社長の性癖

「なるほどな。付き合わないと脅すと言われた、と」

「……はい」


 俺と社長はお互いに向かい合って座っていた。

 ここは社長が贔屓にしている焼肉屋らしい。

 完全個室で用意してくれるので、誰にも聞かれたくない話をするときはここが一番なのだとか。

 放課後ライブのメンバーもよくここに来ているらしい。

 個室なら他の店でもいいんじゃないかと思ったが、「焼肉こそ至高の食い物」というのが社長の考えらしい。


「まあ、愛好らしいな。ははは」

「笑い事じゃないんですって。現時点で困ってるんですから」

「君と付き合いたいから脅す、なんて実に可愛らしいじゃないか。彼女の気が済むまで付き合ってあげればいいじゃないか」

「社長は愛好のこと知ってたんですか」

「知ってるも何も社長だからな。ライバーの性格などは大体把握している。じゃないとライバーにしてはいけない人間を見極められないからな」


 社長はそう言って焼けた肉を食べる。


「愛好は結構アウトよりだと思うんですけど……」

「とにかく、これからどうするかだ。愛好と付き合うのは嫌なのか?」

「嫌というか……俺は本当は男なのに騙してるじゃないですか。この状態のまま付き合うのは申し訳ないですよ」

「夢も醒めなければそれもまた現実だと思うがね。今の熱々の時期から少し落ち着いて倦怠期に入った時に、いい具合に別れを切り出せばいいじゃないか」

「そんなに俺が持ちません」


 俺には予感がある。

 このままでは愛好に襲われるという予感が。


「では、一度落ち着いて話をしてみるといい」

「話を?」

「ああ、お互い相手のことについて何も知らないんじゃないか? 相手を知ることは大切だ。何を判断するもの話し合ってからでも遅くはないだろう」


 ……なんだか、変な人なのに言ってることだけまともに聞こえる。


「そういえばなんですけど」

「なんだ」

「なんで今日、俺を女装させてきたんですか? 別に一人で呼び出すなら男の格好でも良かったんじゃ……」

「あのな、アリス君」

「はい」


 社長の真剣な瞳に、俺は思わず唾を飲み込んだ。


「キミを女装させているのは私の趣味だ」

「あんたの趣味かよ!!」

「実を言うとな、私は男の子が無理やり女装させられているシチュエーションが大好物なのだ。君を脅して事務所に所属させたのも無理やり女装させるためだ」

「一瞬でもまともだと思った俺がバカだった……っ!!」


 俺はテーブルに拳を叩きつける。

 いい事言ってると思って感心してたのに中身はこんな変態だったなんて……!

 それにあの強引な勧誘にはこんなしょうもない理由があったとは……。


「なに、人はちょっと変な性癖を持ってるくらいがちょうどいいのさ」


 社長は何食わぬ顔で肉を食っていた。


「ああ、安心しろ。今の君はとても私好みだ」

「変態に褒められても嬉しくない!」

「ははは」


 社長は愉快そうに笑う。

 本当に訴えてやろうかと思ったが、そのあと焼肉を奢ってくれたので許すことにした。

 俺が連れ出されていたのはかなりの高級焼肉だったようだ。

 そして、次の日。


「よし……しっかり愛好と話すぞ」


 俺は愛好の家の前に立っていた。

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