第三話:名瀬はじめ警視

 捜査会議はひとまずの捜査方針が決定し、終了した。

 すでに気の早い捜査員たちは、夜だというのにもう一度現場を観に戻ったり、あるいは金崎という詐欺師を殺害した後に自害したと見られる釘宮しのぶの住んでいたアパートや実家へ向かっていた。


「久遠、久しぶりだな」

「はい、名瀬警視」


 だがこの二人の女性警察官は、会議室近くに設置されていた自販機で購入した缶コーヒーを手に久々の再開をささやかに祝っていた。


「まさか、この事件でお前に会うとはな」

「はい、ボクも驚きました。本庁に戻ってさっそく出会うなんて」

「ああ、聞いている。目白署で連続窃盗団の逮捕に尽力したらしいな。さすがだな」

「名瀬警視の教育の賜物です」

「お前の場合は、スキルのおかげでもあるだろう?」

「うっ……」


 伊万里久遠という女刑事は、警視総監の娘という事で有名な存在だが、それと同じくらいにスキルを人一倍詰め込んでいる刑事という事でも有名な存在であった。


 警察官は警察学校で一定の基礎体力テストをクリアすると、法律知識や逮捕術基礎を始め、鑑識技術などのスキルを脳に落とされる。


 そのため、スキルという真新しい技術への忌避感が薄い者が若い警察官には増え始めており、伊万里警部補はその最たる者だ。


「交番時代から格闘術を始めアレコレ手を伸ばしていたからな、お前は……まさか、今もか?」

「さすがに今は落ち着いていますよ、名瀬警視」


 目ぼしい物は大体取り終わりましたし、と心の中で付け加える伊万里警部補。

 そのあいまいな笑みから内心を察したのか、名瀬警視は苦笑する。


「私が警察官になったばかりの頃はスキルの使用など許されず、警察学校時代は法学知識を頭に叩き込むのに必死だったのだが……時代が進むのは早いな」

「教養課長の大谷さんも似たようなことを言ってましたよ。最近の新任はボクのように日に日に小賢しくなっていくと」

「ハハ。あまり良い響きではないな」


 時代がどれだけ便利になっても、形も味もそう変わらない冷たい缶コーヒーに二人同時に口を付けて、少しの間が出来る。


「名瀬警視。今回の殺人は、本当に釘宮しのぶがやったのでしょうか?」

「……確かに妙な点は多々ある。釘宮しのぶは普通の女子高校生だ。学生生活の経歴にも、補導歴はおろか怪しい所もない。交友関係も、いたって普通」

「ええ。ですが、カービングナイフという殺傷には向かない小さな、それも刃の短いナイフで的確に心臓を貫いた後で、自分の喉に突き立てています」

「まさか、殺人の経験があったと?」

「いえ、さすがにそれはないでしょうが」


 現場で直接二人の遺体を目にした伊万里は、まず周囲に乱闘の痕跡がない事に驚いたのだ。

 二人とも多少衣服は乱れていたが、大したものではなく最小の物であった。


「現場の資料から見ると、釘宮しのぶは最小の動きであの小太りの金崎を抑え込み、一瞬で正確に心臓を突き刺した。……綺麗に骨を避けてです」

「それだけを聞くと、とても普通の女子高生の手際とは思えんな」

「はい。ですがそれを実行した。それも一撃で」


 カービングナイフという物を伊万里は知らなかったが、石鹸やフルーツなどに細かい加工をするための小さいナイフだった。

 それで的確に一撃で心臓を貫くのは、普通に考えて難しい。


「動機は分かりませんが、彼女はどこかで未認可の、非合法スキルを手にしたのではないでしょうか?」


 基本的にスキルという物は、全て国が管理している。

 正確には、技能管理局という機関が各技能の作成やその公開を管理している。


 世間で手に入るスキルは、その全てが技能管理局から認定された登録認証番号が割り振られている。


「……人を害する目的で作成された、非合法スキルがどこかに出回っていると? スキルドラッグ以上に技能開発倫理法に喧嘩を売っているな。禁固10年程度じゃ済まんぞ」

「ええ、ボクもそう思います。ですが、存在する可能性は極めて高いと思います」

「そっちを調べたいと? 私が決めた捜査方針を外れるが」

「念のために先に動いておきたいんです。警視」

「全く……親の七光りという噂を払しょくすると息巻いていた頃と変わっていないな」


 クックック、と小さく笑いをかみ殺した名瀬警視――元は伊万里警部補の交番時代のペア長は空になった缶を丁寧に缶専用のゴミ箱に押し入れる。


