ツンデレさんの猛襲


 社長室の中には、「放課後ライブ」のメンバーがいた。

 一人は姉貴。

 二人目はいかにも活発そうな、日焼けしたショートヘアの女の子。

 三人目は鋭い目つきの青髪ポニーテールの女の子。

 四人目は金髪で縦ロールのいかにもお嬢様な女の子。

 五人目はサラサラとした黒髪の大和撫子っぽい女の子だ。

「あの子がアリスちゃん?」

「思ったより背が高かったわね……」


 社長室にいる放課後ライブのメンバーは、俺を見て感想を漏らした。


「アリスくん。よく来た。こっちへ来てくれたまえ」


 社長に呼ばれたので愛好と別れてそちらへ行く時、姉貴をばっちり目が合った。

 姉貴が「ん?」と首を傾げる。

 どくん、と心臓が飛び跳ねた。

 一瞬バレたのではないかと思ったが、姉貴はすぐに「気のせいか」と目を逸らした。

 どうやら俺の女装姿は姉貴にはバレなかったようだ。

 胸を撫で下ろしながら社長の横に並ぶ。

 社長は俺をメンバーに向かって紹介した。

「来たか、アリスくん。では紹介しよう。彼女が「放課後ライブ」の新しいメンバー、萌園アリスくんだ」

 彼女、という部分をさりげなく強調した社長は絶対に性格が悪いに違いない。

「どうだい? アリスくん、メンバーを初めて見た感想は。ま、メンバー全員が集まっているわけではないが」

「えっ」

 いきなり俺に振ってきた社長は笑いを堪えるような表情だった。

 こいつ、面白がってやがる……!

 社長の思惑通りにはさせまいと、当たり障りのない答えを返す。


「そ、そうですね……。みんな本当に学生だったんですね」

「そうだな。ここにいないメンバーには大学生も何人かいるがね。私がスカウトした時は中学生か、高校生だったよ」


 へえ、と俺は心の中で一つ感動を覚える。

 放課後ライブのコンセプトである放課後にライブをしている高校生、というのは本当だったんだな。

 ファントしては嬉しい情報だ。


「では、君たちから彼女に質問はあるかな?」


 社長は今度は放課後ライブのメンバーに俺に対しての質問があるのか投げかけた。


「はい!」


 その中で一際勢いよく手を挙げるものがいた。

 愛好だ。


「アリスちゃんの本名はなんですか!」


 ほ、本名!?

 まずい、今まで考えたことなかった。

 俺は急いで本名を考える。


「た、鈴木アリスです……」

「か、可愛い……! アリスちゃんって本名なのね!」

「へー、本名なの。やるわね」

「ああ、私もびっくりだ」


 姉貴が感心したように頷く。それとは対照的に白々しく肩をすくめる社長を半目で睨む。


「じゃあ、次の質問だ。他に誰か……」

「はい!」


 また愛好が手を挙げた。


「前に配信で言ってた、女の子が好きって言うのは本当ですか!?」

「え? あ、あー……」


 確かに俺は以前配信でそんなことを言った。

 あまりにも配信中にプロポーズされることが多いので、「私の恋愛対象は女の子です」と勢いで言ってしまったのだ。

 そしたらプロポーズが減るどころか逆に増えたのは謎だ。うちのチャンネル、視聴者の割合では結構女性の比率結構多いはずなんだけどなぁ……。

 だが、女の子が恋愛対象というのは本当だ。だからこそ野郎に告白されたくなくて、恋愛対象が女の子だと公表したのだ。

 だが、どうして愛好がそれを質問してくるのだろう。


「確かに恋愛対象は女の子ですけど……」

「本当っ!?」


 愛好が目を見開いて、念押ししてきた。

 その圧に押されながらも俺は頷く。


「ほ、本当です」

「っ!!!」


 愛好は言葉にならないほど嬉しいのか、無言で喜びを噛み締めているようだった。

 俺の恋愛対象が女の子でそんなに嬉しいことある?

