第2話 幸福は選べない
人格が形成されるにおいて、何か不思議な知識が浮かび上がってくる。
それは五歳頃までにはもう、はっきりとした自我の一部となっていた。
コルネリウス辺境伯家の三男、ディクスンとして生まれた。
そして自我の確立した時には既に、実母が亡くなっていた。
兄二人は七つ年上と五つ年上。
自分を産んでしばらくして、体力が回復もしきらないままに、生来それほど体の強くなかった母は身罷っていた。
父親似の兄二人からは、疎まれる存在であったらしい。
それのみが原因ではないだろうが、ディクスンのみが亡くなった母の面影を、はっきりと髪の色と目の色に受け継いでいたからだ。
薄い茶色の髪と瞳。
どちらかというと女性的な容姿に思えるが、成長すれば変化もするだろう。
父と接することもあまりない。
ただ屋敷の家臣は普通に嫡出として接してくれる。
噂好きのメイドたちには、少し苛立つものがあったが。
乳母をしてくれたという侍女が、ディクスンにとっては幼少期の保護者であったかもしれない。
父もまた母の面影を持つディクスンに接するには、複雑な思いがあるのだと、慰めてくれたのだ。
家庭環境までは、ポイントでは得られない。
母の死を悲しいと感じることもなかったことは、少し寂しかった。
自我を取り戻したディクスンは、前世の個人の記憶を失っている。
(記憶喪失みたいなものか)
ただ自分は自分である、という認識はあった。
そして転生時の記憶も保持していたのだ。
なぜ自分は前世の記憶を保持しなかったのか。
今のディクスンになってから、前世の自分に腹を立てる。
必要ポイントが多かったからだ、というのは一つの事実だろう。
あとは思い出したくもない記憶が、それほど多かったのだろうか。
自分の人格が形成というよりは、復元されていった感覚。
その中で今の自分もまた、しっかりと認識されていく。
近隣に戦乱の空気を感じはしないが、世界が平和になっているわけでもない。
そもそも前世であっても、世界のどこかでは戦争が行われていた。
この世界のこの国の辺境伯というのは、国境沿いに存在する独自の武力を持つ家柄である。
そして他の地方の辺境伯は、現在戦争を行っている、とも聞かされた。
おおよそ自分の状況を把握すると、不思議なことに気づいた。
世界の様々な固有名詞が、自分の記憶の中にある。
(これはゲームの世界観を元にしてないか?)
前世の日本という国で、かなり売れていたゲームである。
二部作になっていて、ディクスンもかなりプレイした記憶がある。
ゲーム世界に転生、というのは一つのフィクションジャンルとしてあった。そういう知識はあるのだ。
前世の自分は、その設定はあまりにも安易で、都合がよすぎるとも感じていた。
あっさりとそれを受け入れて、ゲーム知識を活用するというジャンル。
馬鹿馬鹿しい話で、ゲームに現実の感覚が全て、適応されるはずもない。
なのに自分の身にこういうことが起こっているとは、どういうことであるのか。
もっともゲームと思って油断すれば、リセットは存在しない。
「これが世界か」
中世後期か近世初期。生活様式はヨーロッパ系のどこかか。
だいたい文明の程度はそれぐらいに思えるが、魔法の存在が大きく技術の発展を左右する。
それでもある程度の判断がつくのは、前世知識と比較するからだ。
ファッションの感覚も似ているが、それにしてもなぜ、ゲームの世界観で存在するのか。
簡単に考えるなら、二つの可能性がある。
一つは誰かが、ゲームを元にしてこの世界を作ったということ。
だがそれは時系列がおかしい。この世界は既に文明発祥以来、数千年の歴史がある。
転生時に時間の遡行でもなければ、ありえないことだ。
もう一つは、転生者がこの世界の歴史を元に、ゲームを作ったということ。
こちらならばずっと分かりやすい。自分も歴史知識を持った転生者なのだから。
おそらく後者だと思えたのは、この現実の以前の歴史に、ゲームの物語があるからだ。
(メインシナリオがおそらくは実際の歴史で、サブシナリオは架空の歴史だったんだろうな)
貴族の家には普通に、歴史の本などは存在する。
文字を早々に読めるようになったディクスンは、調べてみてそう判断する。
一般的な言語は、表音文字であり、文字数もそれほど多くはない。
数字のシステムは10進法で、アラビア数字的な記述が一般的であった。
ゲームでは1が英雄譚的世界観で、2が歴史的世界観であった。
そのラストからおよそ、200年ほど後が今のこの世界だ。
1は主人公が伝説の武器を持つ仲間を集め、それで邪悪な神を封印するというのがシナリオであった。
2はその主人公たちの子孫が、戦争で争い合うというシナリオ分岐型。
2をかなりやりこんだディクスンの前世記憶だが、この世界の歴史書で補強する必要がある。
主人公とその周辺の人物ぐらいしか、ゲームの中では描写されていなかった。
その裏でどのように、国家が動いていたのか。
