第四話:アフター・リタイア
「やっぱりありましたか」
「驚きました。祖父が調理器具やらカメラやら、アレコレと新しい物を買い始めているのは知っていましたが、こんなパソコンやマイクまで購入していたなんて」
翌日、俺の電話を受けた詩織さんの運転で、俺は仁科さんの自宅へと来ていた。
こじんまりとした一軒家で、詩織さんの自宅からは車で十五分ほどの場所で、彼は自転車を使ってここから詩織さん達の新居に来ていたらしい。
(老人の一人暮らしなんて埃だらけになるものだけど、ここは随分と片付いているな)
「お爺さまは、結構掃除を?」
「はい。といっても簡単に掃除機をかける程度でして……時々私が掃除に来ていたんです」
「ああ、それで」
恐らく一日の大半をそこで過ごすのだろうリビングには、やや大きめのテーブルがドンと置かれている。
椅子などはなく、床に直接座るタイプの物だ。
その隅に大きめのPCが乗せられ、ルーターから伸びたケーブルが繋がれている。
(そして隅には購入した物品の箱がご丁寧に保管されてると……几帳面だな)
包丁にまな板、皿やカトラリーのセット、小型のオーブンにパスタ鍋、最新のPCに録画機能付きのデジタルカメラ、三脚、ゴルフクラブにノコギリに組み立て式の作業台、プランターや土、肥料のセットに登山靴に釣り具セットに他機能ナイフにリュックとまぁ……
「お爺さんは、お仕事は何をされていたのですか?」
「確か、航空管制官をしていたと聞いています」
ほへー。あまり関わりのない所だけど、いかにも稼いでいそうな職業だなぁ。
実際、医療用マイクロマシンの一括購入といい、これだけの物品を揃えたのといい、それなりに資金はあるんだろう。
「では、失礼しますね?」
「はい」
さて、さっそく調べるか。
パソコンの電源を入れてっと……。
(普段はタブレットの方を使って、こういうキー操作のマシンは使った事がなかったんだろうな。マシンだけじゃなくキーボードもマウスも新品だ)
ご高齢の方はパソコンの方が主な事が多いが、この人の場合は新しい物好きだったんだろう。
購入した商品の箱も、ほとんどが新品、かつ最新のものばかりだ。
(よし、予想通り。パスワードは設定されていない)
一人暮らしで、訪ねて来るのは娘夫婦と宅配便くらい。
しかもこれが動画編集のための作業用のマシンならば、重要情報など入れていないだろう。
(おぉう、デスクトップがショートカットやフォルダだらけ……)
ウチの母さんと同じタイプか。
いやいや、まずはチャンネルの特定だ。
動画サイトに飛べばすぐ分かると思ったが、小まめな性格なのかログアウトされていて肝心な物が分からない。
(……こういう人ならば絶対自分のチャンネルのトップページを、好きな時にチェックできるようにブックマークしてるはず。それも小まめに)
とりあえずネットブラウザを起動してお気に入り一覧を開いてみると、そこそこの量のブックマークがずら~っと並んでいる。
「えぇと、ニュースサイトに旅行系情報サイト一覧、フリーの音声素材やBGMのサイト……それから……」
なんかの略語系の奴は後回し。
こういうのは大体仕事系かアハン系。老人でも性から抜け切れる人間なんてほぼいない。
……ハズ。少なくともウチに来た依頼の最高年齢は六十後半だった。心配している孫娘さんを微妙な気分にさせる可能性は排除せねば。
(あった。β-tubeのトップページとは別に、チャンネルのトップページがブックマークされてる)
「これ。『モッチーの悠☆々☆自☆適☆生☆活』って」
「おそらく、仁科さんのチャンネルでしょう」
☆マークを多用する辺りに世代を感じるなぁ……。
チャンネルを開いてみると、結構な数の動画がアップされている。
「内容としては、スキルを取得した上でのアウトドア系の趣味の動画ですか。……登録者数一万二千ちょっと……結構人を集めてますね」
「し、知らなかったです。お爺ちゃん、こんな事をしてたんだ」
チャンネルのトップページや、動画のサムネイルに間違いなく仁科さんが写っている。
サムネイルを流し見てみるが、ちょいちょい詩織さんの所の犬が写っている物がある。
(散歩がてらに撮影していたのか)
犬が写っている物は……ただの散歩動画――河原や道端に生えている野草の解説や虫の解説なんかだな……。
「車を使って少々離れた所にまで行っていたようですね」
「ええ。散歩に行く時、どこに行くのか尋ねていたのですが、いつも『わからん』と……。なので、帰って来てからどこに行っていたの? と尋ねるようになったんです」
「なるほど……」
今回は車は使っていない。
そうなると徒歩圏という事になるが、ヒント無しでは中々に絞り込みづらい。
(動画に何かヒントがあるかと思ったけど、あれこれ手を出しているから絞りづらいな)
最後に投稿された動画を見ているが、それは車を使って最近出来たドッグランに行ってくる動画だ。
15分程の動画で、最後の方まで一通り流してみたが特に次回何をするといった告知のような物はない。
(料理の実戦動画に家具の自作、写真撮影もそれぞれ作成された動画で使われている)
動画の作成が本当に老後の趣味になったのだろう。
となると、当然出かけたのは動画の作成のため。
「少し、こちらの購入物を調べても?」
「ええ、構いません」
これだけたくさんあれば、何かヒントはあるだろう。
ご丁寧に箱は全部取ってある。
保証書の保存のためだろうが、おかげで把握がしやすい。
(プランターセットは庭先に置かれていた奴か。デスクトップのフォルダの山の中に園芸ってのがあったし、多分これも録画しているんだろう)
念のために大工道具関係は、それぞれキチンと刃物はカバーをかけた上で全て箱の中にそれぞれ納められている。
几帳面だ。使ったものは全て元の場所に戻す癖なのだろう。
(登山靴は未使用のままここにある。リュックもそう。さすがに山には行ってないか)
もし山だったら、捜索が極めて困難な事になってる所だったから助かる。
(徒歩圏で、この人の動画作品の傾向からありそうなのはウォーキングロードやドッグランのある施設。……だけど、そういう所は人目が多い。警察も当然当たっているだろう)
他に動画の種になりそうな物……。
ゴルフクラブはまるごと残っているし、それならさすがに車を使うだろう。
(となると、残るは……)
スキルのリストには入ってなかったが、購入されていた物品の箱のいくつか。
その一つを手に取ってみると、明らかに中身が入っていなかった。
「釣り、か?」
それこそ、どこかで目撃されてそうだと思うんだけどなぁ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます