VTuber事務所に所属することになった
そしてショッピングが終わった後。
「俺こんなところに来たらダメだろ……」
「良いのよ。社長が来てって言ったんだし」
俺は「放課後ライブ」の運営会社が入っているビルにやってきていた。
もう俺は朝からずっと緊張していた。
だって、あの今VTuber界隈最大手の「放課後ライブ」の事務所に、しかも俺の推し箱の運営会社に来ているのだ。緊張しないわけがない。
姉貴は何回も来ているので慣れている雰囲気だな。
(やっぱ外でも注目されるなー……)
美人な姉貴は街ゆく人々から視線を向けられている。
対して俺は線も細く、男性としてはそんなに魅力がないので、イケメンとか言われたことがない。
姉貴にも「あんたもっと鍛えなさいよ」と言われているくらいだ。
「いつまでそこまで突っ立ってんの。早く行くわよ」
「……はーい」
姉貴と一緒に俺はビルの中に入って行った。
「こんの馬鹿!」
「いだぁっ!?」
オフィスに入った途端、待ち構えていた女性のマネージャーに姉貴はゲンコツを落とされていた。
「あんた何やってんの! なんで一般人の弟さんを配信に出してるのよ! それに今まで何回か入れ替わってたってなに!?」
「だ、だってぇ……」
「だってじゃない! 一歩間違ったら大問題だったんだからね!」
涙目の姉貴にマネージャーは雷を落とす。
マネージャーの言う通りだ。
確かに入れ替わって配信なんて、一歩間違えたら俺たちじゃ収集すらできないような大問題になることだってあった。
俺もマネージャーに謝罪する。
「すみませんでした……」
「あ、いえ、弟さんには何の非もなく……どうせ理奈が無理やり命令していたのでしょう」
全くその通りです。さすがはマネージャーさん、姉貴の性格をよくわかっている。
「そんなことないわよ。理太郎だって喜んでやってたわよね?」
姉さん。その圧のある目で見るのはやめてください。
「こら、圧かけない。それよりも社長室に行ってきて。社長が待ってるから」
「はーい」
「はい」
姉貴と俺はそう返事をして社長室へと向かう。
(なんというか、マネージャーさん、学校の先生みたいだったな)
俺はそんな感想をマネージャーさんに抱いていた。
会社といえばもっと堅い雰囲気だと思っていたが、仕事だけの関係というだけでなく、どことなく教え導く学校の先生のような雰囲気があった。
それはこのオフィスについても同様だ。オフィス全体に温かいアットホームな空気のようなものがあり、最初に抱いていた緊張も少し解れていた。
(マネージャーさんが先生ってことは、社長は校長みたいな雰囲気なんだろうか)
「着いたわよ」
そんなことを考えていると前を歩いていた姉貴が立ち止まった。
コンコン、とノックをしてVTuber名を告げる。
「『姉小路らん』です」
「入ってくれ」
凛とした女性の声がドアの向こうから聞こえてきた。
ドアを開けて中に入ると、机の前には背の高い二十代後半くらいの女性が立っていた。
シャツとズボンスタイルで、驚くほどの美人だ。
俺は、思わず固まった。
なぜなら目の前の社長は、先ほどランジェリーショップで出会った人だったからだ。
さっき女装から普通の服装に着替えてきたし、バレてないよな……?
「よく来てくれた。理奈と理太郎くん」
「あ、どうも初めまして」
「私はこういうものだ。以後よろしくお願いする」
「は、はいお願いします……」
社長は普通の男子高校生の俺にも丁寧にお辞儀をして名刺をくれたので、俺も丁寧に受け取る。
ええと何だっけ。名刺って両手で受け取れば良いんだっけ……?
動揺しすぎて挙動不審になっている。
「ん?」
すると社長はピタっと動きを止めた。
そして名刺を差し出した状態まま、俺の顔を凝視してくる。
バレたのかと思い、ドキドキしながら尋ねる。
「……あの、何か?」
「ああ、いや、申し訳ない。なんでもないんだ。理奈もそう不機嫌になるな」
「……別にしてないけど」
社長の言う通り、姉貴は明らかに不機嫌そうに頬を膨らませていた。
社長と挨拶しただけなのに、なんで姉貴不機嫌そうなんだ……?
