第七話:技能移植とは

(まさか、こんな仕事になるとは……)


 死体を見たのが初めてというわけではない。

 浮気調査の報告書を渡しに家を訪ねたら、その前の道路でどう見ても手遅れな交通事故に出くわしてしまったこともあったし、依頼人の家の隣から異臭が漏れている事に気付いて警察を呼んだら中でご老人が孤独死していたこともあった。


 だが、明確に殺害された死体を見るのは人生で初めてだ。

 それもあんなに大量に……思い返しただけでまた吐きそうになる。


(詩織さん、大丈夫かな……。かなりお爺さまと仲は良好だったようだし……)


 伊万里という刑事から一通り事情聴取を終えたあと過ぎに、主人の夏雄さんと共に現場に駆けつけてきた。

 亡くなったという可能性は薄々頭にあったのだろうが、事件性があるとまでは思っていなかったのだろう。

 到着した時も、事態を呑み込めていない顔のまま刑事さんと話していた。


 さすがに直接顔を見せるのではなくまずは写真での確認となったようで、パトカーの中で夫婦揃って何かを見せられていた。


 その後、一応声をお掛けしたが足取りが覚束なく、結局互いに曖昧に頭を下げ合っただけで別れてしまった。

 彼女も混乱していたのだろうが、自分も混乱していた。


 結局どうにかこうにか自宅に帰り着いて眠れない夜を過ごし、朝方伊万里という刑事と連絡を取って警察署で改めて聴取を受けて再び帰宅。


 この時点でもう疲れ切っていたし、簡単に回復する物でもない。

 事務所も締めて、ソファーに横になってからもうどれだけ時間が経つか。


(……俺としたことが、現場の写真一枚撮らずに逃げ出してゲーゲー吐くとか……)


 正直、思い返すだけで死臭が鼻の奥で蘇り、食欲が失せるを通り越して吐き気が戻ってくる。

 だが、あの時の光景は――


「倒れていたのは五人。全員首から出血していた事だけは、なんとか確認できた」


 予定などをササッと書いておく壁掛け式のホワイトボードを手に取り、思いついた事を書き出していく。


「うち二人はかなり体格が良かった。……いや、しっかり見てなかったから肥満体だった可能性もあるけど、すくなくとも仁科さんよりはかなり大柄。ほか三人も、それなりに肉は付いていそうだった」


 ボードに『体格差、人数差がある』と書き足される。


「……本当に老人一人で若者五人を殺せるのか?」


 さらにそこから矢印を伸ばし、『共犯者の可能性?』と『別人犯行?』の二行を追加し、ピンと来なくて首をひねる。


 意味のない思考である事は重々承知している。

 そもそも、警察の方がとっくに不審点にぶち当たって、それに沿った捜査を続けているハズだ。


 自分でも分かっている。

 これはどこか下衆染みた、好奇心を満たす気晴らしに他ならない。


「喉元を狙うには、真正面からにせよ背後からにせよかなりの力がないと難しいだろうな……」




「力か、あるいは……技術か」







◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇







「それで、相談ついでにここで飲もうって?」

「悪いな。スキル関係の話に詳しくて相談できるのがお前しかいなかった」

「それならいつもみたく焼肉屋なり居酒屋なりで飲みましょうよ。何が悲しくて野郎二人で宅飲みチョイスなんすか?」

「物騒な話を外であんましたくないんだよ」

「人ん家に物騒な話持ち込んで来た!!??」

「安心しろ、酒と肉も持ち込んで来た」


 篠崎 透。


 実家を出てから探偵稼業を始める前、興信所に勤める前のバイト生活の頃に同じ店で一緒に働いていた、新東京都に上がって初めての友人で、そしてスキルに関するブログや動画をネットに上げている有名人でもある。


 二十代で、かつ顔も悪くないのもあって、テレビにもスキル関係のニュースや特集の際にコメンテーターとして出演している。

 スキルに関する話を聞くなら、コイツしかいない。


「……それ、『松っちゃん』の焼き鳥です?」

「おう。ほれ、この通りガッツリ買ってきた。冷めないうちに始めようぜ」


 コイツのお気に入りの店――まぁ、コイツの場合は味じゃなくてそこのバイトの子が目当てなだけだが――の焼き鳥が入ったやや大きめの袋を下げておく。


 使い捨てのパックじゃなくて向こうの大皿に入れてもらってるから、コイツが返しに行く理由にもなるし、そうなればあの可愛いバイトの子とコイツが話すきっかけ作りにもなるだろう。