 それに、他のメンバーの様子がおかしい。

 みな愛好から目を逸らし、中には額に手を当てているものまでいた。姉貴なんかは「また始まった……」とため息をついている。

 そして当の愛好は「決めた、私……」と小さな声で呟いている。

 何これ。なんか怖いんですけど……。


「あー……うん、他に質問は……」

「はい!」


 愛好がまた手を挙げる。

 そして質問タイムはほとんど愛好の俺への質問責めになり、最終的に無理やり社長が質問タイムを打ち切って終わったのだった。


 質問タイムが終わり、解散する雰囲気になると……


「アリスちゃん」


 笑顔の愛好が話しかけてきた。


「ど、どうしたの……?」

「もうちょっとアリスたん……ちゃんとお話したくて」

「良いけど……今へんなこと言わなかった?」

「え? 私何か言った?」


 至極不思議な顔をされた。

 うん、多分俺の空耳か何かだったのだろう。


「じゃあちょっとこっちついて来てくれる?」


 愛好に手を引かれ、連れて行かれる。

 俺の手を握ってくる愛好の手は、なんだかさっきよりも体温が高かった。

 連れてこられたのは事務所の、仕切りで区切られたちょっと暗いスペースだった。

 多分物置か何かなのだろう。段ボールが山積みで置いてある。

 親交を深めるために会話するにはちょっと適さない場所だ。俺は愛好に場所を変えることを提案しようとした。


「えーっと、ここじゃなくてもカフェとかに入れば……」


 そう言った瞬間、俺の顔の真横に手が伸びてきた。後ろのダンボールにバンッ! と音を立てて愛好の手が突き立てられる。


「ひょっ!?」

「あのね、アリスちゃん」


 慌てて愛好の顔を見れば、頬は紅潮し、瞳は潤んでいた。

 愛好の整った顔が間近にある。ふわりとイチゴの匂いが香ってきた。

 愛好が俺の手に指を絡めてくる。いわゆる恋人繋ぎだ。


「つつ、津出列さん!?」

「愛好って呼んで?」

「あ、愛好、これ何!?」


 俺が名前で呼ぶと、愛好はにっこりと笑って俺の耳元に口を寄せてきた。


「……実はね、私も女の子が好きなの」

「っ!?」

「この事務所には可愛い子がいっっぱい居るから楽園だと思って入ったんだけど、まさかここまで私好みのドンピシャでタイプな子に会えるなんて思ってなかった! しかもこんなに可愛い子が、私と一緒で女の子が好きなんて……これもう運命じゃない!?」

「ど、どうかな……」


 俺は今までの愛好の不可解な行動の意味を察する。

 やけに優しかったのも、距離が近いのも、愛好が女子が好きだったからなのだ。

 俺が「放課後ライブ」に所属すると決まった時、あれだけ反対したのも俺という男が入ることで、女子だらけの楽園が汚されることを嫌ったんだ。

 そして、愛好に言ってしまった自分の誤解させるような発言の数々を思い出し後悔する。

 が、もう遅い。

 愛好はエンジンがかかったまま止まらない。


「それにアリスちゃん、前から私のこと可愛いって、気になってるって言ってたわよね!? これって両想いってことよねそうよね!?」

「違うかも……」

「そうよね両思いよね! 私もアリスちゃんのこと好き! 大好き! そのサラサラの金色の髪も、美人な顔立ちも、おっきい目も、顔が埋めたくなるような長い太ももと、それと対照的に絶壁な胸も全部好き!」


 愛好の熱量に押されて後ずさるが、後ろには段ボールにぶつかり後退できない。

 さらに愛好が顔を寄せてくる。

 そして壁ドンしていた右手を俺の頬に添えると、


「動かないで」


 ──キスをしてきた。


「むぐっ!?」


 不意打ちだったそれに俺は全く反応できず、唇同士が触れ合う。

 鼻腔をくすぐる愛好の匂いと、脳を焼くような唇の柔らかい感触に、身体が硬直してしまい動かない。

 そのまま十秒間、たっぷりとキスをすると、愛好は俺から離れた。


「ぷはっ」

「は、初めてだったのに……っ!」

「そうなんだ、嬉しい。私も初めてなの」


 クスリと笑う愛好のその笑顔は、可愛さの中に妖艶さがあって、無理やり唇を奪われたというのに心臓がドクンと跳ねた。

 愛好が今度は俺の左手を恋人繋ぎで握り、がっちりと逃がさないように段ボールへと叩きつけた。

 ち、力が強い……! 俺男子なのに勝てないぞ……!?

 愛好は何かを思いついたような顔になると、またとんでもないことを言い始めた。


「そうだ、これから恋人同士になったことだし……どうする? これからちょっとホテル……行こっか? えへへ、そうだよね。もう好き同士って分かったんだから別にダメじゃないよね? いっぱい気持ちよくしてあげるから……」

「誰かこの人止めて……」


 俺の断末魔が聞こえたのか、奇跡的に助けはやってきた。


「こら」

「あたっ」


 愛好の頭にチョップが刺さる。

 やって来たのは姉貴だった。


「あね……」


 思わず姉貴と言いそうになって口を閉じる。


「理奈……」

「どこに行ってるのかと思ったらやっぱりここだったわね。アリスちゃん、ちょっと困惑してるわよ」

「えっ、あっ、そうだよね。いきなりホテルは早かったよね」

「あんたどこに連れて行こうとしてたのよ」


 姉貴のツッコミが刺さる。


「とにかく、事務所でそういうことはやめなさい。良いわね」

「はーい……」


 反発するかと思ったが、意外にも愛好はしゅんとした顔で姉貴の言葉を素直に聞いていた。

 姉貴に接する態度も刺々しさは全くない。

 愛好の女子が好きっていうのは本当だったのか。いや、今し方嫌と言うほど身に染みて体験したんだけど。

 姉貴の忠告を受けてこれ以上は諦めたのか、愛好はこちらに振り向くとフリフリと手を振った。


「じゃ、今日はここまでにしとくわ。じゃあね、アリスちゃん」

「は、はい……」


 俺は苦笑いでそう応えるしかなかった。

 ……これからどうしよう。

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