「分かった。ただし、危ない真似はするなよ? 今は人手が足らんし、私がまたお前と組むわけにもいかんからな」

「了解」







◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇







「ホントに散歩ルートがバラバラだな。てっきり、ちょっと違う道を行く程度かと思ったら……」


 その前の依頼人に調査報告書を渡して調査料を受け取って、さっそく例の御爺ちゃんの散歩ルートを辿っているのだけど、こうして実施に歩いてみると、本当に年寄りが犬を連れて歩いたのかと疑問に思う程だ。


(スキルってすごいのな。いや、あのお爺ちゃん元々は警察官だったって話だし、足腰悪くしても体力はあったって事か)


 歩行機能改善スキルを手にしてばかりの時は、せいぜい近所の公園まで行ってグルっと一蹴してから帰って来る程度だったのが、それでスキルの効果を体感したんだろうな。

 ドンドン距離が伸びていって、方向もあちこちにバラバラだ。


 犬を乗せた上で車で遠くのドッグランや自然公園まで出かけている時もある。

 幸い、今回は車は使っていなかったようだが――いや、車を使ってくれていればとっくに警察が見つけていたか。


(えぇと、歩行機能改善の後のスキル習得一覧は……姿勢改善に認知症対策機能に歯ぎしり対策……あぁ、これはかかりつけの歯科医に進められていたのを受け入れたのか。で、その後民間のスキルに手を伸ばして……住吉レミの高齢者向け料理術Vol.1~5に大丸社の味覚調整スキル、レミー社の歌唱術補正スキル、日曜大工系も数点、それに登山補助に堂本式カメラ撮影スキルに動画撮影スキル……動画編集のスキルまで取ったのか。それも二つ。加えて体調管理用の血液流動タイプのナノマシンと、それに連動するOSスキルを医師立ち合いの下で取得と……)


 最近では退職した年寄りが、好きだった趣味や興味だけは合った事などのスキルを大量に入手してアチコチに出歩くのは軽い社会現象になっている。

 スキルで体が軽くなったように感じて激しい運動をして倒れてしまうのも珍しくないので、最悪その可能性も考えていたが、本人は鍵入れの中に常に免許証を入れているという事だし、仮に倒れていたのなら身元はすぐに分かる。


 見つかっていれば、ではあるが。


(高齢者向けの料理スキル……。典型的な減塩系のヘルシー料理、それに味覚補正を入れたのは、味の薄さを感じたくなかったからか)


 認知症対策や歯ぎしり対策なんかのスキルに加えて、結構値の張るナノマシンまで導入したって事はかなり健康には気を付けている。


(体調の管理兼検査用ナノマシンとその管理や把握のOSスキル含めたワンセット……購入したのは剣城製薬の商品と。えぇと価格は……350万!? たっか!!?)


 高いという事は知っていたが、スマホで調べてみると思った以上に高かった。

 他のスキルとも合わせると相当金懸かってるな。


 スキルだけじゃない。調理道具なんかは先立たれたらしい奥さんの物があったとしても、日曜大工やら写真や動画の撮影には道具や機材、それに材料なんかが必要だろう。


 動画の編集だって……編集ソフトそのものは無料の物もあるけど、それをなめらかに動かすにはそれなりの性能のパソコンが必要だ。今のご時世、そういったソフトの性能は跳ね上がってるから普通のPCじゃすぐにフリーズしてしまう。


 スマホだけでも可能だけど、この人の場合落としたスキルは全部PC用のソフトに関する――


「……そうか、動画だ」


 これだけ多種多様なスキルを取ったのは、投稿用の動画を撮るためじゃないか?

 料理や歌、日曜大工や登山なんかのスキルを取ったのは、動画作成のためだとしたら……。


(スキルを入手し始めたのは三年前。それから一年かけてアレコレが出来るようになって、それで動画投稿をやってみようと思ったか)


 編集系のスキルを入手したのは一年半前。

 もし投稿を開始しているならばその頃だろう。


(ヒント……にはなるかもしれないが)


 探し出せるかどうかだな。

 なにせこのご時世、個人で動画を投稿する人間は数多い。


「……詩織さんに話して、お爺様の自宅を調べさせてもらうか」


 そこのパソコンの内容を調べれば、なにかしらのヒントが出て来るかもしれない。

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