姉の尋問


 姉貴の襲来からなんとか首の皮を繋いだ俺は家に戻ってきたのだが……。


「……あの、姉さん?」

「どうしたの理太郎」

「そろそろ離して欲しいんだけど」


 今、俺は姉貴に拘束されていた。

 身体の上に乗られ、両腕をがっしりと手で掴まれている。

 試しにもがこうとするが……より強い力で押さえつけられた。


「今は尋問中だから無理ね」

「尋問中なんだ……」


 どうやら随分と物騒な状況下にいるらしい。

 まあ昔から姉貴はこんな調子だからもう驚いたりはしないけど。

 姉貴は俺に大事な質問がある時はたまにこうやって無理やり押し倒してくることがあるのだ。

 もちろん、こんな時のための魔法の呪文だって対策として作ってある。


「もう一回質問するわよ。本当に私に隠してることはないのね?」

「だからないって」


 本当はめちゃくちゃあるけど、言ったら色々と面倒くさそうなので言わない。


「本当?」


 姉貴が顔を近づけて、俺の目を凝視してくる。

 落ちてくる姉貴の髪の毛が首とか顔とかを撫でていって、とてもくすぐったい。


「本当だって、俺が姉貴に嘘つくと思う? 俺にとって一番大切な人なのに」


 俺は魔法の呪文を唱えた。


「……ふぅん」


 姉貴が顔を上げる。

 そしてスマホを操作すると、にっこりと笑いかけてきた。


「よく聞こえなかったからもう一回言って?」

「俺にとって一番大切な人なのに」

「ごめんね理太郎。疑って悪かったわ。あんたが私にそんな隠し事なんてするわけがないのに」


 姉貴の笑顔が柔らかくなり、俺の上から退いてくれた。

 ふぅ、やっぱりこの呪文は便利だな。姉貴が高確率で解放してくれるな。

 理由は分からないけど、前に苦し紛れにこの言葉を唱えたらすんなり引き下がってくれたので、それからこんな状況に陥ったら唱えるようにしている。


「じゃあ、はい。これ」

「あ、俺のスマホ……」


 姉貴は俺のスマホを手渡してきた。


「? 驚かないのね」

「あ、あー……! ちょうど落としてて困ってたんだよ! 拾ってくれてありがとう姉貴!」


 俺は慌てて驚いたフリをする。

 すると俺の反応を見た姉貴がすっと目を細めた。

 俺は姉貴の手の中のスマホに手を乗せるが……取れない。

 姉貴が俺のスマホを力強く掴んでいるのだ。


「姉貴……?」

「そういえば、今日はどこに行ってたの?」


 寒気を感じる笑みを浮かべて俺に質問してくる。


「え、えっと今日は……コンビニ限定のグッズを買いに行ってたんだよ。近くのコンビニでは売り切れてたからさ、ほら」


 俺はポケットからいくつかのキーホルダーを取り出した。


「放課後ライブのグッズがあってさ、姉貴のキーホルダーもあったよ」

「……なんだ、そういうこと」


 姉貴は手の力を緩めて、俺のスマホを手放した。


(あ、危な……! アリバイ作りのために買いに行っててよかったぁ……!)


 俺は心の中で安堵の息を吐く。

 愛好の家から帰る時、念の為買っておいてのが役に立った。

 これで萌園アリスの時に言ったアリバイと帳尻は合わせることができたはずだ。


「じゃ、じゃあ俺は自分の部屋に戻るから」

「今度からはスマホを落とさないようにしなさいね」


 俺は姉貴にそう告げて部屋に戻っていく。

 だけど、最後に見た姉貴の笑顔が怖かったのはなんでだろう。






 理太郎が部屋っていった後、理奈の顔からすとんと笑顔が消えた。


「あのね、理太郎」


 ここにはいない理太郎に向かって呼びかける。

 そして理奈はポケットからあるものを取り出した。


「私も帰ってくる時にコンビニに寄ってきたけど……全然キーホルダーは残ってたのよ」


 それは姉小路らんのキーホルダーだった。

 途中までは理太郎のアリバイは完璧だった。

 しかし、理太郎は最後にミスを犯したのだ。


「慌ててたんでしょうけど、ちゃんと近くのコンビニまで確認するべきだったわね」


 理奈はそう言って、理太郎が消えていったリビングの扉を見つめていた。

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