ツンデレさんとデートしてたらナンパに絡まれた

 無理だった。

 なんとか嫌われようとしたが、その度に姉貴の顔がフラッシュバックして、どうしても叩き込まれたエスコート術が出てしまった。

 仕方なかったんだ……。

 だって、毎回『こうしないと頭を握り潰すわよ』って姉貴の顔が脳裏に蘇るのだから。


「楽しいね、アリスちゃん」

「うん、そうだね……」

「好きな人とデートするのってこんなに楽しかったんだ……」


 俺たちは恋人繋ぎをしながら渋谷の街を歩く。

 隣の愛好はとても幸せそうだ。

 愛好は正直言って美少女だ。

 こんな美少女と一緒にいて楽しくないかといえば……それは嘘になる。

 それどころか、世の男子高校生にとっては胸が躍るような体験だ。

 ……俺が今女装している状況と、脅されて付き合ってる状況に目を瞑ればの話だけど。


「じゃあ、次はスタパに入ってお話ししよ?」

「うん、そろそろ喉も乾いてきたしね」


 スタパというのは有名コーヒーチェーンだ。

 長い時間動いていたので、そろそろ休憩すると言うのもありだろう。

 ただ、俺はスタパにあんまり行ったことがないので、かなり不安だ。

 どうしよう……今からこっそりスマホで呪文の練習とかしといた方がいいのかな。でも今両手塞がってるしな……。

 そうして、俺たちがスタパに向かうために、愛好と二人でスクランブル交差点の信号待ちをしていると……。


「ねえねえ、そこのお姉さんたち」

「はい?」


 声をかけられたので振り返ると、そこにはチャラそうな二人組が立っていた。


「今からどこ行くの」

「よければ俺たちも一緒させてよ。ね、いいでしょ」


 分かりやすいナンパだ。

 隣の愛好が眉を顰める。

 しまった。こういうのは反応しない方がいいんだっけ。

 姉貴の話ではナンパされたら睨みつけるか、一言も返さず無視の方がいいらしい。

 なぜなら、反応すれば脈アリと勘違いして余計にしつこくなるから。

 俺は今までナンパなんて経験がなかったので、無視できなかった。


「ねー、お姉さん聞いてる?」

「どこ行くの? それだけ聞かせてよ。別に俺たち怖くないよ?」

「てかさ、二人ともめっちゃかわいいね!」

「もしかしてモデルとかアイドルだったりする?」


 案の定、ナンパ男たちはしつこく付き纏ってくる。

 くっ……、信号待ちのせいで逃げれない。

 隣の愛好がぎゅっと手を握る力を強めた。

 ナンパ男二人が怖いのだろう。その気持ちはよく分かる。

 女装して女性として扱われている今だからかこそ分かるが、ナンパされるのってかなり恐怖心を煽られる。

 俺が無闇に返事をしてしまったせいだ。


「あ、そうそう。分かった、分かったから一回メッセだけ交換しよ、ね?」

「あの、すみません」


 意を決して、愛好を庇うように前に出る。

 ええと、このナンパ男たちを断るのに最適な言葉は……あ、そうだ。諦めてもらうにはいつも配信で言ってるみたいに、恋愛対象が男性じゃないって言えばいいのか。

 脳内で必死に考えて、思いついた言葉をそのまま言った。


「私たち、付き合ってるので。あと楽しいデート中なので邪魔しないでください」

「ア、アリスちゃん……」


 どうだ、これで諦めるだろう。

 ナンパ男たちは目を見開くと、お互いに顔を見合わせた。


「あ、ごめん……」

「俺たちそういうの気付けなくて……お幸せに!」


 なんか男たちは案外あっさりと引き下がり、それどころか祝福の言葉みたいなのまで言い残して去っていった。

 予想よりもさっぱりとした別れに、俺はちょっと驚いていた。

 もしかしたら、意外と根は悪くないのかもしれない。

 ただ、ナンパは心臓に悪いのでやめてほしいけど。


「ふー、ごめんね愛好。私が反応したせいで怖い思いをさせちゃってって……ええっ!?」