この歴史を学ぶことが、重要なことである。
そしてもう一つは、この世界のシステムがどうなっているかということ。
そもそも1と2ではシステムが違った、ということもある。
ステータスというのが、果たしてどう反映されているのか。
それに関しては、ステータス閲覧によって、確認出来ている。
性別 男
種族 人間
年齢 5
状態 平常
レベル 1
クラス
ステータス
HP 72
MP 78
筋力 12
体力 12
器用 12
敏捷 12
頑強 12
柔軟 12
感覚 13
魔力 13
知力 13
精神 13
幸運 15
魅力 11
ギフト
前世知識
前世人格
毒耐性LV2
病気耐性LV2
精神耐性LV1
ステータス閲覧LV1
ステータス隠蔽LV3
ステータス偽装LV3
ステータス強化LV1
ステータス成長LV1
レベル上限突破LV1
レベル成長LV1
スキル獲得LV1
スキル進化LV1
スキルポイント獲得LV1
スキル成長LV1
クラス取得LV1
経験値閲覧LV1
熟練度閲覧LV1
身体強化LV1
高速回復LV1
高速治癒LV1
気配感知LV1
隠密LV1
魔力感知LV1
魔力操作LV1
努力LV1
良成長LV1
静謐の血統
スキル
算術LV3
博物学LV1
理学LV1
古代魔道語LV1
ステータス閲覧で見られる、偽装していないディクスンのステータス。
ゲームでは個人スキルと共通スキルであったが、
取っていないはずの算術がLV3であるのは、前世知識の中でも特に、数学知識が発達していたからだろうか。
共通語などはスキル化されていないし、古代魔道語は色々と調べている間にスキル化された。
古代魔道語は表意文字が使われていて、接続詞や助詞に平仮名を使ったようなものである。
周囲の人間はあまり、ステータスを気にしていないように見える。
そこから思うにディクスンのポイント配分は、失敗とまでは言わないが最適ではなかったのだろう。
五歳の子供が、既に筋力などのステータスが12のままというのはどうなのか。
ゲームの中ではそのまま、力を表すものであった。
しかし転生後のこの世界では、素のデータの補整値のような気がする。
レベルが上がればステータスが上がるのか。
ただ元となる筋力が、子供では全く違う。
補整値があったとしても、非力な子供であればあまり意味がない。
5kgを上げられる人間が、ステータスで20%筋力をアップしても、最初から10kg上げられる人間はたくさんいる。
もちろん補整値をどんどん上げていくのは、無駄なことではない。
補整値の上げ方は、レベルによって上昇するのだろう。
自然と当たり前のように知っていく知識もあれば、本から得られる知識を他の本で確認したりもする。
そして自分のポイント配分を、どうすれば良かったのかも分かってくる。
またレベルやステータス、そしてレベリングにクラスなど、色々と分かってきた。
レベルやスキルなどはそれぞれ、成長を管理している神がいるという世界。
ステータスにはここまで、ポイントを配分する必要はなかった。
毒耐性やステータス関連スキルはともかく、ギフトをもっと選ぶべきであったのだ。
身分に14ポイントも使ったのは、この世界のシステムを知るために、必要であった投資だと思う。
平民は識字率も微妙であり、何より古代魔道語を学ぶ機会がない。
本ぐらいは持っているかもしれないが、古代魔道語の辞書は貴族しか持っていないであろうからだ。
(ステータスに使ったポイントは、おそらく良成長に使っておくべきだったな)
このギフトをレベル2で持っていれば、初期ステータスの差はすぐに埋まっていたであろうからだ。
むしろこのギフトこそ、ステータスの分は全て使っても上げておいてよかったかもしれない。
ギフトの中でも強力な分類だと思うのだが、レベル1を1ポイントで取れた。
ステータス値を初期のままに、このギフトを上げておくべきであった。
ギフトは先天的なスキルであるが、後天的に習得することが可能なものもある。
しかし良成長はあまり、後天的に取得出来ないものであるらしい。
他にはHP消費軽減や、MP消費軽減なども、あの場所では選べた。
今ならこの消費軽減系が、ものすごく役に立つことが分かる。
他にもとんでもないポイント消費量で、使えるようになるチート能力もあった。
しかしそういったリスクのありそうなものは取る判断が出来なかった。
せめてもっと時間があれば、考慮することも出来たであろうが。
レベルに関しては、魔力を持つ存在を倒すことで、力を吸収してレベルアップするらしい。
ただこれには制限があり、自分より低いレベルの相手は、倒してもほとんど経験値を得られない。
高レベルの人間はパーティを組み、自分たちより高レベルの敵を倒す必要がある。
しかしここには抜け道がある。
成長率には差があるため、同じレベルでもステータスなどが近いとは限らない。
ステータスの成長量を増やすのが、良成長というスキル。
