第二話:『スキル』
スキル、かぁ。
「都営能力管理センターは確か、障碍者や高齢者の方向けにスキルの習得を補助する施設……でしたの」
便利ではある。
発表されたのは大体二十年前。実用化されてから、およそ十年くらいか。
他人の技術や感覚、最近では知識までを一種の信号化した上でコピーし、聴覚や視覚、触覚などを通して使用者の脳に馴染ませる。
いやぁ、最初の頃は滅茶苦茶胡散臭がられて、スキル技術の反対派による講義デモやらなんやらで物騒な雰囲気が蔓延していたのをよく覚えている。
当時はまだ子供だったが。
今じゃ簡単な物なら、対応したスマホ一つでもスキルが取得できる時代になっている。
「はい。祖父はスキルという物には懐疑的でして、これまで使用したことは一度もなかったのですが……せめて一人で普通に歩けるようになりたいと高齢者向けの歩行機能改善のスキルを入れてもらった所、その効果に驚いておりまして」
「あの……実は自分もそれほどスキルを利用した事はなかったのですが、そんなに効果が出る物なのですか?」
家を出て一人暮らしを始めた時に、料理やら掃除やらの家事関係のスキルを取ったけど効果が微妙だったなぁ。
「ええ。足を上げるのが辛くて、お風呂もずっとシャワーだけで済ませていたらしいのですが、スキルを入れてからは負担が減ったためか、また湯船に入るのが苦にならなくなったとか……」
マジか。
身体制御の補助系とか怖くて、俺なら絶対に入れる気にならない代物だけど、そこまで効果あるものだったのか。
「九条探偵はスキルを使用されていないのですか?」
「ええ、まぁ。新東京都に来て一人暮らしを始め際に料理や掃除と言った家事スキルを試しに入れてはみたのですが……それまでの自分の好物や部屋の配置に違和感を覚えるようになりまして……それ以来、使う事にも新しく入れる事にも抵抗がありまして」
自炊スキルの影響のせいか、近所のファストフードがなんかダメになってからなんとなく怖くなって封印してしまった。
掃除スキルも、あった所でやる気が出なくて事務所部分の掃除だけだし。
先述した自炊スキルの方も言うに及ばず。
知識や感覚はあっても、手間やその面倒くささが消えるわけじゃないしなぁ。
「それから祖父は、能力管理センターの他に、公認のホームページ等であれこれとスキルを探しては気になったものをお医者様と相談した上で
「つまり、行動範囲も広がったと?」
「ええ。散歩にかかる時間もだんだん伸びて来まして……。スキルは急激に体を変えたりは出来ないと、激しい運動や長時間の散歩は控えるように夫共々注意していたのですが……」
「では、行方不明になるまでに行っていた散歩も、決まったルートがあるわけではない、と?」
「はい。そのせいか、警察の方の捜索でも引っかからなくて……。犬のラッキーだけは帰って来てくれたのですが……。夫はビラを作って配ってみようと、今用意をしてくれているのですが、その話をしている時に九条探偵の事を思い出しまして」
…………。
思い出して?