 振り返ると、愛好が泣きそうになっていた。

 そんなにナンパが怖かったのか、と慰める。


「そ、そんなにナンパが怖かった……?」

「ううん、違くて……」

「じゃあどうして……」

「だ、だって……」


 愛好は目元の涙を拭う。

 俺の顔を見上げる愛好は声が震えていて、目も潤んでいた。


「私、ずっと不安で……アリスちゃんには強引に付き合ってもらったから、もしかたら本当は私と付き合いたくないんじゃ、って……!! でも、アリスちゃんのさっきの言葉を聞いて、アリスちゃんも無理やり付き合ってくれてるんじゃないんだって安心したの……!」

「え、ああ、うん……」


 どうしよう。確かに思い出したらそう意味に捉えることもできる気がする。

 本当はそういう意味じゃなかったんだけど……。

 でも、今の雰囲気で「そういう意味じゃないよ」とは言い出せないな……。


「あっ、ごめんね、変なこと言って。さ、スタパ行こ!」


 愛好は俺の腕を引き、スタパへと連れて行った。

 それからスタパでそわそわとしながら注文をしたのだが、どうやら呪文を唱える必要はなかった。

 普通にトールのカフェオレを注文して、愛好は期間限定のフラペチーノを頼んでいた。

 ちょうど席が空いていたので、俺達はそこに座った。

 愛好は甘いものが好きなのか、へにゃりとした笑みを浮かべてフラペチーノを飲んでいる。


「美味しいね、アリスちゃん」

「そうだね」


 俺が美味しそうに飲むなー、と愛好を眺めていると、俺の視線に気がついたのかくいっとストローをこちらに向けてきた。


「アリスちゃん、飲む?」

「えっ……」

「美味しいよ?」


 躊躇う俺に、愛好は不思議そうに首を傾げる。

 愛好の柔らかそうな唇が目に入ってきて、俺はつい視線を逸らした。


「その、だってそれ……か、間接キス……」


 俺が指摘すると、愛好はボンッ! と顔を真っ赤にした。


「うぇっ!? その、今のは意識してなくて……」


 愛好は胸の前で勢い良く手を振って釈明する。そして何かにハッと気がついたのか急に冷静になった。


「いや、私達もうキスしたんだし、そんなの気にしなくても良くない?」

「そうかなぁ……」


 俺としては、あれは無理やりだったということでノーカンにしたいんだけど。


「なんなら……もっかい、する?」


 愛好がイタズラめいた笑顔を浮かべて、耳元でそう囁いてくる。

 心臓がドクンと跳ねた。


「……人の目があるから」


 俺は必死にそう絞り出し、愛好から顔を離した。






「今日は本当に楽しかった。ありがとね、アリスちゃん」


 スタパから出てきた俺たちは、駅までの道を歩いていた。

 しかし、渋谷駅っていつ来ても工事してる気がするんだけど、いつ終わるんだろうね。


「アリスちゃんは楽しかった?」

「うん、楽しかったよ」


 これは本心からそう言える。

 今日は色々とあったが、楽しかったのは事実だ。

 変なところにも連れ込まれなかったし……。


「あ、私ここで……」


 と、ちょうど俺と愛好の帰り道が別れるところまでやってきたので、俺はそう愛好へそう言った。


「そっか、ここでお別れなんだね」


 愛好は少し寂しそうに笑って、しかし俺の耳元に口を寄せて耳打ちをしてきた。


「アリスちゃんのこと、最初から好きだったけど、今日でもっと好きになっちゃったかも。じゃあね! アリスちゃん!」


 愛好は最後にそう言い残し、去っていった。

 残された俺は、愛好の最後の言葉を噛み締めるように空を見上げる。

 愛好とのデート、確かに楽しかったけど……。

 ……うん、作戦失敗です。

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