ツンデレさんを庇ったら……?

 振り返ると、そこには俺達と同い年くらいの、いかにもオタクっぽい見た目の男二人組が立っていた。


 その二人はニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべて、俺と愛好を見ている。


 なんだ? と思っていると、二人のうち一人が口を開いた。

 俺のスマートフォンについている萌園アリスのキーホルダーを指差す。


「あれVのキーホルダーじゃね?」

「女にもV豚とかいるんだな」

「スマホにつけてファンアピールとかキモッ」


 二人は俺達にも聞こえるような声でそう言うと、なにがおかしいのかゲラゲラと笑った。


 V豚、というのはネットでVTuberの二人のファンを呼称するときに使われる蔑称だ。

 二人はその蔑称を、わざわざ俺達に聞こえるように言っていた。

 これは紛れもない暴言だ。


「ちょっと、何なのあんたたち!」


 愛好が二人に対して怒鳴る。

 しかし二人は萎縮するどころか、ゲラゲラと笑い始めた。


「うわっ、V豚が騒ぎ始めた!」

「ブヒィ〜!」


 こっちを挑発するように更に笑う二人。

 俺は愛好の肩に手を乗せた。


「愛好、ほっとこう」

「だって、コイツらアリスちゃんのことを馬鹿にしたのよ!?」

「俺は別に構わないから」


 こういう輩は相手の反応を見て喜んでいる節があるので、相手にしないのが一番だ。

 幸いにも馬鹿にされたのは俺と萌園アリスの方だ。

 これでもし愛好や恋城らぶを馬鹿にされてたらどうなるか分からなかったところだ。


「あ、よく見れば片方もカバンにつけてるじゃん」

「最近百合営業で人気出たやつじゃね? 恋城なんとか」

「あの百合営業以外なにも無い奴な。あんなの見てるとか、ガチで豚じゃん」


 二人はゲラゲラと汚い笑い声をあげる。

 俺は流石に今の言葉を聞き流せず、眉根を顰める。


「おい──」

「いい加減にしなさいよ! 私たちがなにかしたわけ!? ネットでも現実で女に相手されないからって私たちに付き纏ってこないでよ!」


 限界を迎えた愛好が二人に向かって怒鳴った。


「大体、人の好きなものにケチつけて優越感に浸ってるあんたらの方がキモいのよ!」

「なっ……!?」

「お前っ、好き勝手言いやがって……!」


 自分たちは散々暴言を吐いてたのに、言い返されるのは耐性がないのか、二人組は激高し、片方は愛好へと拳を振り上げた。


 そしてその拳を愛好へと振り下ろす。

 愛好は目を瞑った。


 しかしその拳は愛好へと届かなかった。

 なぜなら、俺が愛好の肩を掴み抱き寄せていたからだ。

 愛好へと振り下ろされた拳は俺が掴んでいる。


「…………へぁ」


 腕の中の愛好がそんな声を上げた。


「よい、しょ」


 俺は掴んだ手を捻り上げ、そのまま組み伏せる。


「ぐぅ……っ!?」


 男が苦悶のうめき声を上げた。


「おい、何するんだよ!」

「先にそっちに手を出したのはそっちだろ」

「は? その声まさか……」

「そうだよ。俺は男だ」


 驚愕している二人の顔を見て、俺はなんでこんなに俺達に付き纏ってきていたのかを理解した。

 女子二人組だと思って舐めてたんだ。


「残念だったな。これでも護身術程度は姉貴から叩き込まれてるんだよ。それと──これ」


 俺はスマホを二人に見せる。


「今の一部始終を録画しといたから。もしこれ以上突っかかってくるなら、これをSNSに公開するし、警察にも通報する」


 俺は録画を再生する。

 そこには二人の顔も暴言も、手を上げた瞬間もバッチリ映っていた。


「うっ……」


 二人は青い顔になった。

 もちろん、この映像をSNSに公開するつもりはない。


 この映像には愛好と俺の声が入っているからだ。

 俺達は活動者で、どこから特定されるかも分からないので、ネットに上げるのは流石に軽率すぎる。

 つまり、これは単なる脅しだ。


 だが相手は俺達が活動者とは分かってないし、こういう手合いはネットに晒されるのを恐れるので効果は抜群だろう。


「あと、さっき言ってたことだけど」


 俺は付け加える。


「恋城らぶはなぁ、頑張り屋で、どこまでもエンタメに真剣で、真面目なところも、顔も声も性格も全部最高なんだよ! 百合営業だけとか言ってんじゃねぇ!」


 わざと低い声で迫力を増して、俺はそう言った。

 言いたいことも言えてスッキリしたので、俺は捻った手を放してやる。


「分かったら二度と俺達に関わってくるなよ。もしまた突っかかってきたら即通報するから」

「チッ……」

「くそっ……」


 二人は悔し紛れに舌打ちをして、俺から足早に遠ざかっていった。


「愛好、大丈夫……って、どうしたんだ?」


 暴力を振るわれそうになって怖かっただろうな、と後ろを振り返ると、愛好の顔が真っ赤になっていた。

 しかも心臓の辺りに手を置いて、目を見開いて俺のことを凝視している。


「へっ? う、ううん! なんでもないけど!?」


 俺が声をかけると愛好はハッと我に返った。

 そして明らかに大丈夫じゃない様子でブンブンを首を振る。


「いや、どう見ても大丈夫じゃないだろ。なにかあったのか?」


 俺は愛好に近づいて、手を取る。


「っ……!?」


 更に愛好の顔が真っ赤になった。

 もしかして、やっぱりあの二人が怖かったのだろうか。

 そう言えば前にナンパされたときもかなり怖がってた。

 今回は暴力を振るわれかけたんだし、前より状況は酷くなってる。


「べ、別になんでもないから……っ!」


 愛好は俺の胸板をぐーっ、と押して距離を取ろうとする。


「わ、私もう帰るから……!」

「家に帰るなら送るけど」


 愛好は危ない目にあったばかりだし、俺は今はできるたけ家に帰りたくない。


「ちょ、ちょっと。一旦離れなさいよ……!」

「だからなんで」

「あーもう! 離れな、さい!」


 バチン!

 ビンタされた。なんで?


「あいたぁっ!? なんでビンタするんだよ!」

「なんでも良いでしょ! とにかく! 私帰るから! 言っとくけどついてこないでよね!」


 愛好はそう言うと颯爽と去っていってしまった。


「何があったんだ、あいつ……?」


 一人残された俺は首を傾げるのだった。

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