「失礼ですが、なぜ私に? お住いの所からは少々離れておりますが」
「二か月ほど前に、地域情報サイトで九条探偵の事が書かれた記事を見かけまして……確か、痴呆の進んだご近所のお婆様が徘徊されているのを見つけて、警察が来るまで保護されてたとか」
「……あぁ、あの時の記事を」
そういえば取材が来てたな。
なんか、記者って感じじゃない普通のおっちゃんが来てたから忘れてた。
(さて。にしてもこの場合、依頼料はどうしたものかな……)
身元調査やら浮気調査の場合、着手金に十万円、成功報酬で更に二万から十万円としているんだけど……。
(すでに警察に依頼していることだし、すぐさま発見される可能性だってある。それに、こういう依頼であまり大金を吹っ掛けるのもなぁ……)
幸い、昨日で受けていた仕事は完遂。この後依頼人の所に現像を終えた証拠の写真とそのメモリーカードとフィルム。それに調査報告書を渡して成功報酬を頂けば終わり。
そもそも今月は仕事の入りが良かったんだ。
それなら……。
「通常のご依頼でしたら、着手金に十万円。その後の成果次第で更に二万から十万円を頂くのですが、今回は緊急の要件かつ警察にもご依頼済みという事ですので……経費のみの三万円でご依頼を受けようと思います。それで、構わないのでしたら」
「ええ。ええ、構いません!」
まぁ、妥当な所だろう。
問題はどれだけ時間がかかるかという事だが……一週間も経っていれば警察もそれなりに進んでいるだろうし、ここ最近の稼ぎを思えば、それなりに時間をかけられるだろう。
「どうか、祖父をよろしくお願いいたします!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「被害者は
警視庁では、奇妙な殺人事件についての捜査会議が開かれていた。
現場に臨場していた警察官は全員揃っており、その中には警視総監の娘にして警部補の
「もう一人の被害者……と言いますか、恐らく金崎らを殺害した後に自らの喉を突き自害したと見られる女性も身元が判明しました。名前は釘宮しのぶ、十七歳」
大きなホワイトボードには、小太りの男が写っていた写真を引き伸ばした物と、通っていた学校の学生証の写真を拡大してのだろう、不愛想だが少し愛嬌が垣間見える女性の写真が貼り付けられている。
「釘宮しのぶは一週間前に、大原女子高等学校の帰りに失踪。ご家族から捜索願いが出されておりました」
「失踪、ですか?」
思わず呟いてしまった久遠の問いかけに、状況を説明していた刑事は頷き答える。
「はい、一週間前。つまり5月の29日に友人と共に帰宅し、西区デパートのフードコードで雑談をしていた所までは分かっているのですが、その後友人と別れてからの目撃情報がありません」
「その友人たちは何か情報を?」
「いえ、特に。途中寄る所があると釘宮さんは言っていたそうですが、それがどこかまでは聞かなかったそうです」
なにか手掛かりはないかと、彼女の部屋を調べた時の写真が、女性の写真に貼り付けられている。
壁などには年頃の女の子らしく、お洒落なポスターや小物、小学校の時に使ったのだろう手縫いの壁掛けなどが掛けられている。
(一方で机周りも簡素。手近な棚に積まれているのは資格試験の参考書……いや、問題集か。16歳を超えたから、未成年者に許可されている中で役に立ちそうなスキルを一応取得して、早く脳になじませるために練習していたのかな? なるほど、真面目な娘だ)
伊万里は同じ女性として、真摯な姿勢が垣間見える彼女の部屋の写真に少し好感を持つ。
だが、その彼女は――
「凶器は、やはり彼女が手にしていたナイフでしょうか?」
「はい。正確にはカービングナイフという一種の彫刻刀のような物ですが、釘宮しのぶはこれをネットで購入して、失踪する前日に受け取っております」
「指紋も彼女の物しかついておらず、彼女の遺体や、握りしめていた凶器についていた金崎らの返り血も合わせて考えますと、やはりあの二名を殺害したのは釘宮しのぶ本人で間違いないでしょう」
他の刑事たちも状況を詳しく知るために質問をし、そして状況を整理していく。
つまり、一週間前に行方不明になっていた平凡な女子高生が、ナイフ一本でそれまで警察の目を避け続けていた詐欺グループのアジトを突き止め殺害、その後自害したという奇妙な話である。
「現状、詐欺グループ主犯と思われる男が殺害され、さらに殺害した女性も自ら命を絶った。ここから状況を把握するのは難しいでしょう」
ある程度場がザワめき始めたのを見て、その場で最も存在間のある警察官が、やや大きな声で場を纏め始めた。
美男子と間違われるような美しさを持つ伊万里警部補とは違い、そのまま美女という言葉がピッタリ当てはまるような美貌を持つ女性警察官である。
「
「本事件は不透明な所が極めて多く、しかも被害者は、まだまだ上があると見られる大規模詐欺グループの重要人物の一人です。これを解明することは、我ら警視庁捜査員の必務であります」
名瀬はじめ警視。
警視庁の中でも特に将来を有望視されている、女性警察官は座ったままでも背筋を正して、その場にいる警察官一人一人の顔を見渡す。
「まずは、二人の動きを……特に失踪してからの釘宮しのぶの動きを探ってください。それと、釘宮しのぶと金崎達の関係も」
「殺害したという事は、あるいは彼女も詐欺グループとなんらかの関りがあったかもしれません」
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