萌園アリスからの重大発表


 津出列愛好に絡まれた日の放課後。


「俺、今からちょっと友達と通話するから。勝手に部屋に入ってこないでよ、姉貴」

「分かったわ。でもあんまりにもお姉ちゃんを放置するようなら、すぐに部屋に突撃していくからね」


 姉貴と一緒に帰ってきた俺はソファに身を投げる姉貴にそう告げた。

 いつもならここで「なんで。お姉ちゃんはその通話に入っちゃダメなの?」と絡んでくる姉だが、今日はそんなことはなかった。

 本当ならここで姉貴を振り解いて部屋に向かうのに苦労するのに。

 上機嫌だからだろうか。その上機嫌の理由は分からないのだが。

 まあいいや。ニヤニヤと寝転んでいる姉貴を尻目に自分の部屋へと向かった。

 自分の部屋に入るとPCの電源を点けて、制服の上着を脱ぐ。

 そしてクローゼットを開けると、もひとつかけてあった女子用の制服に手に取った。

 ……言い訳をさせてもらえるなら、これは断じて俺のものではない。

 姉貴の女子制服を、「あんた女顔なんだから女装しなさいよ」と言われて押し付けられたものだ。

 俺がこれを使うのは萌園アリスとして配信する時に、女装していた方がキャラに入り込めるからという理由であり、女装癖があるわけではない。

 女子制服に着替えると、金髪ロングのウィッグを手に取って頭に被せる。

 最後に薄くメイクをして、鏡を見る。

 そこにはいつもの自分とは似ても似つかない美少女が写っていた。

 萌園アリスの活動を始めてからはずっと女装しているので、かなり女装の腕が上達してしまった。もう家族である姉貴でも俺だとは分からないだろう。


「よし」


 これで『俺』は『私』になった。

 自分の中でスイッチを切り替ったのが確認できると机に座り、PCを起動した。


「配信ソフトとアバターのアプリを立ち上げて……」

 マウスをカチカチと鳴らしながら配信に必要なソフトを立ち上げていく。

「あ、あー……」


 ついでに喉を抑えながら声の調整もしておき、萌園アリスの声へと変えておく。

 SNSでも配信の告知をして……よし、配信枠も立ち上げた。

 告知をしてすぐだというのに、すでに大勢の人が配信に集まっていた。


「よし、これで準備完了……」


 そして準備ができたので、『配信開始』のボタンを押した。


「はーい、みんな萌園アリスです。お待たせー。学校が終わるのが遅くって」


 視聴者に配信が遅れてしまったことを謝罪する。

 本当は姉貴と一緒にコンビニでアイスを食べていたから遅れたのだが、それは明かさない。


 :きたー!

 :配信開始!

 :アリスちゃーん!!

 :やっときたー!


「あはは、皆んな待ってた? 萌園アリスです! 今日は配信の中で重大発表がありまーす! それまでは皆んなとお話しするよー」


 :ラジオ了解

 :ASMRはやらないの?

 :アリスちゃん結婚してください


 ASMRは萌園アリスのメインコンテンツの一つだ。

 七色の声を使い分けられる俺はいろんなシチュエーション、キャラクターでASMRを行っている。

 当然、めちゃくちゃ人気で、ASMR配信の平均視聴回数は三十万回を超えている。

 三十万回というのは、個人勢の再生回数では破格の再生数だ。


「今日はASMRはしないかな。結婚はしないでーす。鏡見てきてください。次」


 :一刀両断w しかも罵倒つき

 :アリスちゃんの罵倒が身に染みるなぁ

 :ちょっと毒舌なのがマジで好き

 :太もも見せてー!


「太ももみたい変態さんには見せません。次」


 萌園アリスが人気になった主な理由は可愛さ。

 それも、暴力的なまでの可愛さだ。

 男である俺は、男性がどこが可愛いと思うのか、どういう仕草、話し方が好きなのかということを理解している。

 だからこそ、完璧な可愛い美少女として振る舞える。が、それでも話し方やちょっとしたニュアンスで、男らしさが出てくる。

 しかし、それこそがギャップとなり魅力になるのだ。

 女性とは思えないような可愛さ、と言われることがあるのだが当然だ。だって男性が演じる完璧な女性なのだから。

 ……ただ、最近は罵倒されたい変態もかなり多くなってきてる気がするけど。

 違うんだ。変態コメントを見たら反射的に罵倒しちゃうだけで、変態を集めようとしてるわけじゃないんだ。


 と、しばらくコメントと雑談をして、満を持して重大発表を告げることにした。


「さて、そろそろここら辺で重大発表です」


 :ワクワク

 :重大発表ってなんだろ

 ;新衣装?

 :オリ曲とか?

 :俺と結婚発表か……


「全員違いまーす。重大発表はなんと………………「放課後ライブ」さんに所属することになりました!」


 :ええええええ!?