 半透明の袋の中身を見て察したのか、透の奴も数回頷いて小さく笑った。


「分かりました、テーブルの上片すんで、その間にビールはちょっと冷蔵庫に詰めといてください」

「おう、了解」






「つまり、格闘術スキルなどで年寄りが成人男性相手に勝てるようなスキルはあるか、ですか?」

「ああ。あるんだろ、そういうの? 前にお前、テレビで防犯に役立つスキル五選とかやってたじゃねえか」

「まぁ、はい。と、いってもですね……」


 さすがにあのおぞましい詳細こそ話してはいないが、かいつまんで透に状況を説明した。

 一晩経って、今日の昼にはニュースになっていた昨晩の事件に自分が関わっていた事。

 そして、事務所のソファーの上でうだうだ考えていた矢先に思いついた事を尋ねてみた。


「最近はスキル――技能移植技術は近年急速に発達してきてますけど、基本的にはあくまで『感覚のコピー』なんですよ」


 自分と同じく一人暮らしの透の家は、だが自分の部屋と違って物が多い。

 端から端までギッシリ詰まった本棚には、漫画から小説、あげくにコンビニなどに置かれているようなフリーペーパーの類まで詰められており、テレビの周りにはゲームやらパソコンのモニターやらが並べられている。


「元々は身障者の身体機能回復のための技術でしたからね。それがより発展して、個人の持つ感覚――センスをコピーできるようになったんですよ」

「技術のコピーじゃないのか?」

「それが出来るようになったのは本当に最近なんですよね。脳へ伝える電気信号の解析や複製の研究が進んで、感覚だけじゃなく知識の移植も可能になりました。まぁ、それも結局使いこなすのは難しいんですけど」

「……数学スキルを入れた上でドリルを解かせても、全員が満点を取れるわけじゃないとか昔テレビかなにかで見たな」

「そうそう、イギリスの大学がやった有名な実験。知識があった所で、その使い方や思考には影響がない。使いこなすには得た知識を意識して使い込む必要があるんです」


 そう言って透は体を伸ばして後ろの本棚に手を届かせ、そのうちの一冊――中高年者の男性向け雑誌を取り出す。


「高齢者に人気の身体能力改善系のスキルなんてその最たるものです。理屈としては、タンパク質などで構成されたナノマシンを体内に注入、衰えた筋肉や内臓に定着させて、その機能を補いながら馴染ませ、回復させる。当然、それには無理のない程度の運動をした方がいいわけです」


(……えぇと、確か奥様が亡くなられたのが三年前だったハズ。それからスキルと一緒にマイクロマシンを入れて……運動系をしていたのはだからか)


「逆に言うと、特にそういうスキルは使い込まないと意味がないんです。ミツグさん、自炊スキル全然使ってないから料理関係の知識が今曖昧でしょ?」

「いや、なんか味覚が変わった気がしてな」

「? ミツグさんがスキル入れたのっていつ頃です?」

「家を出る少し前だから……まぁ、10年前か」

「ああ、その頃だと味覚調整なんかが曖昧な頃ですね。初登録日がここ五年以内の物ならばかなり違うと思います」


 いや、遠慮させていただきます。

 もう元の味覚は戻って来ないというか思い出せないし、やっぱりなんだかんだで怖いしなぁ。


「老人がそういうスキルを手にしたとしても、まず体力が戻るまでには……毎日真面目に動く人ならまぁ、一月から二月くらいはかかります」

「二か月か」

「はい。で、それから……格闘技系は基本スキルは出回っていないんですが、万が一手に下所でその動きが馴染むには相当時間がかかります。体力が戻りかかっている老人ならなおさら」

「二、三年くらい経っててもダメか?」

「……際どいですね。医療用のマイクロマシンを定期補充して、かつ格闘訓練を毎日繰り返せばどうにか……といった所ですね。ただ、それでも成人男性と比べると体力が劣るので……」

「難しいかぁ……」

「おそらく。どういう人か、は言っても大丈夫です?」


 んん~~。

 もうニュースにはなっている。

 今の所まだ名前は出ていないが、明日明後日にはおそらくもう出るだろう。


(だけどなぁ……)


「数年前に機能回復関連のスキルとマイクロマシン一式を入れて、最近までスキルをあれこれ試してその経過を動画サイトにアップロードしてた人なんだよ」


 とりあえず、詳細を誤魔化して伝えられる部分だけ伝えておいた。

 言ってはならないことを言いふらすような人間ではないが、あまり口外すべきものでもあるまい。


「あぁ、最近多いッスね。有名処になったモッチーさんとか」

「……モッチーさん?」


 待て。確かその名前って――。


「はい、一年くらいスキル関連の動画上げてるお爺ちゃん。一回雑誌の企画で対談した事あるけど、話の面白いお爺ちゃんなんスよ。あの歳で人気配信者になるのも分かるなぁ」

「そのお爺ちゃんは、どういうスキルを手に入れてたんだ?」

「? 大体アウトドア系ですね。体が動くようになってからあれこれやってみたくなったって言って、ウチに相談に来たこともあるんスよ」




「……どうかしましたか?」

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