ツンデレさんと渋谷デート
今日の俺は、人が賑わう渋谷へとやってきていた。
ハチ公前で待ち合わせをしているのだが……さっきから視線を感じる。
『みてみて、あの子』
『うわっ、めっちゃキレー』
『背も高いし、モデルさんかな?』
女性三人組がヒソヒソと話しながらこっちを見てくる。
何を話しているのか全く分からないので、俺は冷や汗を流していた。
(やっぱり、この格好、俺が男だってバレてるのか……?)
今の俺は萌園アリス(本名:鈴木アリス)としての格好をしている。
つまり、女装をしている。
服装は女子制服だ。
なぜかこんな服装をしているのかと言うと、待ち合わせしている人物に制服でくるように言われたからなのだが……。
「アリスちゃんっ!!!」
俺を呼ぶ声に、そちらの方向を向く。
するとそこには愛好が駆け足で寄ってきているところだった。
愛好の今日の格好は俺と同じく、女子制服。
しかしいつもより可愛く見えるのは、今日の日のためにお洒落してきたからだろう。
愛好は俺のもとまでやって来ると、手ぐしで前髪を整えて、ニコッと笑った。
「お待たせ、待った?」
「ううん、今来たところ」
お約束のようなやり取りを終えると、愛好が腕に抱きついてきた。
「あ、愛好っ?」
「私、こうやって制服デートするのが夢だったんだ」
「そ、そうなんだ」
「さ、行こ?」
愛好はそう言って手を引き歩き出す。
そう、今日は愛好とのデートの日だ。
先日、愛好と通話していた(どちらかというとかかってきた)のだが、その時に今日渋谷で制服デートをすることが決まったのだ。
そして、俺は今日目標を立てて着ている。
一つは、愛好にいい感じに嫌われること。
今日のデートでいい感じに嫌われてこの関係が終わらせるのがベストだ。
二つ目は……変な所に連れ込まれないこと。
デートなのになんで身の危険を感じているのだろう。
俺が風呂から上がって上半身裸で髪を拭いてると、姉貴がめちゃくちゃ睨んでくるのだが、それと愛好の視線は同じものを感じる。
ま、姉貴も家族の裸なんて見たくないだろう。
でもどうしても面倒くさくてそのまま出てきちゃうんだよな……。
「ねえねえ、アリスちゃん」
「ん?」
「私さ、どう?」
もじもじとした愛好がそう尋ねてくる。
俺はそこで愛好が何を言って欲しいのかと察した。
姉貴には「女性と出かけるときは絶対に褒めること」と躾けられているので、俺は愛好を褒める。
「うん、いつもより可愛いよ」
「っ!? 本当!?」
「本当」
これは本心でもある。
愛好は実際に美少女だし、今日は特に可愛い。
「そ、そっか……」
思ってることをそのまま言っただけなのだが、愛好は頬を染めていた。
あっ、これもしかして愛好の好感度稼いだんじゃ……。
予想通りと言うべきか、愛好は抱きつく力を更に強めた。
「えへへー、アリスちゃん好きー」
「あ、あはは……」
俺は乾いた笑い声を上げた。
「でも、今他の女の子のこと考えてなかった……?」
「っ!?」
腕に抱きついてきた愛好は笑顔で首を傾げているが──瞳から光が消えている。
俺は恐怖を感じて即座に否定した。
「う、ううん。全然考えてないけど……」
「そう? ならよかった」
愛好はニッコリと笑顔になると、いつも通りに戻った。
どうやら無事誤魔化せたようだ。
俺は安堵の息を吐く。
よし、この後はちゃんと嫌われてさっさと振られよう。
俺はそう決意したのだった。
***
まずはなんかショッピングに来た。
俺は愛好の着替えを待っていた。
……なんかこの店、女子の服ばっかりで緊張するなぁ。
そわそわと待っていると、試着室のカーテンが開かれた。
「どうかな、可愛い?」
少し照れた表情の愛好が首を傾げて聞いてくる。
(ここがチャンスだ……!)
ここで愛好に嫌われるようなことを……。
──ちなみに、私が「この服どう?」って聞いたら、「可愛くて好き」って返さないと首を絞めるから。いいわね、理太郎?
「う、うん。私は可愛く好きかも」
「ほんとっ!? じゃあ、今日はこれ買っちゃおっかな……!」
(ハッ……!? しまった! 口が勝手に……!)
以前姉貴に言われたことが一瞬頭に蘇り、つい反射的に誉めてしまった。
これはしょうがない。
姉貴の言葉に逆らって「普通」って言ったら本当に首を絞められて、全部「可愛くて好き」って言うように身体に(恐怖を)刻み込まれたから、不可抗力だろう。
次だ。切り替えていこう。
お次は電気屋へとやってきた。
なぜデートなのに電気屋へ? と思うかもしれないが、これには訳がある。
俺と愛好の共通点といえば、VTuber。
「そういえばアリスちゃん」
「なに?」
「アリスちゃんはパソコンのゲームばっかりだけど、ゲーム機のゲーム実況はしないの?」
「あー……。実はやり方が分からないんだよね」
「やっぱりそうだと思った。じゃあさ、私がやり方教えてあげる。専用の機材があるから、見にいこ?」
二人で話しているうちに、配信機材の話になり、電気屋に見にくることになったのだ。
そして電気屋きた俺と愛好は目当ての機材を探していたのだが。
「あ、これ……」
愛好が立ち止まる。
「どうしたの?」
「あ、えっと、前からちょっと気になってた機材なんだ、これ」
愛好が指差したのは、ボタンがたくさんついている機械だった。
「た、高……」
俺は機械の値段を見てそう呟いた。
とても高校生が買えるような値段じゃない。
しかし愛好はその機械を見ながら唸っていた。
「うーん……せっかくだし、この機会に買おうかな……」
「え、本当に買うの……?」
「うん。確かに高いけど、これでもっと面白い配信ができるようになるなら安いし、視聴者のみんなにも楽しんでもらいたいから」
「……」
愛好の横顔を見て、俺は認識を改め直した。
普段の言動で忘れていたが、愛好はの根はやはり俺と同じエンターテイナーなのだ。
そして二つの機材の会計を終えると。
「それ、持つよ。重いでしょ?」
俺は愛好の持っている紙袋に手を差し伸べた。
「えっ? でもさっき買った服だって持ってもらってるのに……」
「いいのいいの。ほら」
「あ、ありがと……」
愛好から差し出された袋を受け取ったところで、俺はまた我に返った。
(ハッ……!? またやってしまったか……!)
嫌われるつもりが、また好感度を稼ぐようなことをしてしまった……!
姉貴と出かける時にいつも荷物を持たされていた癖で、ついやってしまった。
姉貴と出かけた時に「持たないと恋人繋ぎするから」と脅されてから、姉貴の荷物は持つようにしていたのだが、その弊害がこんなところで出てくるとは……。
まぁ、でも女子に重いものを持たせるのは忍びないし、今回はいっか。
だけど次は、いや今度こそ愛好に嫌われてやる!
俺は決意を新たにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます