姉との配信(強制)


 そして波乱の一日が終わら……なかった。

 グッタリとした俺がソファで寝転んでいると。


「さて、理太郎。今日は私たちの配信をするわよ」

「えっ」

「だって、あんたもう私のチャンネルの準レギュラーになったんだから、皆んなに紹介しないと」

「いやでも疲れてるし……」

「何言ってるの。さっき今日は学校から帰った後はずっと家にいたって言ってじゃない。どこに疲れる要素があるのよ」

「うっ……」


 そう、正直に女装して会社に行っていたというわけにもいかないので、俺は姉貴にそんな言い訳をしたのだ。

 だが、その言い訳のせいで配信に出ない言い訳がなくなってしまった。


「理太郎、お姉ちゃんと配信したくないって言うの?」

「いや、出たくてな……」

「なにか言った?」


 姉貴が俺の首にそっと手を回し、耳に口を寄せると凍えるような声でつぶやいた。


「……いえ」

「私と配信、したいわよね?」

「えっと」

「したいわよね?」

「はい、したいです」


 半ばロボットみたいな棒読みでそう答えた。

 そこでやっと姉貴は俺の首から手を離した。


「あらそうなの! そんなに私と配信したかったの。ふふ、理太郎ったらお姉ちゃんっ子なんだから」


 姉貴は上機嫌になり、笑顔で俺の頭をよしよしと撫でる。

 俺は無表情でなされるがままだった。


「じゃあ決まりね。配信の準備できたら呼ぶわ」


 姉貴はそう言ってリビングから出て行った。


***


「さて、そろそろ配信を始めるわよ」


 俺と姉貴は並んで机の前に座っていた。

 デスクのモニターはすでに配信開始手前で止まっている。


「姉貴、何話せば良いかわからないんだけど……」

「大丈夫よ、私が話題を振ってあげるから、あんたは普通に返してればいいわ。というか、私と入れ替わって配信してたのに、なんで配信初心者みたいなこと言ってるのよ」

「いや、キャラ被って話すのと、普通に話すのは別物じゃない?」


 素で話すからこそ配信しやすいっていう人は多いんだろうけど、俺の場合は全く逆だ。

 キャラを被ってないと話せない。なぜなら俺の配信経験は全て女性というキャラを被ったものしかないからだ。


「私は分かんないけど、そういうものなの?」

「ううん、特に俺と姉貴なんてキャラ全然違うし」

「それは私が上品なお姉様キャラってことよね?」

「え、ちが……」

「弟?」

「はい、お姉様は上品で素敵な女性です」

「よろしい」


 俺はまたロボットみたいに棒読みでそう言ったとき、とあることに気がついた。

 姉貴の俺への名前の呼び方だ。

 弟、というのは姉貴が決めた、配信中の時の俺の呼び名だ。ちなみに俺は普通に姉貴と呼ぶことになっている。

 今は配信中ではないのにどうして弟、なんて呼ぶのだろう。


「あれ、姉貴、弟って…………まさか」

「あ、やっと気がついた? もう配信中よ」


 姉貴はにやりと笑い、モニターを指差した。

 モニターには『配信中』の文字。


 :草

 :なんだこのやり取りw

 :ほとんどコントじゃんw

 :仲良すぎだろwww

 :めちゃくちゃイチャイチャしててワロタ

 :てか弟今まで配信してるって気づいてなかったのかよ

 :姉御がまたサプライズしてるw 


 コメント欄は大盛り上がりだった。


「姉貴……何やってんだよ!」


 姉貴はペロリと舌を出してぐっと親指を立てる。


「ほら、前は緊張でガチガチだったでしょ。こうしたら緊張もなくなるかと思ったの。それにほら、素の弟を知ってもらいたくて」

「確かに緊張しなかったけど! それは緊張する暇がなかっただけだ!」


 もし俺がうっかり個人情報とかを口走ったらどうするつもりだったんだろう。

 危機感とかないのだろうか。

 ああ、いやそういえば前から俺を入れ替わらせてたんだから今更なのか。


「そういうわけで、姉小路らんの配信を始めていくわよ。今日は私の弟を加えるわ」

「よ、よろしくお願いしまーす」


 :弟回キター!

 :待ってました!

 :うおおおおおおおおお!!!

 :弟くんはぁはぁ……

 :神回確定!!!!


 俺が挨拶すると俄かにコメント欄がまた騒がしくなった。

 てかちょっと待って。今コメントの中に変なの混じってなかった?


