「責任取ります」

「はぁっ……はぁっ……! 何するんだよ!」


 俺は愛好に向かって文句を言った。


「あんたこそ大人しく指紋を押されなさいよ!」

「アホか! 押したら大事なものがなくなるだろ!」

「切れって言ってんの!」

「なんで切らないといけないんだよ!」

「だって、だって……っ!! う、うぇぇぇえええんっ!!」


 愛好はいきなり泣き出した。


「ちょ、愛好……」


 女子が泣き出すという事態に俺は困惑する。


「あんたがアリスちゃんだって知って、こうするしかないって思ったんだもんっ! 切ったらアリスちゃんになるって、だから切るしかないって……っ!」

「それは……ごめん」


 俺は愛好に謝った。

 騙していたのはどう考えても俺が悪い。

 泣いている愛好を見て、俺の中で罪悪感が芽生える。


「返してよ、私のアリスちゃんを返してぇ……っ! バカぁっ……!」


 泣いている愛好はポカポカと俺の胸を殴ってくる。


「ファーストキスだってしたのに、なんで男の子なのよぉっ……!」


 むっ、それはこちらにも言い分があるぞ。

 俺は泣きじゃくる愛好に言い返す。


「でも無理やり奪ったのはそっち……」

「そんなの分かってるわよっ!」

「ええ……」

「私のアリスちゃんを返してよぉぉぉぉぉ……っ!!」

「もう勢いで押し切ろうとしてない?」

「か゛え゛し゛て゛ぇぇぇぇぇぇっ!!」

「ああもう分かった! 分かったからちょっと一旦落ち着いて!」


 ちょっと納得いかないところはあるものの、愛好があまりにも泣き止まないので俺が大人になることにした。

 宥めるように愛好に改めて謝る。


「愛好、本当にごめん」

「信じられない」


 愛好はふん、とそっぽをむく。


「申し訳ないと思ってるのは本当だって。責任も取るよ。俺にできることならなんでもするから……」

「……今なんでもするって言った?」


 何だろう、今愛好の瞳がキランと光った気がした。


「い、言ったけど……」

「本当に? 本当になんでもいいのね?」


 愛好が俺のブレザーの襟を掴んで尋ねてくる。


「あ、ああ。俺にできることならだけど……」

「何でもするのね。じゃああんた……私の擬似彼女になりなさい!!」

「擬似彼女……?」


 俺は首を傾げる。


「つまり偽装カップルよ」

「何でそんなことするんだ……?」

「ちょっとは考えなさいよ。私のチャンネルで、最近私とアリスちゃんがどういう関係になったと思う?」

「あっ……」

「そう、もう視聴者は私たちが付き合ってると思ってる。流石に付き合ってすぐに別れたなんて言えないから、配信する時だけ偽装カップルを演じるの」

「じゃあ、もしかして視聴者の前ではずっとカップルのふりしなきゃいけないってことか?」

「いや、違うわよ?」

「え?」

「いい? これは社長からの受け売りだけど、夢は醒めなきゃ夢じゃないの」

「え? ……っておいまさか」


 俺は愛好の言わんとしていることを察した。


「三河理太郎……いえ、鈴木アリス。あんたは私の前ではずっと萌園アリスとして振る舞いなさい」

「つまりずっとRPしろってことか?」

「その通り」


 RPとはロールプレイの略。何かの役になり切って演じるということだ。


「あんたはこれから私の彼女の萌園アリスとして振る舞って。私は全力でアリスちゃんだって思い込むようにするから」

「それは……」

「私がどれだけアリスちゃんが男の子だって知ってショックだったと……っ!」


 逡巡すると、愛好は涙目になった。


「ああ分かった、分かったごめん!」

「よろしい。じゃあこれからそういうことで」


 すると愛好が涙目から一転、にっこりと笑顔になった。

 俺はその笑顔で察した。

 愛好に嵌められたのだと。

 青い空を見上げる。

 この日から、俺と愛好の歪な関係が始まって……いや始まってしまった。

 そして、女子とは強かなんだと改めて認識させられた。

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