相手よりも低いレベルでありながら、ステータスを圧倒的に高くできるという、これはチートに近い。
ただスキルとしても分かっているのだから、どうにかギフトのレベルを上げることも出来るかもしれない。
他には同じ種族同士で殺しあうと、あまり経験値にならないという仕組みもある。
確かにゲームでは人よりも魔物の方が経験値は多かったし、もしも人同士で大量の経験値が入るなら、戦争は多発し、犯罪者も凶悪化するだろう。
また高レベルの人間を冤罪で犯罪者とし、経験値にしてしまうというシステムすら考えられる。
実際にそういった犯罪者の処刑は、貴族が行っている国が多い。
ただ全てのギフトが分かったわけではない。むしろ少ない。
努力という微妙そうだが1ポイントで取れるギフトは、かなり調べたが詳細が分からない。
詳細について調べるための、他のギフトやスキル、魔法もある。
しかしそれを今、誰かに使ってもらうわけにもいかない。
まだ自分の異常さを、他に知られるのはまずいからだ。
成長関連のものは、分からないものがいくつかあった。
専門的な学問が必要なのかもしれない。
成長で重要なのは
他のゲームならジョブといったところかもしれないが、これは自分に適性のあるクラスに、チェンジすることが出来るというもの。
例外もあるが生まれてすぐには、何も適性があるはずもない。
だがクラスを選択することで、ステータス補整がかかり、成長率への恩恵もあり、クラス特有のスキルを習得することも出来る。
ゲームならば戦闘職ばかりになるのだろうが、この世界では一般的なクラスもある。
農民、商人、学者といったクラスである。
農民などは筋力や体力の成長補整が高いので、案外馬鹿にならないらしい。
戦国時代の農民が、そのまま兵になっていたことを考えると、当然なのだ。
クラス取得というギフトは、必要なかったのかもしれない。
これがステータスの数字に振るぐらいなら、良成長スキルのレベルを上げるべきであったという理由だ。
あとは消費軽減スキルを取っておけば、スキルや魔法にかかるHPやMPを軽減することも出来たのだ。
それはスキルや魔法の使用回数を増やし、実際の戦闘で使える量を増やすだけではなく、訓練で使える回数も増やすことになる。
すると多くの訓練が可能となり、熟練度も上げやすくなる。
またレベル上げをするにおいては、ステータスの上昇度は本人の資質である。
そしてレベルを上げるために、どのように戦闘していたか、それも関係する。
ステータスによる補整よりも、スキルによる補整の方が強かったりする。
まずは10歳以降に受けられる、クラス選択。
それまでにどのようなスキルを身に付けられているかが、選択肢を増やす。
今のままのスキルであると、おそらく戦闘職ではなく、一般職のクラス適性はあるのではないか。
周辺が平和であるなら、むしろそちらの方がいいかもしれない。
ただ辺境伯は、軍事権を持っている。
嫡出のディクスンは、将来戦場に立つ可能性がある。
ならば生き残るために、戦闘スキルを磨く必要がある。
今から思えば消費ポイントは高かったが、予知というギフトを取っておけば良かった。
転生先の世界は分からなかったが、転生後の未来なら、ある程度は分かるスキルだったのだろう。
するとより適切な選択が出来るはずだ。
(今さらだな)
前世でも何度も、やり直したいと思った感情が、人格に刻まれている。
そして今はまだ五歳。
後悔するには早すぎる。
戦闘系のスキルを身に着けて、出来るだけいいクラスを選択できるようにする。
あまり特化しすぎない、汎用性のあるメイキングが必要になるだろう。
あのポイント配分で、取得しておきたかったギフトは他にもある。
それこそ書物の神話や伝説に残るような、壊れ性能のギフトである。
50ポイントほども必要としたギフトは、複数のギフトを束ねたものだ。
精神耐性が精神への全般的な攻撃の耐性であって、混乱や魅了といったものへの耐性は、それぞれ別に存在するからだ。
身体耐性を取っていれば、毒や疾病のみならず、飢餓や麻痺などへの耐性も同時に手に入れられた。
スキルというのはレベルアップとはまた別に、スキル熟練値とでもいうものを蓄積して上げなければいけない。
まずは武器の訓練をして、魔法の訓練をして、クラスを得る。
そしてスキル所得をしやすいようにして、ステータスも上がりやすくする。
今はまだ軽く体を鍛えるのと、知識の蓄積をするしかない。
この新しい人生を送るにおいて、間違いなく重要なのは、世界のシステムを理解すること。
大人の判断力と、失敗してきた経験が、ここで役に立つだろうか。
(出来るだけ安全に、けれど効率よく)
前世のゲームでも色々と、考えていた攻略の知識。
ディクスンは前世知識と世界知識を合わせて、まずは自分の可能性を拡大することを考えていた。
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