壮大な勘違い

「はぁ、憂鬱だ……」


 晴天、とても気持ちのいい休日。

 だというのに俺はため息をついていた。

 なぜなら、今日は愛好とデートする日だからだ。


 もちろん女装してだけだけど。


 女装セットが入ったバッグを持って、駅の多目的トイレの中に入っていく。

 ここは誰も待っていないから着替えるにはうってつけの場所なのだ。

 女装してから出ても男子トイレと違ってギョッとされないし。


 ガラガラと扉を開けて中に入っていく。

 俺はその時、背後から突き刺さる視線に気が付かなかった。


「愛好がくれたくれた服……入るかな」


 せっかくのデートなのに何回も制服というのもアレなので、愛好が余っている服を俺(もちろん萌園アリスの方)にくれたのだ。


 オーバーサイズの白色のパーカーに袖を通す。

 ネットで買ったはいいもののサイズが結構大きかったらしく、このまましまっておくのも勿体無いので俺なら着れるだろうと以前くれたのだ。

 女子の服ということで胸の辺りがブカブカにならないか心配だったが……それは杞憂だった。


 胸の方はサイズピッタリかもしれない。

 ……この事実は愛好には黙っておこう。


 女装の基本はとにかく身体の線を隠す。

 そして男っぽい特徴はメイクで徹底的に消す。

 だから身体の線を隠せる制服は結構女装に便利なのだが、このオーバーサイズのパーカーは最適と言えるかもしれない。


「あとはウィッグを被って……」


 俺は鏡を見る。

 これで誰から見ても、俺が女装した三河理太郎だとは分からないはずだ。

 最後に前髪を整えると、ポケットからスマホを取り出して時間を確認する。


「よし、時間ちょうど。そろそろ愛好も待ってるかな……」


 俺はバッグを持って多目的トイレから出る。


「よいしょ」


 バッグを肩にかけ直して歩き出したとき。


「この泥棒猫ぉぉぉぉぉッ!!」

「うぇっ!?」

 向こうのほうからすごい剣幕の姉貴が俺に向かって走ってきた。


 その手にスタンガンを持って。


***


 理奈はこの日、理太郎の後をついてきていた。

 いそいそと大きなバッグを持って出掛けていった理太郎を、理奈は不審に思ったのだ。

 それに先日のキーホルダーの件もある。

 理太郎は理奈に何か隠し事をしている。


(もし理太郎が危険な目に合ってるんだとしたら……私が守るわ!)


 理太郎の後ろを尾行しながら理奈は改めてそう決意する。

 そして理太郎は駅の中に入った。

 人混みの中を見失わないようにしながら、理奈は理太郎の背中を追いかける。

 そしてキョロキョロと周囲を見渡すと、理太郎はトイレの中に入った。


「多目的トイレ? ……お腹が痛いのかしら」


 理奈は柱の影からいつ理太郎が出てきてもいいように見張り続ける。

 しかし十五分経っても出てこない。


「おかしいわね、どうしたのかしら……」


 理奈が首を傾げながらじっと見ていると。

 多目的トイレの扉が開いた。


「出てきた……え?」


 理奈は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。

 なぜなら、多目的トイレから出てきたのは……萌園アリスだったのだ。


「うそ、どうして……」


 理奈は混乱した頭で考える。

 今さっき理太郎が入っていった多目的トイレから出てきた萌園アリス。

 そこから導き出される結論は……。


「まさか、二人はトイレの中で待ち合わせしてたの……!?」


 そういえば、理太郎はトイレに入る前にキョロキョロと辺りを見渡していた。

 そして、男女が多目的トイレで待ち合わせてすることといえば……。


「嘘でしょ……」


 理奈は頭を眩暈がして、柱に手をついた。

 どうして二人がそんな関係に……いや、理太郎は何回か事務所に行ったことがある。その時にアリスと知り合ったとしてもおかしくはない。


「でも、アリスちゃんには愛好という彼女が……」


 そこで理奈はハッと気がついた。

 ──もし、萌園アリスが悪女だったら?

 愛好には内緒で理太郎ともそういう関係なのだとしたら?

 理太郎はあの悪女に弄ばれているのだとしたら?

 いや、きっとそうだ。そうに違いない。


「あ、ああ……」


 理奈は頭を抱える。

 その時、理奈の脳裏に先ほどの決意がフラッシュバックした。


「そうだ……理太郎は私が、守る!」


 理奈はその瞳に確固たる意志の炎を燃やす。

 そしてもしもの時のために持ってきていた護身用のスタンガンを取り出すと、構えて萌園アリスへと突撃していった。

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