記憶喪失?

 昼休み、俺は女装して屋上に続く扉の前に立っていた。

 どういった意図があって俺を呼び出したのかは分からないが……気合を入れていこう。

 屋上の扉を開けると、案の定愛好は先に屋上で俺のことを待っていた。


「あ、アリスちゃん!」

「……へ?」

「もー、私待ったんだから。今日は遅かったね?」


 愛好が笑顔で俺の元まで駆け寄ってくる。

 そして俺の腕に手を絡ませてきた。

 困惑する俺。


「あ、愛好……?」


 思わず俺は愛好の名前を呼ぶ。


「? どうしたのアリスちゃん」


 しかし愛好は不思議そうな表情で首を傾げる。

 俺はますます困惑してきた。

 目を「???」にしながら、愛好に腕を引かれていくされるがままの俺。


「さ、ここに座って」


 屋上の真ん中あたりまでやってくると、そこにはシートが引いてあった。

 愛好に腕を絡ませられたまま靴を脱いでシートの上に座る。


「今日はね、私お弁当作ってきたの」

「えっ」


 なぜ弁当を?


「それは……どうして?」

「もちろんアリスちゃんに食べてもらいたいからだけど」

「……???」

「もしかして……嫌だった?」

「い、嫌じゃないけど……」


 男子なら同意してもらえるだろうが、女子の手作り弁当なんてとても夢のあるシチュエーションだろう。

 あいにく昔からモテたことはなかったので、女子の手作り弁当なんて人生で一度も食べたことがない。もちろん食べたいに決まってる。

 だが、どうして愛好が俺にお弁当を作ってきたんだ?

 昨日あんなことがあったのに。


「よかった! もしかした嫌かなって心配だったの!」


 愛好は不安そうな表情から一転、嬉しそうな表情になった。

 そして包みを広げて、お弁当の箱を俺に渡してくる。

 そこで俺はとある可能性に思い至った。

 もしかして俺を油断させて毒殺しようとしてるのだろうか。

 十分にあり得る。今までにしてたことを思えば、俺を消して証人を消すくらいしてもおかしくない。

 だが、俺の予想は外れた。

 蓋を開けると、そこにあったのは普通の弁当だった。

 唐揚げ、卵焼き、プチトマト。そしてご飯の上に海苔で書かれた「LOVE」の文字。

 姉貴がたまに作ってくれる弁当と同じだ。

 いや、まだ油断はできない。

 普通の弁当に見せかけて


「食べないの?」

「え、えっと……」

「あ♡ 分かった。こうして欲しいんでしょ?」


 愛好は悪戯めいた笑みを浮かべて、俺の弁当から卵焼きを箸で掴むと、俺に差し出してきた。


「はい、あーん♡」

「あ、あの……」

「あーん♡」

「あ、あーん……」


 有無を言わさぬ圧に、俺は観念して口を開けた。

 卵焼きが口の中に放り込まれる。

 それはほんのりと甘くて……。


「……美味しい」


 紛れもなく美味しい卵焼きだった。


「えへへ、でしょ?」


 愛好が溶けたように笑う。


「さ、次はこれ食べて? あーん♡」


 今度は唐揚げを差し出してくる。

 俺は唐揚げを食べた。こっちも美味い。

 それから弁当を食べたが、俺が毒で死ぬことはなかった。

 本当にただの美味しいお弁当だ。

 遅効性の毒という可能性もあるが、味覚に特におかしなところもないし、ひとまずは毒の可能性はないだろう。

 となると、今度はなぜ愛好が俺に弁当を作ってきてくれたのかが疑問となる。

 毒殺じゃないとなると、どうして俺にお弁当なんか……。

 と、そこで俺はとある事実に気がついた。

 チラリと愛好に目を向ける。

 目があった愛好が「?」と首を傾げた。

 もしかして、もしかしてなのだが……。


(昨日の記憶を忘れてる……ッ!?)

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