「さて、早速本題だが、今日来てもらったのは昨日の件についてだ。理太郎くんが入れ替わり、姉小路らんとして配信をしていた件についてだが」
その一言で気が引き締まった。
ゴクリ、と唾を飲み込む。
マネージャーの人はああ言ってたけど、やはり怒られるのではないだろうか、と緊張していると。
「面白かった。ぜひこれからもやって欲しい」
「え?」
「弟くんとして配信に参加するのもありだし、何なら視聴者に言わずに入れ替わって配信するのもいいな。いやぁ、昨日お祭り騒ぎになっていると聞いて見に行ったが、本当に楽しかったよ。まさか私の耳でも違いを聞き取れなかったとは。やっぱり二人はきょうだいなんだな。それに……」
頬を染めて興奮した様子で、社長は昨日の事故配信の感想を語り続けていた。
俺が社長の社長らしからぬ発言にぽかんとしていると、姉貴が横から補足を入れてきた。
「諦めなさい。これが「放課後ライブ」を率いる社長よ。この人、面白ければ何でも良しな主義なの」
「ええ……」
「さて、それでは提案だが──理太郎くん、キミ、「放課後ライブ」に所属しないか?」
「は、はぁぁぁぁぁぁああっ!?」
今度こそ俺は叫んだ。
俺は横の姉貴を見る。
姉貴はニヤリと笑っていた。
このことを知ってたな……!
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 俺はただの一般人ですよ!? それに、「放課後ライブ」は男子禁制の箱でしょ!?」
「別に男子が全くいないわけではないぞ。兄や弟が配信に映り込むライバーもいるし、スタッフにも何人かいる」
「でも……」
「そもそも、私は男子禁制の箱として「放課後ライブ」を作ったつもりはない。ただ趣味で集めたライバーがみんな女子ばかりで、男子はあまりいらないかな、と思っているだけだ」
「じゃあそれは男子禁制の箱とあまり変わらないのでは……?」
「とにかく、私は面白いものが好きだ。君と理奈の配信はとても面白かった。そのためなら少しの暗黙の了解も破ったって構わない。だから「放課後ライブ」に所属してくれ」
熱烈な、俺に対するスカウト。
推し箱の社長がこんなにも熱心にスカウトしてくることなんて、おそらく一生ないんじゃないだろうか。
でも……。
「それでも……やっぱり無理です。俺は自分の推し箱を壊したくない」
やっぱり、どんな理由があろうと「放課後ライブ」に自分という男が所属することは嫌だった。
俺が所属してしまえば、「放課後ライブ」というものを汚してしまいそうで。
「ふむ……理奈。一旦席を外してくれるかな」
「え? どうして」
「説得するためだ。それに「放課後ライブ」に入るライバーは、必ず一度は私が一対一で面接するのは知ってるだろう」
「……わかりました」
姉貴は渋々、といった表情で社長室から出て行った。
俺と社長だけが部屋に残される。
「別に、どれだけ説得されても入るつもりはありませんよ」
「先ほど、君の声を聞いて確信した」
社長から帰ってきたのは脈絡のない言葉だった。
「は? 何言って……」
「君が、『萌園アリス』だろう」
「……っ!?」
「ああ、その反応、やはり君が萌園アリスで間違いないんだね」
「ど、どうして分かったんですか……!?」
俺の声は完璧に女性のものに変えていたし、細かなイントネーションも変えていた。
家族である姉貴にだってバレたことはない。
なのにどうして俺が萌園アリスだと気がついて……
「私の耳は特別性なんだ。どんな人間の声でも聞き分けができるんだよ」
「どんな人間でも聞き分けられる……?」
「実際、君の変声は完璧だったぞ? 配信越しでは分からなかったわけだからな。でも今、生で君の声を聞いて確信した。微かだが、萌園アリスと一緒の声帯だとな」
「なんだよそれ……」
「VTuber事務所の運営をしているんだ。これくらいの特技はあって当然さ」
それはない! とツッコミそうになった。
そんな特技誰でも持っててたまるか。
「姉には秘密にしているのか?」
「……そうですけど」
「なぜだ」
「だって、男なのに女性VTuberとして活動してるなんて家族に知られたくないでしょ」