 :放課後ライブ!?

 :うそ!?

 :やばあああああああ!!!

 :きたああああああ!!


 コメント欄が一気に加速する。

 皆んな驚愕している様子だ。


「今まで個人勢でやってきたけど、スカウトを受けて企業に所属することにしました。あ、でも今までの配信スタイルは変わらないし、企業勢になったからって何かできなくなることもないので安心してねー」


 あんな強引なスカウトをしてきたくせに、社長が出してきたスカウト条件はかなり良かった。

 萌園アリスとして今まで築いてきたものを一切崩さず、それでいて他企業とのコラボやスケジュール管理、イベントの運営を代わりにやってくれる。

 スカウトということで、収益の取り分もかなり俺側に譲歩してくれている。

 正直に言って、これ以上ないほどの高待遇だ。あの社長「破格の条件を用意しよう」という言葉は嘘じゃなかったみたいだ。


「いえーい。明日から私も企業勢だよー! 崇め奉れー」


 コメント欄は阿鼻叫喚の嵐になっている。もちろん嬉しい方だ。

 そんな反応を見ていると、自然にこちら側も嬉しくなってニヤけてくる。

 やっぱり自分が何かしたことで誰かが喜んでくれる、というのはエンタメの醍醐味だ。


 と、話しいてるとスマホが鳴った。

 見れば姉貴からメッセージが来ていた。


『お姉ちゃん寂しくなってきたからそろそろお部屋行っても良い?』


「うえっ」


 思わず変な声が出た。

 まずい。早く配信を終えないと……!


 :どうしたの?

 :何その声

 :すごい声出てるw


 コメント欄に心配されているが、早く終わらないと部屋に姉貴が突撃してくる。

 そうなればこの女装姿を見られることになり……人生終わる。

 姉貴が俺の女装姿なんて見たら写真を撮られて、逐一これで脅されるに決まってる。


「今日の配信はここまでー! みんなー。またねー!」


 :乙アリス〜

 :行かないで

 :まだ配信見たいのにー!

 :乙アリス〜


 まだ配信を見たいというコメントに罪悪感を抱きながらも、俺は配信を終えた。

 そして配信が終わった瞬間、素早く制服を脱いでいつもの部屋着に着替える。

 すると着替え終わった途端、部屋の扉が開かれた。


「理太郎、ってどうしたの」

「い、いやなんでもないけど……」


 急いで着替えたせいで息が上がっている俺を見て、姉貴は訝しむような目を向けてきた。

 その時、俺はあることに気がついた。


「っ!」


 声が漏れそうになった。

 急いでクローゼットを閉じたせいで、扉からスカートがはみ出てる……!

 バレたら死ぬ。


「あ、そうだ姉貴。用事ってなんなの?」


 俺が話しかけたことで姉貴は意識を逸らす。


「ああ、そうだ。今から一緒にコンビニに行きましょう。アイスとか食べたいでしょ?」

「え、帰ってくるとき食べたじゃん」

「良いのいいの。さっきから理太郎が構ってくれなくて寂しいし、今日は嬉しいこともあったし」


 寂しい云々は姉貴の冗談だろうが、嬉しいこと、というのは分かる。

 萌園アリスが「放課後ライブ」に所属する、ということだろう。

 前からずっと「ウチに所属してくれないかな〜」と言い続けていたので、相当上機嫌そうだ。


「コンビニ一緒ついて来なさい。良いわね?」

「はいはい」


 姉貴の言葉には逆らえないので、俺はコンビニへとついて行くことにした。





 帰宅した時は空が赤かったが、時間が経ったのでもう辺りは暗くなっている。


「ねぇねぇ聞いて理太郎。アリスちゃんがね、「放課後ライブ」に所属することになったのよ。知ってる?」

「え、あ、うん。なんかトレンドも凄いことになってたよね」


 俺はポケットからスマホを取り出してSNSを開く。

 すでにトレンドは「萌園アリス」で埋まっていた。

 今まで「放課後ライブ」はオーディション以外で増えたことがないので、スカウトというのは初めての例だ。

 それが今新進気鋭の個人勢。話題性は抜群だろう。


「ねえ、何食べる。私はさっきバニラ食べたからバニラにしようかな」

「それ何も変わってなくない?」


 ちなみに姉貴は大のバニラ好きらしい。

 たまに一人で利きバニラアイスをやって、その後しばらくご飯を食べなくなる、というのを繰り返している。何をしているんでしょうね。


「ん? メール? ……げっ、社長からか」


 ちょうどその時社長からメールがやってきた。

 俺は渋々メールを開ける。


「……は!?」


 そして、メールに書いている文章を見て目を見開いた。

 なぜなら、メールには……


『明日、「放課後ライブ」のメンバーに萌園アリスである君を紹介しようと思う。女装して事務所まで来てくれ』


「嘘だろ……」


 俺は頭を抱えるしかなかった。

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