ツンデレさんの猛攻
それは姉貴との配信を終えた夜、自分の部屋にいる時のことだった。
スマホに通知音。
ボイスチャットアプリの通知音だ。
「げっ……」
俺は送られてきた相手を見てそんな声が出た。
なぜなら、メッセージを送ってきた相手が愛好だったからだ。
俺と愛好が出会った日、愛好にどうしても連絡先を交換して欲しいというお願いされ、断りきれなかったのだ。
流石に電話番号とかトークアプリのアカウントの交換は死守したけど。
「何が書いてあるんだ……?」
今日のことがあったので恐る恐るメッセージを除く。
『アリスちゃん。明日学校で会える?』
「正直もう会いたくないけど断るにしても理由ぐらい聞いとかないと不自然だしな……」
少し悩んだ後、俺はそう呟いて愛好にメッセージを送る。
『えっと、理由聞いてもいい?』
『どうしても話したいことがあるの』
メッセージを送った瞬間爆速で返事が返ってきた。
少し驚きつつも、俺はまたメッセージを送った。
『通話じゃダメなの?』
『顔を合わせて話したいの。お願い。ダメ?』
文面から伝わってくる押しの強さ。
どうしても会いたい! という気持ちがひしひしと伝わってくる。
この気持ちを無碍に扱うのは、かなり罪悪感がある。
それに俺は女子じゃないから愛好とは付き合えないし、いずれは愛好の気持ちを断る必要があるのだ。
明日がちょうど良いタイミングなのかも知れない。
愛好にメッセージを返す。
『分かった。明日学校で会おう』
「……はぁ、明日女装セット持ってくか」
俺は深いため息をついたのだった。
***
そして翌日。
昼休みになった途端、俺は紙袋に入れた女装セットを持って教室を出た。
姉貴から『一緒に昼食を食べましょう』とメッセージが来ていたが断りの返事を返しておく。
「ここならバレないよな……」
前回とは違う男子トイレで着替えた俺は、コソコソと扉を開けて周囲の様子を伺っていた。
よし、周囲に人影なし。
男子トイレから出ると愛好との約束の場所に向かう。
メッセージですでに待ち合わせの場所は約束してある。
待ち合わせの場所は屋上だ。
屋上の扉を開けると視界に青空が広がり、涼しげな風が吹いた。
「アリスちゃん……!」
すでに屋上で俺のことを待っていた愛好がパッと笑みを浮かべてこちらにやってくる。
愛好は俺の元に小走りで駆け寄ってくるやいなや、両手を握ってきた。
「昨日ぶり! やっぱり今日も可愛いねアリスちゃん」
「う、うん。ありがと……」
相変わらずの距離感の近さに思わず後ずさる。
「そ、それで、どうしても話したいことって一体なんなの?」
「うん、それはね……アリスちゃんの気持ちをちゃんと聞いておきたいなって」
「私の気持ち……?」
「昨日はちょっと急すぎて、アリスちゃんの気持ちを確認してなかったでしょ? もちろん、私はアリスちゃんが大好きだけど……アリスちゃんは私のこと、好き?」
あのね、と愛好が俺が後ずさった分、一歩詰めてくる。
愛好は潤んだ目で、上目遣いに俺の瞳をまっすぐに見つめてくる。
……愛好の気持ちを断るのは罪悪感があるが。
「私は……」
俺が口を開こうとした瞬間。
「アリスちゃん」
「えっ」
愛好がいきなり耳に口を寄せてきた。
「アリスちゃんが男子トイレから出てきたところ、実は写真撮ってるの」
「……え?」
愛好はニッコリと笑顔になる。
「もし断ったら……ね?」
(お、脅されてる……!?)
いや、明確には言及してないが、匂わせることで圧をかけられてる……!
「分かるよね。私、アリスちゃんのことが大好きなの。これくらい強引に行くのは普通だよね?」
「ふ、普通ではないかも……」
俺がそう言った瞬間。
ふにゅ。パシャ。
手のひらに柔らかい感触と、シャッター音がした。
愛好が俺の手を掴んで自分の胸に当て、その様子をスマホで撮影した音だ。
「これでもう逃げられないよね?」
愛好が花の咲くような笑顔を浮かべた。
じ、自分の胸を触らせて、脅しの材料にしてきただと……!?
俺の顔がサーっと青く染まる。
なぜなら、スカウトされたその日、社長に釘を刺された時のことがフラッシュバックしていたからだ。
『ああ、そうだ。理太郎くん』
『なんですか』
『一つ忠告をしておくが、うちのライバーには手を出すなよ』
『出すわけないでしょ。そもそも女装してるんだから付き合うことすらできないじゃないですか』
『いいや、そうとも限らないぞ? 時に性別の壁など脆いものだ』
『いや、あり得ないですって』
『ま、君がそう言うなら良いがな。私も学生の彼女たちを預かっている身分だ。もし、いたいけな彼女たちを弄ぶことがあるようなら、分かるね?』
『……参考までに聞きたいんですが、どうなるんです?』
『ちょん切る』
『……』
という一幕があったのだ。
社長はもちろん俺が女装してることを知ってるし、もしこの写真が社長に見られたら……。
……大事なものを切られる。
「あ、愛好! 分かった! 分かったからちょっと一旦落ち着こう!」
俺が写真を撮られた瞬間動揺したのを見て、愛好はニヤリと小悪魔な笑みを浮かべる。
「じゃあ、私と付き合ってくれる?」
「それは……」
「あー、この写真、放課後ライブのみんなにも自慢しちゃおっかなー?」
「うっ……」
「この写真をばら撒かれたくなかったら……私の言いたいこと分かるよね?」
俺が動揺してる本当の理由までは分かってないだろうが、愛好はこの写真が俺の弱点だと理解して、的確に攻めてくる。
付き合うなんて、無理に決まってる。
だってこの姿はただの仮初。実体なんてない虚像なんだ。
だが、この写真が社長まで届いたら…………切られる。
「私と、付き合ってくれるよね?」
「………………」
コクン。
長い長い、長考の末。
俺は首を縦に振ったのだった。
「嬉しい」
愛好は感極まったような表情で俺の両手を包むように握る。
「じゃあ、今日から恋人同士だね……これから一杯デートとかしようね」
最後に愛好はそう耳元で囁くと、てててっと走って屋上から去って行ったのだった。
「マジでどうしよう……」
屋上に一人残された俺はそう呟いたのだった。
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