「姉貴、今コメント欄に変態が……」

「何言ってるのよ。視聴者なんて全員変態でしょ」

「返事適当すぎない!?」


 まさか視聴者全員を変態扱いしていくとは思わなかった。

 いくらなんでもこんな扱いをされたら視聴者も怒るのではないだろうか、と戦々恐々としながらコメント欄を見ていると……。


 :大丈夫、姉御には大丈夫なように訓練されてるから

 :変態って言われたら逆に嬉しいぐらいだな

 :ご褒美だよ、ご褒美

 :罵倒、感謝であります!!


「本当に変態しかいないんだけど……」


 俺がドン引きしながらそう呟くと、「弟の罵倒もいい……」とコメントが言い始めた。やかましいわ。


「さて、今日は弟を配信に呼んだのは理由があるの。それはね、弟が急に「お姉ちゃんと配信したいっ!」って言い出したからなのよね」

「全然違うって! 姉貴が無理やり配信しろって言い出したんだろ!!」


 不名誉なことを言われたので、慌てて即座に否定した。


「もう、本当にお姉ちゃんっ子なんだから……」

「き、聞いてねぇ……」


 姉貴は頬を赤らめ、くねくねと身を捻る。

 てか姉貴、配信ではいつもローテンション気味だって言ってたのに、どうして今日はこんなにテンションが高いんだ? と思っているとコメント欄に目が止まった。


 :姉御エンジン全開すぎるw

 :前から一緒にやりたいって言ってたもんな

 :弟がいるからか姉御いつもよりテンション高いな


「え? 俺がいるから……?」


 そのコメントに俺が首を傾げた瞬間──


「何を言ってるのかしら」

「コッ……!?」


 ものすごい勢いで頭を両手で捕まれ、姉貴の方を向かされた。

 瞳孔をガン開きにした姉貴が、至近距離で俺と目を合わせてくる。


「ねえ、弟、今何か見たかしら。何も見てないわよね」

「は、はい見てないです……」

「視聴者は全員嘘つきだから、コメントに騙されるんじゃないわよ? いいわね」

「はい、姉上……」

「よろしい」


 ようやく姉貴は顔から手を離してくれた。


「視聴者のあんた達も変なこと弟に吹き込むんじゃないわよ。いいわね?」


 めちゃくちゃ冷たい声と笑顔で姉貴が視聴者に語りかける。


 :イ、イエスマム……

 :了解です姉御……

 :すんませんでした


 マイク越しにも姉貴の恐怖は伝わったみたいで、コメント欄は急に静かになった。

 こほん、と姉貴が咳払いをする。


「さて、気を取り直していくわよ。弟を今日配信に呼んだ理由。それは弟に関する重大発表があるからよ」


 :重大発表!?

 :マジか!?

 :なにそれ!!

 :まさか……!?


「そう、弟は私のチャンネルの準レギュラーとなったわ!!! 同時に放課後ライブに準所属することになったわ!」


 :ええええええええええ!?

 :マジで!?

 :すげええええええええええっ!!!!

 :うおおおおおお!!!!

 :やったあああああああああああああ!!!!

 :準レギュラー!?

 :キターーーーーーーー!!!!!

 :男が放課後ライブに!?

 :何気に快挙すぎない!?

 :やばあああああ!!!

 :これで弟供給増えるの神なんだけど


 コメント欄がとんでもない速さで加速する。


「これでいつでも私の配信に弟が出せるようになったわ。もちろん、今まで通り私ソロの活動もするけどね」


 俺がコメント欄を呆然と眺めていると、姉貴がツンツン、と脇腹を突いてきた。


「ほら、弟、みんなに改めて何か言いなさい」

「え? えっと……」


 まいった。なにも用意してなかったので、いきなりそんなことを言われても言葉が出てこない。


「えっと……これから頑張るので、よろしくお願いします……?」


 出てきたのは、そんな当たり障りのない言葉だった。


 :なんでそなに自信なさそうなの……w

 :姉御にはテンポよくツッコむのに視聴者にはおどおどしてるのウケるw

 :弟くん可愛いよ……

 :てかやばいまたトレンド一位になってる!!


「え、トレンド一位!?」


 俺は思わず声に出してしまう。

 するとコメント欄もSNSを確認し始めたのか、コメント欄が一気にトレンドの話題一色になった。


 :本当だ。ガチでトレンド一位なんだけど

 :配信に出るたびに伝説を残す男、弟

 :はい神回決定


「ふん、私の弟なんだから当然ね」


 なぜか姉貴はどや顔で胸を張っている。


「さて、次の話題に行くわよ」


 姉貴が次の話題に移っていく。


 姉貴はそう言って次の話題に移っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る