「納得の理由だな」
一応社長は納得してくれたようだ。
「しかし改めてお願いしよう。「放課後ライブ」に所属してほしい」
「何度言われたって俺は……」
「もし所属してくれるなら、先ほどの試着室の件は誰にも口外しないと誓おう」
社長が声を顰めてそう言ってきた。
「っ!?」
「言ったろう。声を聞けば分かると。さっきのが君だと声を聞いたらすぐに分かったよ」
「ぜ、全部バレてたんですか……」
「その通り。安心したまえ、別に警察には突き出さないよ。私のせいでもあるからな。だけど、乙女の肌を見たんだから、その代償は払ってもらわないと、ねぇ……?」
つまり、全部お見通しだったということだ。
社長はニヤニヤと笑う。
「くっ……!」
「ああ、それとこれはもしもの話だが、先ほどの件を理奈に言ったらどうなるんだろうねぇ」
さっきの件を知った姉貴がどういう行動に出るかは想像に難くない。
死よりも恐ろしい目に遭うことは火を見るより明らかだ。
「さて、どうする?』
「……わかりました」
「ん? なんだって」
「わかりました、所属しますよ! でも、正式所属するつもりはありません。姉のチャンネルのサブキャラみたいな感じですから!」
「おいおい、何を勘違いしている。私がスカウトしたのは『姉小路らんの弟』だけじゃないぞ」
「……おい、まさか」
俺はそこで社長の言わんとしていることが分かった。
社長はニヤリと笑う。
「その通り。『姉小路らんの弟としての君』と『萌園アリス』としての君への二重スカウトだ」
「嘘だろ……」
「私は大いにマジだ。そもそも今話題の萌園アリスはそろそろスカウトするつもりだったんだ。それに加え、萌園アリスは実は姉小路らんの弟だったという事実が分かった。こんな面白いの、スカウトしない手はないだろう?」
「そうですか……」
「もちろん。弟の方は君の要望通り、正式所属ではなくチャンネル内のサブキャラ、準所属にしておこう。だが萌園アリスに関しては正式に所属してもらう」
「ちょ、ちょっと待ってください。俺は「放課後ライブ」に所属するような才能なんてないですよ!」
俺は社長の買い被りな発言に思わずツッコんだ。
「そんなことはない。視聴者が一人も気が付かないような変声に、姉の配信で培ったトーク力、話題性、そして中身の君。全部面白くなる可能性しか感じられない。それに君、忘れてるかもしれないが、私は君の秘密を知っているんだぞ?」
「強制って訳ですか……」
「その通り。強制だ。諦めて企業所属になりたまえ」
俺に選択肢はなかった。
社長のスカウトを受け入れる。
「…………分かりましたよ。その話、受けさせてもらいます」
「よぉし! スカウト成功だ! まあ安心したまえ。半ば無理やり所属してもらったが、この箱は温かいし、君への報酬は破格の条件を用意すると約束しよう」
社長は一瞬だけガッツポーズを取ると、すぐに仕事モードになって俺にそう告げていく。
ああ、もうなんかどうでも良くなってきた。
「これでさっきの件はチャラだ。もう持ち出さないから安心しろ」
社長はふふっ、と笑ってウインクをしてくる。
こういう茶目っ気が、こんな強引なスカウトをしてもメンバーに嫌われないどころか好かれている理由なのだろうか。
「さて、さぁそろそろ部屋の外にいる子たちを呼び込もうか。おーい、もう入ってきてもいいぞ」
「ん? 子たち?」
部屋の外にいるのは姉貴だけのはずだ。
なのにどうして……。
「ちょ、ちょっと押さないでよ!」
「それはこっちのセリフですー!」
「静かにしなさい! 理太郎の声が聞こえないでしょ!」
扉の外からそんな声が聞こえてきた。
そしてガタガタと扉が揺れ、次の瞬間扉が勢いよく開き、五人ほど人物が雪崩れ込んできた。その中には姉貴もいた。
全員、驚くほどの美少女だ。
しかし、姉貴とは違う女子が、見覚えのある制服を着ていた。
「え? その制服……」
亜麻色の髪をツインテールの女の子は、俺と同じ高校の制服を着ていた。
しかも、その顔には見覚えがあった。
「お、同じクラスの
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