきた夫を振り返る。


「……いや、出る時に運転席から君を見ていたが、確かに鍵をかけていたよ。ちょっと待って」


 夫が自分の肩を掴んで、下がらせる。

 その手が緊張しているのがすぐに分かった。


 殺人事件の現場という非日常から離れても、気持ちがそこから戻れていないのもあるのだろう。

 自分も、それに夫も。


 まるで、たまにテレビでやってる昔のB級ホラーの登場人物のように主人が自分の盾になって扉をゆっくり開けようとノブを回し、ドアを引いた――



「どけえええええっ!!!」



 いや、引こうとしたその瞬間に、誰もいないハズの家の中から、リュックを背負った小太りの中年男性が飛び出してきた。

 ニット帽で頭を覆い、黒いマスクで口元を隠した男が、金属の棒を握りしめて飛び出してきた。


「泥棒!?」


 とっさに夫が自分を横に押しのけて、自分は玄関脇に尻もちをついてしまった。


 夫は一瞬、虚を突かれたように無表情でポカンと金属棒を自分に目掛けて振り下ろそうとしている男の、隠された顔を見つめ――


 そのまま迷わず、左手を伸ばしたかと思えば男の首を掴み、男の首に思い切り親指を食い込ませていた。


 今度はこちらが虚を突かれてしまった。

 夫は暴力なんて苦手な人だ。

 口喧嘩ですら、碌に出来ないような人間なのに、それが迷いのない顔で、腕一本で、少なくとも自分より体重のあるだろう相手を押さえ込んでいる。


「ナツさん!」


 思わず、交際していた頃の呼び名で呼びかけてしまう。

 だが夫はまったくこちらを見ない。

 まるでその名前を知らないように反応一つ見せないまま、右手でワイシャツの左胸ポケットを探る。


 夫は報告が入って、会社から直接駆け付けて来てくれた。

 当然、そのスーツは仕事着である。

 仕事場でパソコンを使う事が普通であっても、書き仕事もそれなりにある。


 だから当然、すぐに取り出せる所に入っていた。

 何の変哲もない、ボールペンが。


 今時珍しいキャップ式のソレを右手でナイフのように構え、夫はらしくなく乱暴にキャップに噛みつき、乱雑に外してそれを吐き出す。


 必死に金属の棒で、私達を打ちのめして逃げ出そうとしていた男――おそらく泥棒と目が合う。

 思わぬ反撃を受けて、どうしていいか分からないという虫のいい目だ。


 そして夫は――自分が良く知っているハズの男性は、まるで別人のような顔でそのまま、





 鋭いペン先で、侵入者の喉を貫いた。



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