身バレの危機

 お、落ち着け。まだ俺が萌園アリスだとバレた保証はない。

 とりあえず姉貴の質問に答えよう。


「えっと……今日は愛好とオフコラボがあって」

「へー……本当だ。ついさっきまでやってたのね。ふーん……」


 姉貴はスマホを取り出すと真顔で動画配信サイトを開き、愛好のチャンネルを確認した。


「あ、あね……三河さんはどうしてここに?」


 姉貴と言いかけて思わず言い直す。


「ちょっとした野暮用でね」

「野暮用?」


 俺は不思議そうな顔で首を傾げながら、心の中で安堵した。

 良かった、野暮用なら大した用事ではないはずだ……。


「うん、ちょっと不思議な偶然? があったんだけど」

「ぐ、偶然ですか……」

「そう。今日はたまたま弟を近くの駅で見かけたんだけど、すぐに見失っちゃって」

「へ、へー……」

「でも、その時にたまたまアリスちゃんの姿を駅で見かけたの」

「そ、それは偶然ですね……」

「そうなのよ。……でね、私の弟の理太郎のスマホの位置情報がね、この家から動かないのよ。……これってなんでだと思う?」


 ……パタン。

 俺は思わず扉を閉じた。


「どどど、どうしよう!?」


 俺は愛好に大慌てで向き直った。


「い、一旦落ち着きなさい! まだ言い訳はできるわ!」


 震える俺の肩を愛好が押さえる。

 アリスとしてのロールプレイは外れているが、どうやら緊急事態ということで許されているようだ。

 するとその時、コンコンと扉がノックされた。


『開けなさーい? ここに理太郎のスマホがあるのはわかってるのよー?』


 扉の外から姉貴の声が聞こえてくる。


「くっ……!」

「どうやら逃げることはできないみたいね……。一旦家に入れるしかないわ」

「でもそれだと……」


 愛好はもう一度「いい?」と俺に向き直る。


「スマホは拾ったことにしなさい。ちょっと苦しい言い訳だけど、それしかないわ」


 なんだろう、愛好がとても頼りになる。

 俺は頷く。


「わ、わかった……」

「じゃあ開けるわよ」


 さっきとは違い、今度は愛好が玄関の扉を開けた。


「随分と開けるまでに時間がかかったわね」

「来客は家の人が対応したほうがいいから変わってもらってたの。ごめんね理奈。さ、入って」

「じゃあお邪魔します」


 姉貴と愛好はお互いに笑顔を向け合っているが、なんだか背筋の凍る光景だった。

 靴を脱いで家に上がる際、俺の横を通り抜けながらつま先から頭の先までじっくりと観察された。


「……ねぇ、アリスちゃん」

「ひゃい!」

「私たち、どこかで会ったことある? 事務所で挨拶する前なんだけど」

「え?」


(あれ? もしかして姉貴、俺が萌園アリスだとは微塵も思ってない……?)


 どうやら姉貴は俺に見覚えがあると思っているものの、正体には気がついてないようだ。

 これはチャンスだ。

 俺は首を振って否定する。


「ないと思いますけど……」

「……そう、ならいいわ」


 姉貴は頷いて廊下を歩いて行った。

 そして愛好と俺、そして姉貴は愛好の部屋でローテーブルを囲むように座る。


「それで、理太郎のスマホについてなんだけど」

「あ、ああ……! 思い出しました!」


 俺はぱん、と手を合わせる。

 そして俺のカバンをゴソゴソと漁って、俺のスマホを取り出した。


「そういえば、駅で理太郎君がスマホを落としてたのを私が拾ったんです! 持ち主も分かってましたし、あとで愛好さんに住所を聞いて渡しに行こうと思ってたんですよ!」

「……? なんであなたが理太郎のスマホを知ってるの?」


 姉貴が不思議そうな顔で首を傾げる。


「え? あ、それは……」


 まずい。それは考えてなかった。

 早く言い訳を考えないと。


「えと、それは、そう! 理太郎君が目の前でスマホを落としたんですよ!」

「……目の前で落としたのに直接渡さなかったの?」

「それは……理太郎君、急いでいたみたいでスマホを拾ったらもう姿が見えなくなって……」

「ふぅん……」


 姉貴がじっ、と俺を見てくる。

 うっ、これはちょっと苦しい言い訳か……?


「なんだ、そういうことだったのね」


 しかし姉貴はふっ、と力を抜く。

 俺は安堵の息を吐いた。


「理太郎のスマホを拾ってくれてありがとう。あの子、本当におっちょこちょいなんだから……」

「あ、あはは……」

「じゃあ、はい。理太郎のスマホはもらっておくわね」

「え?」

「だって私が渡したほうが早いでしょ? 姉なんだし」

「そ、そうですね。ありがとうございます」


 俺は姉貴に自分のスマホを渡した。

 今、位置情報云々を聞いて姉貴にスマホを預けるのはとても心配なのだが、これも仕方がないと割り切るしかない。

 姉貴は俺からスマホを受け取ると立ち上がった。


「じゃあ私はもう帰るわ。今から理太郎を探しに行かないとだし。お邪魔わしたわね愛好」


 ひらひらと姉貴は手を振る。

 そして姉貴は嵐のように去っていった。

 一応、俺は首の皮を繋いだのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る